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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第二章 補給戦線
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第二章 補給戦線 Ⅴ



「トラーク隊長がいません!」


 早朝の一声でリオデたち騎兵隊は、慌ただしく陣地の中を動き回っていた。彼女たち騎兵隊は一日の休息をとって、バスニア砦に直行することにしていたのだ。

 だが、陣地の中で騒動が起きていたため、偵察の一時見直しを行わなければならなかった。ここの部隊の指揮官であるトラークは、動けない負傷兵を残して、まるまる歩兵隊と供に消えていたのだ。


「最後に見たものはいるか!?」


 リオデがそう言って、陣地の中を駆け回っていた。トラークはここの敗残兵部隊の唯一の指揮官である。その指揮官が消えたとなれば、一体誰が連隊長に近況を報告ができるのか。この部隊には少なくとも、彼以外にいないのだ。


 戦況を把握して部隊を動かすのが、指揮官の責務である。兵隊はそれに従えばいいだけだ。そのため、最も情報を多く把握しているのは、指揮官である。そんな重要な指揮官が行方不明になっては、陣地の中が騒然とするのも当たり前のことだ。


「隊長!」


 駆け回っているリオデの元に、ベルシアがいち早く駆けつけていた。


「トラークの行き先がわかりました」


「どこだ!?」


 リオデが眉間にしわを寄せて、勢いよく振り返る。その勢いと、彼女の険相にベルシアは知らずの内に一歩下がっていた。それでも、淡々と報告する。


「バスニア砦ですよ! 動ける部下を連れて出て行ったと、負傷兵が証言しました」


 リオデはそれを聞いて、憤怒が胸のうちからこみ上げてくるのを感じた。


「くそ! 私としたことが!」


 リオデは口汚く呟いていた。彼が最初から死ぬ気なのは明白だったのだ。それでいて、ただ命令を下すだけで、何の対策もしていなかった。リオデはそんな自分に、はらわたが煮えくり返る思いを抱いていた。


「すぐに追うぞ! 騎兵隊全員に通達、全軍を持ってバスニア砦に向かう」


 リオデの言葉を聞いたベルシアは、目を点にしてリオデを見つめていた。


「ムリです! 彼らが出発したのは深夜、全力で追っても間に合いません!」


 ベルシアが必死にそう進言するが、リオデは真剣な表情でベルシアを見て強く言う。


「なんとしても、トラークを連れ戻さなくてはならない」


 にごりない瞳を向けられたベルシアは、その場で彼女を見つめたまま表情を硬直させた。トラークを追ってバスニア砦にたどり着いたとしても、彼らが無事である保障はない。なにより、バスニア砦は数千のユストニア兵に攻め立てられている。

 無闇に近づいて発見でもされれば、追撃部隊を出されて全滅しかねない。だが、リオデはそれを承知の上で言っていた。


「今は、何より司令部は情報を欲している。トラークが死ねば、その正確な情報もわからなくなる。その時は誰が情報を持ち帰る?」


 リオデの言葉にベルシアは言葉を失った。確かにリオデの言うとおり、トラークがいなくなれば、正確な敵の情報を得られなくなる。そうなった場合、必ずフォリオンは彼女の部隊をバスニア砦に向かわすだろう。そう、選択肢はないのだ。


「分かりましたよ」


 ベルシアは観念したように、首を左右に振ってみせた。


「ここにいる負傷兵はどうします? 大半が手負いで動けません」


「昨日、伝令を送ったから、救援がくるはずだ」


 リオデの言葉にベルシアは苦笑を浮かべる。


「果たして、来てくれますかね?」


 リオデはうつむいた後、表情を曇らせてベルシアを見ていた。


「本当のところは、わからん」


 ベルシアはあえて言葉を返さずに、彼女に背を向けた。


「全軍を徴集し、即時移動できるようにします」


 ベルシアの背中を見ながら、リオデは一言だけ返事をした。


「頼む」


 鷹揚のない返事に、ベルシアはそのまま歩き出した。この場を後にすることへのうしろめたさ、それは彼女のみが持っている感情ではない。

 ここを立ち去っていく兵士たち、全てがその感情を胸のうちに抱くことになる。


「総員、武装してバスニア砦にむかうぞ」


 ベルシアの声が、青空の下にある陣地に響き渡った。

 リオデはベルシアの背中を見送ると、自分のグイの元へと駆けていく。


「隊長さん」


 リオデは突然後ろから声をかけられ、その場に立ち止まる。そして、ゆっくりと振り向いた。そこには頭に包帯を巻き、腕を抱えた負傷兵が立っていた。

 負傷兵はリオデを見つめると、目に涙を浮かべて懇願する。


「トラーク隊長たちを、絶対に連れ帰ってください」


 その言葉にリオデは、うつむいてから答える。


「できるだけのことは、やってみる」


「頼みます。彼は私たち負傷した兵を、見捨てずにここまで運び上げてくれました。敵を蹴散らした後も、生存者を探して基地を見て回ってくれたんです。それで、命を拾い上げられた者もいます」


