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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第二章 補給戦線
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第二章 補給戦線 Ⅳ



 日は暮れだし騎兵隊は、陣地にテントを張っていた。そして、ひと時の休息を兵士たちは満喫していた。

 焚き火の周りに集まって、話をする兵士たち、ときおり笑い声も混じって聞こえてくる。リオデはその声を聞きながら、大きめの指揮官用テントの中で、ランプに火を灯して報告書をまとめていた。


「失礼します!」


 ベルシアの聞き慣れた声に、リオデは振り向いていた。


「何か用か?」


 リオデの問いにベルシアは、いつもの感情のない表情のまま答える。


「報告の者を連隊本部に向かわせましたから、明日にはここに連隊の救援部隊が来てくれると思います」


 リオデもまたそれに、淡白な口調で答える。


「そうか、ご苦労だった」


 言い終えるとリオデは、再び彼に背を向けて報告書に手をかけていた。


「隊長、少しは休まれてはどうです?」


 心配そうにベルシアは彼女に声をかけていた。この陣地を拠点として動くことを決め、テントを張ってからというものの、リオデはテントにこもっていた。

 普段ならば兵たちに、労いの言葉をかけに顔を見せたりする。だが、今はそういうわけにも行かなかった。トラークより話を聞きだして、そのことを報告書にまとめる業務に彼女は追われているのだ。


「隊長、兵たちが寂しがってますよ。顔をみせてくれと」


 ベルシアはそう言って彼女の返答を、直立不動のまま待ち続ける。


「休めといったり、動けといったり、本当に忙しいな。ベルシアの言うことは」


 背中を向けたまま、彼女は伸びをしてみせる。そして、首を押さえた後、腕を回して体をほぐしだした。


「お手伝いしましょうか?」


 ベルシアは妙な期待を抱きながら、笑みを浮かべて彼女を見ていた。


「遠慮させてもらうよ。お前に体を触られるくらいなら、アリナを呼んでしてもらうさ」


 リオデはそう言って立ち上がり、ベルシアに向き直った。そして、近づくなり彼の胸に一指し指を押しあてて言う。


「それに、下心があるのが、見え見えだぞ」


 そういわれてベルシアは動揺せずに、から笑いして言う。


「はは、そうでありますか。見破られているとは、さすがは隊長であります!」


 特に悪びれた風もなく、ベルシアはリオデを見つめていた。彼女もまた、ベルシアを少し見上げる形で見つめる。


「で、なんで、お前はここにいる? 用事は済んだのだろう」


 リオデの言葉にベルシアは、わざとらしく元気よく返事を返した。


「はい! では、私はこれで」


 そうして、ベルシアは背中を向けてテントより出ようとしたときだ。


「待て、ベルシア」


 鋭く響くリオデの透き通った声、それがベルシアの耳をつんざいていた。彼はそのまま後ろを振り向くと、リオデが腰に手を当てて曇った表情で目を向けていた。


「アリナのことで、何か隠し事をしていないか?」


 真剣な目つきでベルシアを見つめるリオデに、彼は何も言えずにそのまま硬直していた。彼女にはアリナのことはばれていない。だが、何かあったことをリオデは感づいている。


「その様子だと、やはり、何かあるみたいだな」


 リオデの言葉に胸をどきりと高鳴らせる。ベルシアは表情をかえずに、黙り込んでいた。


「まあ、いい。それが作戦の支障にかかわるのなら、お前から報告してくるだろうからな」


 リオデはそう言って、ベルシアから視線を外していた。その態度にベルシアは、罪悪感を抱かずにはいられなかった。

 部隊長に重要な隠し事をしている自分にたいして、嫌悪感さえ覚えるのだ。


「隊長、アリナは……。アリナはかなり不安定な精神状態にあります」


 ベルシアは重い口を開いて、リオデにアリナの状態を報告した。厩舎であった彼女の情緒不安定な状況も、包み隠さずに全て話していた。

 話を聞き終えたリオデは真剣な表情のまま、ベルシアを見つめた。


「ベルシア、なぜ私がアリナの同行を許可したか、わかるか?」


 リオデの問いにベルシアはしばらく考え込んだ。

 村長に頼まれて断りきれなかったからか、いや、ガイドがいない今の状況を改善するためか。いずれにしても、今のアリナの状態を考えると、なぜ不安要素のある彼女の同行を許したのか、ベルシアにはわからなかった。


