第46話『久瀬の違和感』
資料室に入った瞬間、久瀬黎司は足を止めた。
理由はない。
ただ“数が合わない”。
「……一人、少ない」
有馬が振り返る。
「何がだよ」
白鐘雨音は資料を広げたまま首をかしげる。
「人数ですか?」
久瀬は答えない。
“説明できる違和感ではない”からだ。
机、椅子、資料、声、空気。
すべて揃っているのに、どこかが欠けている。
白鐘が資料を指す。
「昨日の記録、ここですね」
有馬が覗き込む。
「普通の捜査メモだろ」
久瀬はその“普通”という言葉に引っかかる。
(普通……だったか?)
だが次の瞬間、その思考すら曖昧になる。
白鐘が続ける。
「共犯者の補助動線、ここに書かれてます」
有馬が鼻で笑う。
「共犯者とかまたそれかよ」
久瀬はその瞬間、目を細める。
「共犯者……」
白鐘が顔を上げる。
「はい?」
久瀬は少し間を置く。
「昨日、その言葉は出ていない」
沈黙。
有馬が即座に否定する。
「いや出てただろ普通に」
白鐘も頷く。
「私も記録しています」
だが久瀬だけが感じている。
“記録の形が揃いすぎている”
まるで後から整えられたように。
久瀬は低く言う。
「違和感がある」
白鐘が一瞬だけ止まる。
「何の、ですか」
久瀬は即答できない。
理由がない違和感だからだ。
沈黙が落ちる。
その瞬間、廊下の奥で軽い物音。
有馬が振り向く。
「今誰かいたよな?」
白鐘も見る。
「……いましたね」
久瀬だけは見ない。
見た瞬間に“確定”する気がしたからだ。
だが何もいない。
ただ、空間だけが少し軽い。
久瀬は小さく言う。
「……減っている」
有馬が眉をひそめる。
「何が?」
久瀬は答えない。
答えられない。
“減ったものの名前”が浮かばない。
白鐘が資料を見直す。
そして一瞬、目を止める。
「……あれ?」
有馬が反応する。
「どうした」
白鐘は首をかしげる。
「ここに書かれていた人、誰でしたっけ」
沈黙。
有馬は笑う。
「知らねぇよそんなの」
だが久瀬の背中だけが、静かに冷える。
(今の違和感は……記憶じゃない)
(“構造”だ)
白鐘が呟く。
「でも、いた気がするんです」
有馬が呆れる。
「気のせいだろ」
久瀬はそこで初めて口を開く。
「気のせいではない」
二人が止まる。
久瀬は続ける。
「“いないことになっている”」
白鐘が息を呑む。
「それって……」
久瀬は言葉を選ばない。
「消えている可能性がある」
沈黙。
有馬が小さく笑う。
「またかよ」
だがその笑いは少しだけ遅れている。
まるで“笑うべき相手”を思い出せないまま笑っているように。
久瀬は確信する。
まだ何も確定していない。
だが――
「何かが消え始めている」
それだけは、説明できないまま存在していた。
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