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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第二章 補給戦線
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第二章 補給戦線 Ⅵ



 高台に整然と整列する騎兵隊を前に、リオデはヘルメットを片手にグイを操っていた。


「総員、心して聞け!」


 彼女の横に立つ副官が、そう叫んでいた。その副官はベルシアではない。


「さきほど、我々の目標であったトラークは壮絶な戦死を遂げた。だが、彼の死は無駄ではない! 彼は我々をここまで連れてきて、砦の状況を私たちに知らせたのだ!」


 リオデは真剣な眼差しを兵たちに向けていた。今ある彼女の思いは、砦を蝕む大砲をなんとしても破壊、もしくは砲兵を殲滅することである。


「見ての通り、砦は大砲によって今まさに落とされようとしている。だからこそ、お前たちの力と命が欲しい」


 リオデの言葉に騎兵達は唾を飲み込んだ。それを見て、彼女は続ける。


「ここで散っていった兵士たちの弔い合戦だ。いかんせん、何があっても勝たねばならん!」


 リオデはヘルメットを被ると、サーベルを抜いて空高く振り上げていた。


「王国騎兵の誇りにかけて! 我々は勝利する!」


 その言葉に合わせて、騎兵達は一斉に槍を空に向けて上げていた。リオデはサーベルをしまうと、地面に突き刺していた槍を抜き取る。そして、騎兵達の前に出ていた。


「私に続け!」


 その一言で一斉に高台より騎兵達は駆け出した。その漆黒の毛並みの鳥たちに跨る騎兵達の顔に迷いはなかった。どの兵たちも、自分たち上に立つ隊長を信じて、騎兵槍を片手に疾駆している。その乱れなき統率力は、一糸乱れぬ正方形の陣形を維持させたまま、騎兵達を高台から駆け下りさせていた。

 その一直線上にあるのは、トラークたちの果てた敵歩兵隊の群れだ。更にその奥には、目標の大砲がある。


 突然現れた王国軍部隊に、ユストニア軍は混乱していた。一度目の攻撃を防いだものの、その攻撃方法があまりにも壮絶で無謀だったのだ。


 トラークの自爆攻撃は、ユストニア軍の歩兵たちを動揺させるのには充分すぎた。そして、続けて行われる騎兵の小部隊によるこの突貫攻撃である。数で明らかに劣っているにもかかわらず、騎兵隊は死を恐れずに向かってきているのだ。


 ユストニア軍のバスニア砦攻略部隊の指揮が乱れているのが、リオデには手に取るようにわかった。

 砦西門前の歩兵部隊の攻撃が、リオデたちを見た瞬間にやんだのだ。それだけではない。彼女が現れることによって、全てのユストニア軍の部隊の動きが一瞬で膠着していたのだ。


 高台を滑り落ちるように雪原に流れ込むリオデ達、そのさまは正にユストニア軍を覆わんとする黒い雪崩そのものであった。


「総員騎兵槍構え!」


 走りながらリオデは叫んでいた。その声が隊全体に届くことはない。だが、それでも、彼女は態度でそれを伝える。一糸乱れぬその騎兵隊の動きを見たユストニア歩兵は、唖然としてリオデたちを見ていた。

 リオデの目の前まで敵歩兵が迫り、彼女は槍を握り締める。呆然とする敵歩兵たちは槍の矛先を見て、慌てて逃げ出す。彼らの防衛本能が逃げ出せといっていたのだ。だが、時すでに遅し、迫りくる俊足のグイ騎兵隊の足から、逃れることは不可能だ。