「いえ、見当もつきません」


 ベルシアの目を、その澄んだ青いリオデの双眸が捉える。


「私は彼女が強い女だからこそ、同行を許した。けして村長に押し切られたわけでもない。アリナの芯の強さは、私が保証する」


 ベルシアはその言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろしていた。

 このことをリオデに話せば、アリナはガイドを解雇されるのではないか。ベルシアのそんな不安を、彼女は真っ向から消し去っていた。


「だから」


 そして、リオデはベルシアを見つめると、念を押して言う。


「お前も彼女の支えとなってくれ。でなければ、彼女はこの戦場ではもたない」


 リオデの言葉が重くベルシアの胸にのしかかった。それは彼女からの願い、それは少女を支えなければならない義務、それをリオデから仰せつかったのだ。

 家族を奪われ、仲間を奪われ、住む場所をなくした悲劇の少女、それを支えているのは、その小さな体の中にある大きな復讐心だ。それくらいはベルシアも察している。

 リオデはその少女の中にある復讐心ではなく、ベルシアがその代わりの支えとなれと彼に命じているのだ。


「わかりました。リオデ・ジュリア・ネイド大隊指揮官殿!」


 その意を汲み取ったベルシアは真剣な眼差しを返す。それにリオデはほっと胸をなでおろした。


「よし、いっていい」


 リオデの言葉にベルシアは、彼女のテントから出て行った。彼の背中を見送ったあと、リオデは一段落ついた報告書を、皮製のバッグに束ねていれる。そして、そのバッグをテントの隅に置いて、外の空気を吸いに出ていた。


 高原の夜の訪れは早く、先ほどまで明るかった夕空が、早くも黒く染まって星々を映し出していた。澄んだ高原の空気を、肺の中に思い切り吸い込んでから、白い息を吐き出していた。

 そんな彼女の耳に、楽しそうに談笑する声が届いていた。その声につられるように、リオデは足を運んでいた。テントとテントの間に、焚き木をくべて暖を取っている5人の部下の騎兵達、それが彼女の目に入っていた。


「で、あの賭けはどうするんだ?」


 一人の兵士がそう言って、右横の兵士を見た。


「ああ、あれか! 俺はレイヴァンがするほうに賭けるぜ!」


 その答えを聞いた違う兵士が答える。


「マジかよ! 絶対無理だって、殺されるぞ!」


 そんな言葉にかかわらず、レイヴァンと思われる兵士が叫んでいた。


「俺はやって見せる。この騎兵隊に入ってから、ずっと憧れてたんだからな!」


「おう、やってくれたら俺の取り分と半分にしてくれよ」


 レイヴァンと名前と名を読んだ兵士は、そう言っていた。


「だめだ。三分の一だ」


 レイヴァンはそう答える。


 どの顔もリオデが部隊内であまり見かけない顔だった。しかし、一度見た顔は忘れない。

 彼らを全く知らないわけではない。名前こそ覚えてはいないが、彼らはこのレルジアントに派遣される前に増員された兵たちだった。大隊指揮官に任官されてから、既に一年以上たっている。その中で最後に増員されたのが、今からちょうど半年前のことだ。


 その中に彼らがいたことを、リオデは覚えていた。


「何をやっているんだ?」


 リオデはそのやり取りのさなか、焚き火に当たろうと後ろから近づいていた。それを見た最初の兵士が、慌てて立ち上がって敬礼をしてみせる。

 他の三人も同時に敬礼して見せた。そして、彼女が後ろにいることに気づいていないレイヴァンは後ろを見てから、初めてリオデがいることに気づいて立ち上がった。


「いや、敬礼はいい。今は一緒に焚き木に当たらせてくれないか?」


「は! 喜んで!」


 レイヴァンがそう答えて敬礼しようとする。それを制止し、リオデはその横に座り込む。周りの兵士はそれでも固くなったまま、リオデを気まずそうに見ていた。


「何をやっている? お前たちの火だろう。何も立ったままでいる必要はない。楽に座れ」


 その言葉を聞いた四人の兵士は、ようやく気を落ち着けてその場に座った。


「隊長がなぜここに、わざわざ足を運んでこられたのですか?」


 レイヴァンと呼ばれていた兵士が、横のリオデに尋ねていた。


「なに、ちょっと外の空気を吸いに出ただけだ。名前はなんといった?」


 そうリオデがたずねると、兵士たちは各々で自己紹介を始めていた。

 王国の東部出身者、北方出身者、それぞれが違うところから志願して、王都を守る中央軍集団の近衛師団に入隊しているのがわかる。そして、最後に残ったのは、レイヴァンと呼ばれた兵士だけだった。