 負傷兵はそこで言葉を区切ると、リオデに近づいてから片腕で彼女の肩を強く掴んだ。


「だから、見捨てずに、連れ帰ってください!」


 リオデはうつむいたまま、何もいえなかった。トラークを連れ戻せる確率は限りなく低い。ここで、必ず連れ帰るとは言い切れないのだ。


 リオデはそのまま背を向けて、再び駆け出していた。そして、トラークをうらんだ。

 そこまで、部下を見捨てずにやってきた彼が、なぜ今になって無謀な突貫攻撃をかけるのか。自分の部下を押し付けて、自分のやりたいことをしようとする彼に、リオデは憤怒の思いを抑えきれずにいた。


 グイの前に立つリオデは拳を握り締め、空を見上げた。雲一つない快晴の青空、この下で何人もの兵士たちが命をかけて戦っている。そして、トラークも無謀な突撃をかけようとしている。

 無言のままリオデはグイに跨ると、颯爽とその場を駆け出した。



 アリナを先頭に、黒いグイの一団が高原をかけていた。グイの強靭な足が雪を掘り起こし、一刻も早くバスニア砦に向かわんと、忙しなく動いていた。


「リオデさん。バスニア砦の西側に、ちょっとした高台があります。そこからなら、バスニア砦とその高原を一望することもできます」


 先頭を走るアリナの横に、リオデはぴったりと離れずに走っていた。そのリオデにアリナはそう提案していた。


「わかった。そこに案内を頼む」


 リオデを見たアリナは、グイに蹴りを入れてさらに速く走らせた。暫く走っていると、遥か向こうに煙があがっているのが見えてきていた。


 その煙はか細く、今にも潰えてしまいそうにも見える。まさにその下にいる兵士たちの運命を暗示しているかのようだ。だが、それはあくまでリオデたちから見た時の話である。

 まだ形さえ見えないバスニア砦、だが、その戦場の煙は彼女たちから見えている。すなわち、その煙の大きさから、戦場は今まさに激戦のさなかである。煙の下で友軍の兵士が、命をかけて戦っている。一刻も早く、彼らの元に駆けつけてやりたい。


 リオデの胸のうちにいつの間にか、そんな焦燥感が抱かれていた。

 だが、彼女の任務はあくまで偵察である。現状を確認し、早急に本陣に情報を送り届けることこそが、彼女の任務であるのだ。そのためにも、なんとしてもトラークを連れ帰らねばならない。


「全員、急ぐぞ!」


 リオデはそう言って先導していたアリナの前に出ていた。

 雪に覆われた岩山の下にある雪原、空に舞い上がる煙、その端にある高台、リオデは高台に向かって黒い軍団をとにかく走らせた。

 その高台についた時には、すでに正午を回っていた。高台にはユストニア軍の歩兵、十名弱の死体が転がっていた。死んでから、まだ時間はたっていない。

 ユストニア軍の観測員だったのだろう。死体の傍らには黒い双眼鏡が落ちている。何より彼らは一方的に奇襲を受けたのか、誰一人として腰の剣を抜いている者はいなかった。

 リオデはその状況を見て、呟いていた。


「トラークは、ついさっきまでここにいたのか」


 部下たちをその場に待機させ、リオデは転がっている双眼鏡を手にしていた。そして、高台よりバスニア砦を見た。

 砦の周りには幾重にもユストニア軍の陣地がしかれ、その後方で無数のテントが所狭しという具合に、ひしめき合っていた。


 小さな砦に対して、数千の兵力を注ぎこんで、ユストニア軍は全力で攻め落とそうとしていた。

 その攻撃を必死に防いでいる砦、砦の西門の前には歩兵部隊が集結していた。上から見ればその戦況がつぶさに見て取れる。


「隊長、周辺に敵は見当たりませんでした。敵はこの高台を観測所以外に使っていなかったようです」


 ベルシアが双眼鏡を片手にもってリオデの横に立ち、周辺の安全確保ができたことを報告してきていた。彼女はそれに、戦場を見回しながら答えていた。


「無理もないだろう。ここは戦場から離れているしな。何より、この様子だと奴らは、我々が拠点にしている村が、自分たちの勢力にあると思い込んでいるんだろう」


 ベルシアは彼女の言葉に、うなずきながら言う。


「だから、こんな有用な場所にも守備隊を置いていない」


「守備隊を削ってまでも、バスニア砦を落としたいっていう焦りもあるのさ」


 リオデはそういうなり、ユストニア軍の布陣を改めて確認した。砦西門の前にはざっと歩兵一千名弱が布陣している。そこから距離を置いた北側には攻城砲と呼ばれる大型の大砲が3門配置されている。それを守るように、百名前後の部隊が、砲兵部隊の後方に二つ配置されていた。