 逃げ遅れた歩兵をリオデは一突きすると、次に迫ってくる歩兵の背中にまた槍を突き刺していく。その容赦ない攻撃に歩兵の集団は点でばらばらに逃げ出していた。


 本来ならば身を挺して、砲兵隊を守らなければならない。だが、その歩兵隊はなすすべなく、たった三百にも満たない騎兵隊に蹴散らされていた。


 彼女は予想外の展開に、内心驚いていた。歩兵隊はもっと強硬に抵抗してくると考えていたのだ。だが、結果はその正反対、騎兵を恐れて逃げ惑う烏合の衆に成り下がっていた。


 歩兵の群れを抜けたとき、リオデの目の前にはすでに障害はなかった。あるのは三門の巨大な攻城砲とその陣地、そして剣を抜いて動き回る砲兵たちだけだ。

 迫りくる攻城砲と、その端に詰まれた火薬の入っているであろう木箱と鉄の砲丸、リオデは唾を飲み込んで、気を落ち着かせていた。

 だが、それでも彼女の胸の鼓動は収まらなかった。砲兵たちはその騎兵の襲撃を、剣を抜いて待ち構えている。


 リオデはその待ち構えていた砲兵たちに向かって、突進していた。

 剣を振り上げてくる砲兵に槍を突き立てると、その場でグイを停止させる。


「砲兵を殲滅しろ!」


 彼女の叫びと共に、騎兵達の士気が舞いこした。雄たけびを上げて砲兵たちを切り伏せていく王国騎兵達、その様はまさに黒い悪魔の集団であった。

 果敢にも立ち向かってくる砲兵たち、だが、白兵戦を主任務とした屈強なる王国騎兵の前では、赤子同然だった。乱戦になるも、次々と討ち果てていく砲兵たち、リオデも果敢に攻勢をかけていた。


 次から次に立ち向かってくる砲兵たち、それを力でねじ伏せていく。一門の大砲を制圧するのに、時間はかからなかった。ここからが本当の戦いである。


 ユストニア軍もみすみす、このままリオデたちの攻撃を見過ごすわけがない。確実に態勢を立て直して、退路をふさいだ上に、こちらに向かってくるだろう。だが、それを許す前になんとしても残りの二門を制圧しなければならない。


「監視員! 敵に動きは!?」


 制圧を終えたリオデは、双眼鏡を持たせた騎兵に叫んでいた。


「ハ! 今はまだありません!」


 それに素早く答えるや否や、リオデは隊を次なる目標へと向かわせる。砲兵陣地の中を、次々と駆けていくグイに、砲兵たちは恐怖した。あっという間に一門を制圧し、次の砲へと足を向かわせていたのだ。その迅速さに驚嘆を隠し切れない。


 だが、ここで砲を放棄して逃げ出そうならば、確実に砲はあの統率のとれた部隊に破壊される。ここには、それだけの火薬がまだあるのだ。


「砲雷長! 敵が火薬に火を!」


 一人のユストニア兵が、制圧された砲兵陣地を見て指差していた。その先には、火薬箱の詰まった箱に、砲兵から奪った松明を投げ入れる騎兵の姿が見えていた。

 一瞬にして轟音と、爆煙が空たかくに舞い上がる。


「なんということだ。このままだと、全滅はおろか。大砲にぶち込む火薬がなくなるぞ」


 そう言ってユストニア軍の砲兵長は立ち上がっていた。彼の胸に騎兵槍が突き刺さったのは、それと同時だった。

 目の前には大きな鳥に跨った王国騎兵の兵士、だが、それを見てなお、砲兵たちはひるまなかった。彼らはその騎兵に向かって、立ち向かったのだ。グイの太い足を斬りつけて、兵士を転倒させる。その転倒した兵士は、その勢いでヘルメットが脱げる。


 そこで、兵士たちは初めて動揺した。目の前にいるのは、女の兵隊だったのだ。長い赤髪の美女、それが彼らの長を倒したのだ。


 だが、彼らを驚嘆させたのはそれだけではない。彼女は立ち上がりざまにサーベルを抜いて、迫りくるユストニア兵を切り伏せたのだ。身のこなしも確りとしていて、隙が見当たらない。そうしている間に、次々と他の騎兵達がなだれ込んでくる。


 砲の隅で膝を抱えていた若いユストニア兵は、その一部始終を見ていた。彼女はユストニア軍に災厄をもたらす戦場の女神、黒い悪魔を率いる赤い死神、彼の眼にはそんな風に写っていた。

 グイを失ったリオデは、近くにあった指揮官用のユストニア軍の馬を奪い取って、部下たちの指揮をとっていた。


「部隊を二分し、同時に砲を制圧させるのに、時間はかかっていないか」


 馬上でそう呟いて、リオデは即座に真っ赤に染まったサーベルを振り上げていた。

 決着はほんの一瞬で決まる。二門の大砲を瞬く間に同時に制圧した。そして、兼ねてより指示していた通り、リオデの部隊は迅速に火薬の集積所に松明を投げ込んでいく。


 次々と爆煙と轟音をあげていく火薬集積所、その迅速なる行動にユストニア軍はいまだに動けないでいる。爆破の成功を見納めると、リオデは即座に部隊を自分の元へと集結させていた。


