裏切りの代償の決断
「あなた、ごめんなさい、本当に…許してください…。」
目の前で妻が泣いている。
僕は握り拳を下げたまま顔に表情を作ることができなかった。
許すのか、許さないのか。僕は決断するしかなかった。この地獄のような雰囲気の中、目の前にいる妻をどう処するのかを…。
僕は、特に自慢できる人生を歩んでこれたわけじゃない。誰かに迷惑をかけることなく普通の人生を生きてきた。
もう気が付けば37歳になった。2歳年上の妻と二人暮らし。子供はいない。20歳から今の会社で務めて勤続18年のベテランだ。会社は軌道に乗っており毎年純利益額を更新している。給料は平均年収をはるかに超えているし、僕は会社からはある程度評価されていて仕事も順調だ。
妻との出会いはもう5年前になる。いわゆる婚活アプリというもので昔でいう出会い系で知り合った。
はっきり言って僕は容姿は良くない。お腹も出ていて下の上ぐらいのビジュアルだ。おしゃべりも達者じゃないしもてる要素がない。まあ誰に対しても優しく接しているからとは思うが、友人からは評判がいいとは思うけど…。
妻は年上だけどスタイルがよくてオシャレ。顔もどちらかというと綺麗目で性格はおっとりしている。傍から見えたら彼女の方が年下に見えるだろう。
彼女は結婚してから働いておらず、小説家になろうというサイトに日々投稿しているアマチュア小説家だ。家事全般を担ってくれていて料理は抜群に美味しい。だからなのか結婚してから僕は5年で10キロも太ってしまった…。幸せ太りだと周りから言われている。実際そうなのだろう。
僕は釣りが趣味だった。仕事以外は釣りのことばっかり考えている。海、河、湖に限らず釣りの時はよく釣った魚を持ち帰ったし休日は半日かけて釣りに費やすことも多かった。妻は釣りに全く興味がない。ジムに行ってトレーニングや料理を研究したり小説を書くことが趣味というか日課になっている。
二人で旅行に行ったり、買い物をすることはよくあり、仲はいい方だと思うし喧嘩をすることもなかった。共通の趣味はないけどそれについては全くお互いに気にしていない。
また身内のをすると、僕らの住んでいるマンションの近くには僕の実家があり、両親は共に健在であるけれど、父親が去年脳梗塞で倒れてから左半身の不全麻痺の後遺症によりリハビリ中だ。介護の認定もおりて、妻がしょっちゅう実家に行っては介護の手助けをしてくれている。母親は本当に助かっていると妻のことを頼りにしているみたいだ。
本当に結婚して良かった。すべからく幸せだった。そう感じていた。
ある時、両親に言われた。
孫の顔はいつ見れるかなってやつだ。
僕には兄弟がおらず一人っ子だ。だから余計に両親は期待するのだろう。
でも問題があった。妻は結婚してから子供を欲しがっていた、と思う。でも最近はそれも言わなくなった。
答えは簡単、僕が原因だった。
昔からあまり性欲はない方だった。しかし、社会人になって仕事に追われるような生活になってからか更に性欲も低下したように感じる。それもあってか彼女が欲しいというような欲も生まれず、32歳になってから周りが結婚していった上に、親も心配しだしたから何となく婚活をするようになったという経緯になる。
妻と結婚当初は盛んに夜の営みがあったものだ。だがいつしか僕の性機能障害ともいえる性欲減退でそれも無くなっていった。妻も不満はあっただろう。でもその不満を表に出すわけでもなく僕を支えるために家事はきっちりとこなして良き妻であり続けた。
しかしある時、悲劇は当然やってきた…。
1週間の出張を終えて帰宅した時だ。夕方に帰宅予定だったが、仕事を早々に片づけることができたので予定より早くなり昼過ぎに帰宅することができた。いつもは何時ぐらいに帰ると連絡しているのだが、スマホとモバイルバッテリーの充電が切れてしまったため連絡せずに帰宅したことが事件発覚の要因となる。玄関を開けて我が家に入ると見覚えのない男性用の靴がある。んっ、来客かなと思いリビングに入ると誰もいない。とりあえず、荷物を置いて洗面所で手を洗っていると妻が慌てた様子で声をかけてきた。
「あれ、帰ってきたの、早かったね、いつも連絡くれるのに…」
化粧をしていて少し髪が乱れていた事が気になった。
「誰か来てるの?知らない靴があったけど…。」
「えっ、うんそうなのよ…松島君がさっき用があって来てて…」
「はっ、松島?今日仕事のはずだけど…」
松島…僕の仕事の後輩だ。30歳の独身。長身でイケメン、仕事もできる男だ。松島が入社してから指導係として携わっていたことがある。面倒をみていた経緯から僕に頭が上がらない立場でもある。
すると妻の後ろからするっと男の顔が映りだす。
「せ、先輩、お疲れ様です、ちょっと寄らしてもらしてました。」
「おう、なんでいてるの。今日仕事のはずじゃ…」
