第19話 (幕間)三百年を紡ぐ神話、ゼニス・スパイア
1. 三人の若者とルミナリスの光
神話の時代、そこには強く輝く光のみが存在した。強すぎる光の中では、何者も存在し得ない。それを悟った光は、自らを「光」と「影」に分かち、この世界を編み上げた。
光の精霊「ルミナリス」が彩りと温もり、そして美しい響きを与え、世界は目覚めた。
だが、分かたれた影の精霊「ルミナリス・シャドウ」は、元の「無」こそが完成された美であると信じていた。そして、全てを無に還すべく、影は世界に魔物を放ったのだ。
――今から約三百年前。世界は今よりも深い絶望と、邪神の放つどす黒い影に支配されていた。
人々は魔物におびえ、暗い地下や堅牢な城壁の内側で、息を潜めて暮らすしかなかった時代。
光と影は、元より一つ。影が消えれば世界もまた消える。
ゆえに光の精霊「ルミナリス」は影を消し去ることはせず、自らの力を三つの紋章に分けた。人々を不憫に思ったルミナリスは、それらを三人の心ある若者たちに託す。
光の剣が輝くのは、闇を消し去るためではない。深すぎる闇を照らし、溢れすぎる光を抑え、世界が続くための「調和」を奏でるため。
若者たちは、それぞれが抱える恐怖や未熟さを、手にした紋章の輝きで打ち払い、ルミナリスより託された「星の羅針盤」の導きによって世界の中心にそびえる「ゼニス・スパイア」へと集結した。当時、塔はルミナリスの守護の下、邪神の力を中和し、聖なる力を増幅させるための唯一の祭壇として機能していたのだ。彼らが塔の頂上で紋章を掲げた瞬間、天を貫く光の柱が立ち昇り、漆黒の空を黄金色に塗り替えたという。
その光の中から現れたのは、現代では伝説として語り継がれる「飛空艇」。すなわち、邪悪を討ち払うための伝説の翼であった。三人の若者はその翼に乗り込み、聖なる泉にて邪神封じの力を得る。そして、死闘の果てに邪神を封じ込めることに成功した。
後世、彼らは「光の英雄」と呼ばれるようになる。
その戦いの後、一人は邪神の封印を監視し続けるために「エグザルティア王国」を建国し、初代国王となった。そして残りの二人は、喧騒を離れた遠くの村へと移り住み、静かに歴史の表舞台から姿を消したのだ。
2. 監視者たちが紡いだ三百年
平和は永遠に続くと思われた。エグザルティアを建国した英雄の血筋は、長らく繁栄を謳歌し、他の二人の英雄の末裔たちもまた、人知れず各地でルミナリスの教えを守り続けてきた。ジークの先祖であるソラスの監視者たちや、エリーゼの故郷に伝わる古い言い伝えは、すべてあの日、ゼニス・スパイアで交わされた誓いから始まっていた。
「いつか再び邪悪が目覚める時、三つの紋章は再び一つに集まり、天へと続く道を開くだろう」
ゼニス・スパイアの石壁には、古代の文字でそう刻まれている。
しかし、時の流れは残酷だった。三百年の歳月は英雄たちの偉業を「おとぎ話」へと変え、人々は平和に慣れきってしまった。エグザルティアを護る光の封印は次第にその輝きを失い、人々が再び魔物の影に怯える日常が戻りつつあった。
そして今、世界の各地で再び魔物の被害が急増している。エグザルティアの辺境の街「アシュベリー」が襲撃されたあの惨劇こそが、三百年前の封印が解けかかっている決定的な証左であった。ゼニス・スパイアは、再び訪れるはずの「光の主」を待ちながら、深い沈黙のなかで微かな警告の拍動を刻んでいた。
3. 邪神の影と歪められた聖域
現在のエグザルティア国王ウィルは、いや、その正体である邪神は、この塔に眠る「翼」の力を誰よりも熟知し、そして誰よりもそれを恐れていた。
邪神ルミナリス・シャドウは、三つの紋章が揃わぬ限りゼニス・スパイアが真の姿を現さないことを知っていた。だからこそ、彼は紋章を集める前に彼らを抹殺しようとし、抵抗する勢力を徹底的に排除しようとした。アシュベリーの破壊も、各地の村への魔物派遣も、そして月影の里への襲撃も、すべてはかつての英雄たちの末裔を探し出し、その芽を摘むための冷酷な算段であった。
エグザルティア王国の重臣であるウィルを取り込んだこともそのためである。エグザルティア王家に繋がる英雄の血筋は、一番近い場所にありながら、その加護と強固な邪神封じの結界によってルミナリス・シャドウの力が及ばぬ領域であった。そこでウィルが狙われた。愛する家族という弱みに付け込み、その精神と体を乗っ取ったのである。ウィルは本来、邪神の封印を守るべき立場にありながら、隙を突かれたとはいえ、あろうことかその強大すぎる力にひれ伏してしまった。
今のゼニス・スパイアの周囲には、邪悪な魔力が渦巻いている。ルミナリス・シャドウの歪んだ正義が塔の聖性を汚し、かつて英雄を祝福した防衛システムは、近づく者すべてを無差別に殺戮する冷徹な番人と化していた。塔は今、自らを内側から蝕む闇と戦いながら、かつての清浄な光を取り戻すための「奇跡」を、三百年もの間、耐え忍んで待っていたのだ。
4. 運命の合流点、ゼニス・スパイア
だが、闇はすべてを覆い尽くすことはできなかった。ルミナリス・シャドウがどれほど力を振るおうとも、ルミナリスが残した光の種火は、辺境の村ウィンダミアや、ポート・アンカー、そしてアストラル・ピラーを越えて、確実に育まれてきた。
今、三つの紋章を手にした若者たちが、かつての英雄たちと同じように世界の中心へと向かっている。記憶を失った騎士アルトリウス、不屈の魔導士エリーゼ、そして過去を乗り越えた監視者ジーク。彼らが歩んでいる道は、まさに三百年前の英雄たちが辿った「再生」の軌跡そのものであった。
ゼニス・スパイアの最上階、分厚い雲海を割り、一筋の鋭い光が差し込んだ。それは、はるか南から近づく古代船の、そして彼らが抱く三つの希望が放つ共鳴の波紋だった。「星の羅針盤」もかつてないほど光り輝いている。
「……ついに、その時が来た。三百年ぶりに、運命が動き出す」
塔の地下深く、眠っていた巨大な歯車が、音を立てて一段階だけ回転した。それは、飛空艇が再び空を駆けるための予兆であり、世界が真の平和を取り戻すか、あるいは永遠の闇に沈むかを分かつ、審判の鐘の音であった。
ゼニス・スパイアは今、すべての役者が揃うその瞬間を、天高く突き抜けた静寂の中で、じっと見つめていた。
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次回の第20話は、この後【12:10】に更新予定です。
■第20話 伝説の翼、飛空艇覚醒
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