「レイヴァン・クレツィア伍長であります! 出身はポルターナですが、今はもう王都に移り住んでます」


「もしかして、お前はクレツィア採鉱社の息子か?」


 リオデはそう言って、レイヴァンに聞いていた。彼は気恥ずかしそうに答える。


「はい。おっしゃるとおりです」


 レルジアント地方の豊富な鉄鋼資源、それを主に採掘しているのがクレツィア採鉱社である。創業からすでに百年が経とうとしているが、クレツィア家はあくまで郷土に本社を置いていた。そして、貴族としての爵位も授かっていない。ただ、採鉱事業で莫大な富を築いている有力な家柄である。

 そんな有力な家柄にもかかわらず、レイヴァンはあえてこの道に進んでいた。


「なぜ、軍に入ったんだ?」


 リオデの問いかけに、レイヴァンはまたかと言わんばかりに、ため息を吐いて話し出す。


「故郷を守るためですよ」


 そう言って、苦笑するレイヴァンは西の空を見ていた。


「ちょっと前もここにユストニアの奴らが攻めてきたでしょう。その時に親族が大勢亡くなってるんです。だから、親父はユストニアの侵攻を恐れて、王都に移り住んだ」


 そこで言葉を区切ると、レイヴァンはリオデに顔を向けていた。


「ポルターナには、俺の幼馴染や知り合いが大勢います。だから、ここでこうやって戦える。それを自分は後悔していません!」


 レイヴァンはそう言って、真剣な眼差しをリオデに向けていた。


「隊長! あなたなら、ポルターナ、いや、このレルジアントを救ってくれると信じています! そのためなら、自分は命を捨ててもいいと思っています!」


 そう言ってレイヴァンは立ち上がり、王国式の敬礼をして見せた。それに同調して他の四人の兵士も敬礼をする。リオデもそれに答えて立ち上がって、答礼していた。

 この戦場では、何万という人々の信念がひしめき合っている。それが、ある者は家族のため、ある者は故郷のため、ある者は金のため、ある者は国のため、挙げればきりがない。

 だが、ここにいる兵士たちの思いは一つ、ユストニア軍をこの地から追い出すことだ。


「必ず、ここにいる者たち全員で、ユストニアを追い出そう」


 リオデはそう言って、真剣な眼差しを五人に向けていた。そして、間を空けて再びその場に腰をかけていた。


「ところで、さっきちょっと小耳に挟んだんだが……」


 五人がそれに習って、座るのと同時にリオデは口を開いていた。


「その、さっき言っていた賭けというのはなんだ?」


 五人が一緒の表情を見せる。肩をびくりと震わせる者、胸を押さえる者、だが、その表情は硬く、そしてなぜか焦っているようにも見えた。


「なにか、悪いことを言ったか?」


 リオデが不思議そうに周りを見回す。


「いえ、何も! ただの兵隊の遊びであります! 賭け事をしなければ、息も抜けんと言うやつですよ!」


 レイヴァンが空かさず微妙に話をずらしていた。そのフォローに違和感はなく、リオデは「そうか」と言ったあと、他愛のない世間話をしだしていた。

 その場に全員が胸をほっと撫で下ろしていたのに、リオデは気づかずに話をしていた。


 それから、その場は猥談やら、他愛のない話で盛り上がっていた。彼らの声を聞きつけた兵士も、次々とテントより出てきて、いつの間にか彼女の周りには大勢の兵士たちで溢れていた。


 その中でも、レイヴァンは場を和ませたり、時には話を纏めたりと、気遣いのできるムードメーカーとして目立っていた。だからといって、誰からか恨まれるようなこともなく、むしろ、その場に居合わせた全員が、彼を慕っている。中年の兵士は彼を息子のように、若い兵士はよき同僚、年下の兵士は兄のように、それぞれが彼に対して、色々な想いを抱いている。


 リオデはその彼に、癒しを感じてうっとりと見つめていた。その光景を見ていた最初の四人が、ひそひそと話をしているのに、彼女は気づかなかった。

 リオデは時間がかなり経っていることに気づき、立ち上がっていた。


「今晩は楽しかった。皆、充分に休めよ。次の休息がいつになるかわからないからな」


 リオデはそう言って、話を切り上げると敬礼をしてみせる。その場に居合わせた兵士全てが、彼女に向かって揃って答礼をして見せていた。




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