 ユストニア軍の主力は西側に集中していて、砦の西側だけで軽く一千名を越えている。だが、主力以外の場所の南北側は、共に三百名程度しか配置されていない。

 正反対に位置する東側は、リオデの大隊が昨今見つけた攻略部隊の数と照らし合わせると、数百名程度であると考えられる。


 とはいえ、それでもユストニア軍の攻略部隊は二千名を優に超えており、今のリオデ達にとってはかなりの強敵な大部隊である。

 なにより、双眼鏡でバスニア砦の西側を見たとき、リオデは絶句した。

 石造りの城壁の一部が破壊され、そこになだれ込んだユストニア軍兵士と、王国軍の守備隊の両軍の兵士が乱戦を繰り広げていた。破壊された場所が一箇所であるため、今はまだ持ちこたえられている。だが、それも時間の問題である。


 ユストニア軍の大砲は健在であり、いずれは城壁のいたるところが破壊される。破壊された複数箇所に、同時に攻撃を受けたとき、はたしてバスニア砦は持ちこたえられるのか。答えは、わかりきっていた。


「隊長、この状況だと砦は三日と持ちそうにないですね」


 ベルシアは双眼鏡を覗きながら、呟くように言っていた。


「そうだな。だからこそ、トラークを見つけなければ……」


 リオデはそう言って、双眼鏡を覗いてトラークを探していた。今なら、まだ間に合う。彼らがここを立ち去ってそう時間はたっていない。


「隊長! 砲兵隊の後方で、動きがあるようです」


 ベルシアはそう言って、砲兵の後方に位置している歩兵隊を指していた。リオデは彼の言葉に、深呼吸して感情を落ち着かせる。そして、双眼鏡を覗いていた。

 百名の歩兵隊に向かい、数十名の王国軍兵士たちが勇猛果敢に挑もうとしていた。


 彼らの狙いはあくまであの三門の大砲にあるのだろう。だが、それにしても、数が少なすぎた。

 なだれ込んでくる敵に立ち向かい、数に押されて次々と討ち取られていく王国軍の兵士たち、その叫び声がリオデの耳にも遅れて届いていた。


「あれは……」


 ベルシアはそれ以降言葉を失って、何も喋ろうとはしなかった。


「トラークの部隊だ……」


 悔しさで唇をかみ締めるリオデは、それでも双眼鏡を投げ出さなかった。こうなった以上は最後まで見届ける義務がある。彼女はトラークたちの勇姿を目に焼き付けていた。数で勝る敵に勇猛果敢に挑み、そして、散っていく。その無情な光景を……。


 結果はものの数刻でついていた。王国軍の兵士は一人を残して、全滅していた。最後の一人の兵士はユストニア軍に囲まれ、身動きとれなくなっている。それが誰かは定かではない。


 包囲され、少し時間がたっていた。一行にその兵士に近づこうとする者は、誰一人としていない。戦場ではあまりに奇妙な光景が出来上がっていた。最後の兵士を包囲しつつも、一定の距離を置いている。そんな状態が双眼鏡の中に広がっていた。