「隊長! 敵が動き出しました!」


 観測員の騎兵がそう言って高台を指し示していた。そこからは、一条の狼煙が上がっている。それも全て、彼女の想定内のことだった。

 敵が動き出せば、高台に残してきた味方に狼煙を上げさせる。高台に敵が迫っているのならば二本の狼煙を、敵がリオデ達を包囲しようと動いたときには一本の狼煙を上げるように言っているのだ。


 一条の狼煙、すなわち敵本隊が動き出したのだ。早急に撤退を完遂しなければ、ここで全滅することになる。

 リオデは騎兵隊が集結するのを見ると、すぐに高台に向かって全速力で馬を走らせた。それに騎兵達も続いていく。幸いなことに、戦意を損失した歩兵隊が彼女らの道を塞ぐこともなかった。それも当然の結果だろう。


 ものの一瞬で、砲兵隊を全滅させているのだ。そんなリオデたちに一度蹴散らされたユストニア兵が、部隊を立て直して立ち向かおうという気にはならない。それが戦場での真理である。

 リオデたちの目の前に敵はなく、一直線に高台に向けて帰れそうであった。

 一斉に走り出した騎兵達の動き、それは見る者を驚嘆させるのに充分であった。上から見ればそれが正に芸術といってもいい。一糸乱れぬ正方形の騎兵隊形は、まっすぐと高台に向かって進みだしていた。


「隊長! 馬の方はどうでありますか?」


「なかなか乗り心地のいいものだな! まあ、グイには小回りも劣って、少し扱いづらくもあるがな」


 横を走る部下に馬について尋ねられ、リオデは血と泥で汚れている顔に笑顔を浮かべて答えていた。ヘルメットを被っていない彼女の素顔に、部下も自然と口を緩ませていた。

 迅速な対応と行動、嵐の過ぎ去った砲兵陣地は黒煙と炎に包まれていた。それを背に、リオデたちは全速力で走っていた。騎兵の俊足を生かした一撃離脱の戦法、敵に騎兵部隊がないがためにできた作戦といえる。ユストニア、グイディシュ、両国の兵が横たわる地を、騎兵達は疾駆していく。そして、包囲をされる前に高台に登ろうと、丘陵の斜面に差し掛かった。その時だった。


 突然リオデの乗った馬がいななき、その場で前脚を空高く上げていた。そして、その場に白い泡を吹いて倒れこんだ。振り落とされないように、リオデは手綱をさばこうとしたが、一瞬の出来事に対応しきれずに馬から落ちていた。


 雪が巻き上げられ、その上にリオデが背中から落ちていた。


 彼女の横で馬が倒れこみ、苦しそうに息をしていた。その周りをグイたちが華麗に避けて走り去っていく。リオデはゆっくりと立ち上がり、息を整える。体を確認するが幸いなことに雪がクッションとなっていたおかげか、大事には至らなかった。


 馬が酸欠からか、疲労からか、それともその両方でその場に倒れたか、原因はわからない。後ろを見れば数百の歩兵たちが、迫ってきている。


「隊長、こちらへ!」


 一人の騎兵が彼女の前に現れ、リオデに手を差し出していた。後ろからは迫りくるユストニア軍歩兵隊、今は躊躇している暇はない。立ち上がった彼女はさしだされた手を掴み、その騎兵と共にグイに跨っていた。


 彼女が前に乗るなり、すぐに蹴りを入れてグイを走らせる。見る見るうちに迫っていたユストニア兵たちとの距離が広がっていく。だが、グイは二足歩行、二人を乗せて傾斜を登ることは相当な負担となる。

 高台まであと半分という距離で、グイは走るのをやめて傾斜で足を止めていた。


「隊長、やはり二人というのは、無理があったみたいですね」


 後ろから声をかけてくる兵士、リオデはその声に聞き覚えがあった。


「レイヴァンなのか?」


 リオデの言葉に騎兵は、苦笑して答えていた。


「このままでは、歩兵隊に追いつかれます」


 グイの足が止まった今、ユストニア歩兵隊が後ろに迫り来ている。それをとめる兵力は、すでに彼女のもとにはない。


「でも、隊長一人なら、こいつもまだ走れます!」


 リオデはその言葉を聞いた瞬間に、レイヴァンの顔を見ようと振り向いた。

 それと同時だった。レイヴァンは突然彼女の唇を奪っていた。体をひねった状態のままの彼女の顔を、両手で包み込むようにしてあてる。そして、唇を重ねていた。


 突然の彼の行動に、リオデは困惑しながらも抵抗はできなかった。今無理に動けば、二人ともグイの上から落ちてしまう。温もりのある手と唇、それがリオデの頬と唇を伝わってくる。短いキスの時間、ホンのひと時の戦場の真っ只中にある休息がそこにあった。