「そ、そうなんですけど今日有給取っていて…さっき、そ、そのたまたま外で奥さんとばったり会ったんですよ…。えぇはいっ。で、ちょっとお家にお邪魔する運びとなったんですぅ、はい。」
「そ、そうなのよ…立ち話じゃなんだからお茶でも飲んでって、って流れでさ…」
「ふーん、そうなんだ…」
二人とも動揺を隠しきれていない感じだった。咄嗟に作った話を合わせているようなのはわかった。
でも、僕もあえて気づいていないふりをした…。で、表情を変えずに無言で寝室に入っていった。
明らかに二人は動揺を隠せない表情を見せる。
寝室のベッドは明らかにさっきまで誰かが使っていたような状態であった。
普段は妻は起床してから直ぐに布団を整理する。それが昼間なのにされていない。
二人は不倫している…。
そう直感した。
それもさっきまで僕と妻のベットで事に及んでいたようだった。
でも、僕はなぜか怒れないでいた。
「で、松島…まだ家にいるのか?」
「あっ、いえ先輩も仕事で疲れているだろうし、そろそろお暇しようと思います。お、奥さん、コーヒーありがとうございました。」
「えっ、う、うんこちらこそ…じゃあ気を付けてね。」
松島が帰ってからも妻の表情は固い。ばれてるのか!ってそんな訝しげな顔をしている。
着替えながら僕は考える。妻も無言でいている。
張り詰めた緊張感みたいなものがリビングを支配していた。
でも黙っていたら胸が苦しくなってくる…。
「いつからなの?」
「えっ、何が」
「いやいや、松島と会ったりしてるんでしょ、初めてじゃないでしょ。」
「んっ、は、はじめてよ。急にどうしたの、たまたまさっきばったり会っただけじゃない。」
「……もういい。」
話す気が失せた。妻は浮気を認めなかった。でも二人の動揺していた様子からして確信があった。
妻も口をつぐんだ。表情は悲しげだ。しかし僕の悲しさとはまた違うといえる。
僕にも原因がある、性機能障害。そうだろう、その一因があるのは認める。ただ、何とも言えない悔しさが心を覆って闇の世界に引きずり込まれる感覚だった。
その後、妻と話し合った…
妻は逃げきれないと悟ったのか観念して白状した。
しかも驚いたことに1年前から松島との関係が続いていたとのことだった。
1年半ほど前に一度自宅に松島が来たことがある。宴会の帰りで泥酔した僕を送り届けてくれたのだ。家で松島と妻がどんな会話をしていたかは酔っていて全く覚えていない。でも、それがきっかけになったわけではないとのことだった。
松島はもともと容姿端麗なことから女性にもてることもあって有名な遊び人でもあった。ナンパをすることもあれば出会い系アプリも使っていたらしい。なんとその出会い系アプリで同じく利用していた妻とコンタクトをとって再会したらしい。凄まじい低確率であったであろう。出会った時は妻も松島もびっくりして、どうしようか躊躇したそうだが、結局ホテルで関係を持ったとのことだ。妻は松島とアプリで再会するまでにも知らない男と会った可能性はあったが、それについては白状しなかった。
この1年間、僕が休日で釣りに行ってる時や出張の時など、週に1回ほどは綾瀬を重ねていたようだ。
僕は愚かにも後輩に寝取られていることに全く気が付かなかった。
悔しかった…。自然と涙が出てくる。僕は仕事に釣りと毎日を充実させ貞淑な妻と幸せな日々を送っていたと勘違いしていたのだ。
妻は白状したあと泣いている。でも僕の涙とは別物の感情をこさえていたであろう。
「あなた、ごめんなさい、本当に…許してください…。」
妻は僕と別れたくないとのことだった。妻は定職についていない。当然のことだろう。
松島とは別れると言っている。松島も遊び人だ。妻と今後一緒になる気があるか微妙なところだ。
こんな事ならせめて、バレないようにして欲しかった。永遠に…。僕が妻を満足させられてなかったのは事実だ。でも僕の中でこのまま変わりのない幸せな生活を続けたかった。だが知った以上は決断をしなければならない。
決断…
んっ、あれ!?
僕の頭の中で大きな白黒な画面が映像として現れた…。
急に文字が浮かびあがる。
(このあと貴方の取るべき行動は?)
1.妻を許す。
2.妻を許さない。離婚の協議をする。
3.妻を殺して自首する。
4.松島を殺しに行ってから自首する。
5.無言で部屋にこもり首を吊って自殺する。
6.妻と松島を殺してから自殺する。
7.妻と松島を殺して警察に自首する。
8.後日、妻を殺してから松島が犯人だと仕立て上げる計画を実行する。
どれかを選択するように頭の中で操作する…。あとは頭の中でボタンを押下するだけ。
押下する前に妻を見た。
妻は僕の方をじっと見ていた…そしてその表情を見て僕は妻を抱きしめた。
そして決断のボタンを押下する…。
暗い話になりましたが、読んでいただきありがとうございます。