「妙ですね。なぜ、最後の一人を討ち取らないんでしょうか?」


 ベルシアの問いかけに、リオデは答えずにそのまま、その光景を見守っていた。

 妙な緊張感が支配していたその戦況は、一瞬で変わった。最後の一人の兵士が、大勢の敵に向かって走り出したのだ。

 包囲していた陣形が一瞬にして、彼を中心にして崩れていた。何かが起こる。リオデは手に汗を握りながら、その光景を見ていた。



 トラークは高台を制圧した後、大砲の配置を確認していた。彼がこの戦場に来たときと、なんら変わっていないこの配置に、安堵のため息を吐いていた。


「隊長! 我々決死隊、総勢五十四名準備はできました!」


 トラークの前に整列する彼の部下たち、戦場でしか見られない死を割り切った男の澄んだ瞳が、まっすぐと彼を捉えていた。


「ここに集まってくれた諸君、私は本当に部下に恵まれている」


 トラークはその部下一人一人の顔を見て、瞳を合わせていく。屈強な王国陸軍兵士の顔を、彼はその脳裏に焼き付けていた。


「この孤立無援の状況でここまでともに戦ってこれたのは、部隊は異なっていても、私の指示を聞いてくれた諸君らのおかげだ」


 ゆっくりと全員の前を歩み終えたトラークは、その顔を険しくして部下を叱咤する。


「諸君らは私の一番の誇りだ!」


 そう叫んだあと、トラークは部下の顔を見回して続ける。


「だからこそ、諸君らのその命、私にもう一度、預けてくれ!」


 トラークはそう言って、胸の前に拳を当てる敬礼をする。それに合わせて部下全員が、一斉に答礼を返していた。


「総員、前進だ!」


 トラークはそう叫んで、高台より踏み出していた。その後ろを部下たちが続いていく。

 彼らはとにかく大砲に向かって、前進していた。兵士たちはその胸に決意を抱き、ただただ足を進めていく。

 トラークは足を進めながら、自分の体に巻きつけた爆薬を握り締めていた。

 本来ならば砦で戦うための、備砲や鉄砲に使われるはずだった火薬だ。だが、それも一足早いユストニア軍の襲来によって、届けることはできなかった。トラークは何度か、砦に火薬を届けようとしたが、全てが失敗に終った。


 トラークが気がついたときには、鳥車二十台分はあった火薬はその半分にまで減っていた。挙句の果てには、最後の出撃で敵に潜伏場所がばれて襲撃されてしまった。命からがらそこから逃げ出し、兵を集めて回収できたのは、鳥車一台分に過ぎない。


 負傷者の救助をしながらの火薬回収では、それが限界だったのだ。なお、部隊で動ける兵士の数も半分を割っていた。

 事実上彼の部隊は壊滅したのだ。ユストニア軍はそれ以降、彼らを攻撃することはしなかった。だが、敵はユストニアの兵士だけではなかった。


 テントを張って負傷者たちを収容しても、高原の極寒と兵糧不足が彼らを襲ったのだ。日が経つにつれて、負傷兵は力尽きていき、今まで共に戦ってきたグイを泣く泣く食べることとなる。

 そんな過酷な戦いのさなか、トラークは胸のうちに決意した。バスニア砦を蝕む大砲をなんとしても葬りさることを……。


 バスニア砦の堅固な城壁も、大砲の打撃を受けていれば、いずれは破壊される。だが、その大砲さえなければ、あの砦は何ヶ月でも戦うことができるのだ。

 多くの部下を失い、退路はない。そんな状況下、彼が思いついた苦肉の策、それは火薬を体にくくりつけて、大砲に自爆攻撃を仕掛けるというものだった。


 そのことを部下に話すと、全ての部下が賛同して作業が始まった。


 火薬を筒箱に詰めて布に巻いて導火線をつける。そして、手製のマッチも作りあげる。負傷兵も総動員してその作業が続けられた。この絶望的な状況にもかかわらず、なぜか部隊の士気は高まっていく。そして、動ける兵士全員分の爆薬が出来上がったとき、リオデが来たのだ。


 彼女はトラークに部隊を、村に移動させるようにいった。そこでトラークは思いとどまった。これで負傷兵も、そうでない兵士も助かるのだ。それでいいではないか。


 そして、部隊長として、彼らを見送ったあと、自分は一人であの大砲の元へと向かうのだ。と。

 トラークは砦に火薬を運ぶという、最後の任務を果たすことができなかった。だからこそ、部下だけは助けて、自分だけは最後の責務を全うしようと決意していた。


 一日の休息をとることが決まったリオデたちと共に、部下には村に帰るように命令した。そう、それでトラークのみが、バスニア砦に向かうはずだったのだ。

 その夜にトラークは爆薬を抱えて、陣地をあとにしようとした。だが、その後ろで声をかけて彼を止めた者たちがいた。


 それが、今、彼の後ろに従えている五十四名の部下たちだった。

 彼らもまたトラークと同じように、爆薬を体に巻きつけていた。そして、全員が笑顔で答えていた。


「トラーク隊長一人で行っても、何にもならんでしょう」


 トラークはその場で、全員に戻るように命令したが、誰もその命令を聞こうとはしなかった。そこで彼は初めて涙した。馬鹿な部下たちが、自分に従っている。彼らは最後までトラークと共に、歩むつもりなのだ。だからこそ、もう後には引けないのだ。