「な、なにを!?」


 唇を離したレイヴァンは、振り向いたリオデに自分のヘルメットを被せていた。そして、見ているだけで快活になる爽やかな笑顔を浮かべる。


「死ぬ前くらい、憧れの女とキスしたって許されるでしょう」


「き、貴様、ま、まて……」


 リオデが止めようとしたとき、彼はグイの胸に思い切り蹴りを入れる。そして、自らはそれと同時にグイから飛び降りていた。疾駆しだすグイの上で、リオデは男の背中を見つめる。若い一兵士が、彼女を救うために自身を犠牲にするその姿を……。


「馬鹿! これでは、これでは、私は!」


 言葉にしようにない感情が彼女の胸の内に湧き出していた。レイヴァンに声をかけようにも、彼はすでに遥か後ろにいる。そして、一人、ユストニア歩兵隊に向かって走り出していた。

 今から戻っても、彼を助けることは無理である。もし、彼のところに戻ったとしても、自分も殺されるのが目に見えていた。


 だからこそ、戻りたくても戻れなかった。レイヴァンの命を無駄にしないためにも、戻ることは許されない。


 リオデは知らずのうちに視界が潤んでいることに気づき、目をこすりあげる。この戦場に入って幾度となく仲間の死を、多くの人間の死を見てきた。だが、彼女が涙を流したことはなかった。冷酷と呼ばれ、それでも涙は流せなかった。


「どう、どうすればいい。私は、上に立つ立場にあるんだ。なのに」


 部下の前ではけして涙を見せない。常に強い人物であらねばならない。そう、自分は部下の命を預かっている身だ。仲間に犠牲が出ても悲しんではいいが、涙は流さない。

 そうして、今まで耐えてきた。だが、彼女は涙を流していた。


「どうしてくれるんだ! 本当に! 馬鹿!」


 そう叫んでリオデは手綱を握り締めていた。唇をかみ締め、涙をぬぐいとって、潤んだ瞳を瞬いて首をふって、涙を振り払う。

 高台についたとき、待っていた騎兵隊の兵士たちの顔色は沈んでいた。こんな時に、どんな声をかければいいのか。リオデにはわからなかった。だが、そんなリオデたちに関係なく、敵は迫ってきている。

 ふと、リオデはベルシアの顔を思い出す。彼ならこう言ってくれるだろう。


「感傷に浸るのはあとだ! 死んだらそれもできなくなるぞ!」


 リオデはそう兵士を叱咤していた。一人の部下の犠牲を糧に生き残った者の言う言葉ではない。彼女はそれを重々承知してないがら、指揮官であるがために叫んでいた。今、この場を動かせるのは、彼女以外にいないのだ。


 張り裂けそうになる胸の思いを我慢して、リオデはレイヴァンのグイに蹴りを入れる。彼女に続いて騎兵隊全員がその場から駆け出していた。


 それから、どのくらい走ったのだろうか。とにかく進路を北にとって、リオデたちは走っていた。来た道をたどり、とにかくグイたちの足を進ませる。いつしか、辺りは闇に包まれていた。

 やむなく休めそうな場所を探し出し、ようやく見つかった岩場の丘陵地帯だった。


 その麓でリオデたちは休むことにした。焚き木も持ち合わせてはおらず、あるのは身に付けている防寒用のコートと少量の携帯食料だけだった。高原の夜のいてつく寒さを、これだけで過ごすのは心細い。

 リオデは部下に命じて、状況を確認させていた。


「報告! 未帰還者が十四名、負傷者は二十四名、いずれの者も軽傷です。残りの二百四十四名は無傷です」


 岩に腰をかけているリオデは、部下の兵士に労いの言葉をかける。


「ご苦労。負傷者の手当てが済みしだい、お前も休め」


 リオデは兵士の肩に手を置くと、そのまま歩き出していた。戦いに勝利したものの、兵士たちの士気は低く、どの兵も疲れきった表情をしていた。リオデは疲れきっているにもかかわらず、歩いて負傷者のもとにいき、労いの言葉をかけにいく。