 トラークとその部下の前に、数百のユストニア兵が殺到していた。


「全員、大砲を爆破にかかるぞ!」


 トラークはその場で雄たけびを上げながら、部下を引き連れて雪原を疾駆していた。剣を抜き、迫ってくるユストニア兵を、次から次へと斬り倒していく。部下が一人、また一人と、血にまみれながら倒れていくが、今はとにかく前進あるのみだ。


 いつしか男たちの雄たけびは静まり返り、トラークの周りに幾重の兵たちが迫っていた。


「もはや、ここまでか……」


 トラークはそう言って、赤く染まった剣を雪原に放り投げる。その場にいたユストニア軍の兵士、全てが彼を拘束しにかかろうと近づいた。そのときだ。


「近づくな! そいつは爆弾を体にまいているぞ!」


 死体を確認していたユストニア兵の一人が叫んだのだ。一斉に距離をとったユストニア兵たちは、トラークを円形に囲んでいた。その様子が、トラークにはおかしくて、たまらなかった。思わず笑みを浮かべ、高らかに笑い声を上げていた。


「兵士ともあろうものが、この程度か。ユストニア軍もたいしたことはない」


 爆弾を前にして、恐怖をあらわにして慌てて逃げ出すユストニア兵、それを見てトラークは愉快でならなかった。


「この戦場で死んでいったものたちの魂は、ここで永遠に生き続ける」


 トラークはそう叫んで、ポーチからマッチを取り出していた。


「ここで死ぬことは、けして無駄死にではない!」


 そういった瞬間に、トラークは導火線に火をつける。そして、真正面のユストニア兵の群れへと向かって走り出していた。慌てて逃げ出すユストニア兵、それを見てトラークは呟いていた。


「逃げるか……。だが、もう、遅い」


 雪原に爆音が響き渡っていた。



「あれは……」


 ベルシアがそう言って壮絶な最後を遂げた、最期の王国軍兵士を見て言葉を失っていた。


「大砲を爆破する気でいたんだよ」


 双眼鏡をその場に放り捨てるリオデは、戦場に背を向けていた。


「しかし、自爆なんて!」


 ベルシアはどこにもぶつけようのない感情を吐き出すように、リオデに叫んでいた。


「最初からたどり着けるとは、思ってもいなかっただろうに」


 リオデはうつむいた後、ベルシアにまっすぐな視線を向けていた。


「隊長?」


 疑問に思って、ベルシアはリオデに向き直っていた。


「このままでは、バスニア砦は落ちる。だが、大砲さえ屠れば、本隊到着まで持ちこたえてくれるだろう」


 ベルシアは彼女の言っていることに、耳をふさぎたくなる衝動に駆られていた。彼女がこの先言い出すことが、彼には予想がついたのだ。


「まさか、そんな、無茶ですよ。敵は2千以上はいます」


 動揺するベルシアに、リオデは不敵な笑みをうかべていた。


「幸いなことにな。敵の砲兵隊は、本隊から距離があるところに配置されているんだ。それに……」


 リオデはベルシアに背を向けて、戦場に向き直る。


「グイの駿足を生かせば、砲兵の殲滅は可能だ。加えて敵の中に騎兵隊は確認していない」


 ベルシアはそんなリオデを見て思う。彼女は戦場に魅せられて動いているのだ。と。


「しかし、アリナはどうするんです?」


 最後の反論にリオデは、真剣な表情でベルシアに向き直っていた。


「お前は十人の部下と共に、アリナを連れて連隊本部に戻れ! 必ず、連隊をここに連れてくることを命じる!」


「しかし、隊長!」


 ベルシアの言葉を遮るように、リオデは真剣な表情で彼を見据える。まるで、死を覚悟した者のように、その瞳に迷いはない。


「これは命令だ。すぐに行け!」


 リオデの言葉にベルシアは奥歯をかみ締めていた。そして、彼女を睨みつけながら、何も言わずに背を向けて歩き出す。


「ベルシア!」


 リオデは彼の名前を呼んでいた。それにベルシアも足を止めていた。

 そして、ゆっくりと顔だけを彼女のほうへと向ける。彼女は戦場に似つかわしくない、明るい笑顔を浮かべていた。


「按ずるな。私は死ぬつもりはない。部下も無駄に死なせたりはしない。だから」


 そこで言葉を区切り、リオデは笑顔を真顔に変えてベルシアに言う。真っ直ぐな視線は、彼を捉えて離そうとしない。ベルシアはそれに答えて、リオデの正面へと向き直った。


「一刻も早く、連隊を連れてこい!」


 ベルシアはその言葉に、無言で敬礼をして見せた。そして、すぐに背を向けて走り出していた。全てはバスニア砦の友軍を救うためである。

 リオデはその背中を見つめて、答礼していた。



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