 その姿に他の指揮官にはない、安らぎを感じる兵も少なくはなかった。

 負傷者に言葉をかけ終えると、リオデはそのまま行く当てもなく部隊の兵たちに声をかけて回っていた。兵たちは一時的な休息と、彼女からの儚い癒しを得ていた。


「リオデ隊長……」


 疲れた表情も見せず、笑顔のまま呼ばれたほうへと顔を向ける。そこには、あのレイヴァンと共にいた兵士四名がいた。それ以外にも十数名の兵士たちがそこに集まっている。


「なんだ?」


 彼女は表情を変えずに、その兵士たちの元へと足を歩めていた。そして、兵たちの前まで来ると、その場に腰をおろす。


「レイヴァンは……。あいつは、帰ってないんですね?」


 昨日の夜まで元気のよかった兵たちの顔は一変し、今では味気ない勝利と疲労で暗い表情をしていた。リオデの顔を真剣に見つめて、一人の兵士は聞いている。それに彼女は笑顔を消して、うつむいて暗く返事をしていた。


「あぁ……」


「隊長、あいつはあなたを助けるために、最前列からわざわざ離れていった。結果、隊長は助かった」


 一人の兵士がそう言ってリオデに語りかけていた。


「あいつは、隊長に惚れてたんだ。故郷に恋人がいるとか抜かしといてな」


 そう言って顔をうつむかせる若い兵士、そこに彼を普段から慕っていたことが窺い知れた。そして、その横にいた兵士もまた、その続きを語るように口を開いていた。


「貴族でもないあいつが、隊長と一緒になれるわけがない。あいつは半分は諦めていた。だから、俺たちはかけてたのさ。隊長を抱けたらあいつの勝ち、ふられりゃあ俺らの勝ちってな」


 リオデは指を唇にやっていた。あの時のレイヴァンの言葉、なぜかそれが頭から離れない。こびりつくような、男の言葉がどうしても、離れようとしない。


「だが、死んでは何も、何もできないじゃないか……。賭けだって、家族のことだって、その恋人にだって、親友にだって、私を助けるために、死ぬことはなかった」


 リオデはうつむいたまま、呟くように言葉を口にしていた。故郷のために戦えることに、後悔はしていないと言っていた。だが、死んでしまっては戦うこともできない。


「隊長、あなたはそういう立場にあるんだ。仕方ないさ」


 中年の兵士がそう言ってリオデの肩に手を乗せていた。そして、続けて語っていた。


「それに死んでしまった者のことをどうこう言っても帰ってきはせんのです。それはそいつの運命ってもんですよ。あそこで死ぬ奴、そこ以外で死ぬ奴、全部そう決められていたんです。今できることは、ここで散っていった者たちに祈りを捧げることでさあ」


 中年の兵士はそう言って、彼女を元気付けようとしていた。


「だが……」


 中年の兵士は今にも泣き出しそうなリオデの両肩に手を乗せると、力強い口調で彼女に言葉をかける。


「隊長、あんたは一兵卒の死に動揺しちゃいけねえ。何があろうが、あんたは俺たちの隊長なんだ。その隊長は、部下想いであるのはいいが、その兵の死に動揺する姿を見せちゃ、いけねえ! 今はあんただけが頼りなんだ。みんなをここまでまとめ上げて、引っ張ってきたのに、たった一人の兵士の死に動揺することはしちゃならんのだ」


 中年の語気はあらあらしく、リオデを叱咤していた。今まで我慢していたモノを全てこの場に吐き捨てたい。だが、彼女にそれをすることは許されない。


「あいつの死を無駄にしないためにも、リオデ隊長、しっかりしてください!」


 中年の兵士の声に、無言のままリオデは立ち上がっていた。唇をかみ締めて、拳を握り締める。そして、彼女は口をあけた。


「わかった。激励の言葉、感謝する!」


 リオデはそう言い残して、兵たちに背を向けていた。その頬に一筋の涙が、流れ落ちるのを見た者はいない。夜の闇がそれを、ひた隠しにしてくれた。




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