第四章 パドックのギルド
リリアナに今日これから冒険者ギルドに行くことを説明された。
「ああ、わかった。もう少し待ってくれるか?なんせうちの女王がまだ準備中なんだ…」
駿介が説明すると、リリアナは驚いたような顔でこちらを見つめる。
「あの…、喋れるんですか…?」
駿介はふと考え、昨夜は念話のような感じだったのを思い出した。しかし今は普通に会話ができた。
「うーん、寝て起きたら喋れるようになった…ってことかな…どうなってるかはわからないが…」
「さすがは神馬様と御者様です!私が考える遥か上をいってらっしゃるのですね…それでは準備ができ次第ご一緒致しましょう」
そう言ってリリアナはその場を離れた。
「はぁ、まあ便利になったしいいか…」
駿介は深く考えるのをやめた。ここは異世界なんだと思うことにした。
「ちょっとシュンスケ!まだブラシが終わってないわよ!」
「わかったから、急かすな」
そう言って、女王様の身支度を整え、小一時間ほどたった後で宿屋の階下に降りて行く。ローズは赤いドレスに外套を纏っている。リリアナが待っていた。
「それではお二方参りましょう」
宿屋を出て、リリアナの後をついて行く。リリアナに案内され、二人は街の中心にある巨大な石造りの建物へと足を踏み入れた。
そこは、荒くれ者たちの怒号と、酒と鉄錆の匂いが混じり合う「冒険者ギルド」だ。
「……うわ、昨日より臭いわね。シュンスケ、私、外で待ってていい?」
ローズが外套の襟を立て、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ダメだ。登録には本人の魔力測定が必要なんだ。……ほら、順番だぞ」
受付の女性が、大きな魔力水晶をカウンターに置いた。
「では、お二人とも。こちらに手をかざしてください。職業と適正ランクを測定します」
まずは駿介が手を置く。
『職業:星の御者/ランク:測定不能』
「……え? 測定不能? 水晶の故障かしら……。次は、そちらのお嬢様」
ローズが面倒くさそうに、指先を水晶に触れさせた瞬間だった。
パキッ、パリンッ!!
激しい黒い光が溢れ出し、高価な水晶が粉々に砕け散った。
「な、何事だ!?」「水晶が割れたぞ!」
ギルド内が静まり返る。受付嬢が震える声で、割れる直前の数値を読み上げた。
「……び、敏捷値……計測限界突破。魔力波形……『黒薔薇神馬』と一致……。う、嘘でしょ……?」
その静寂を破ったのは、金属鎧をガシャガシャと鳴らして歩み寄る一団だった。
先頭に立つのは、金髪を嫌らしく光らせた男。この街の警備を任されている「黄金の蹄騎士団」の副団長、ガストンだ。
「おいおい、朝っぱらから景気のいい音じゃねえか。……ほう、そこの小娘。いいツラ構えをしてるな。その黒髪、俺のコレクションに加えたいくらいだ」
ガストンはローズの顔を舐めるように見回すと、横に立つ駿介をゴミを見るような目で見下した。
「おい、そこの貧相な男。その娘を俺に譲れ。これほどの魔力なら、俺が飼っている『双頭の飛竜』の……そうだな、『種付け用』の配合相手にでもしてやる。光栄に思え」
その言葉が出た瞬間。
ギルド内の温度が、一気に氷点下まで下がった。
駿介の手が、ローズの肩を制止するように押さえる。だが、ローズの瞳はすでに、冷酷な紅い光を宿していた。
「……シュンスケ。今の言葉、どういう意味?」
「……気にするな、ローズ。ただの『ルール違反(斜行)』だ。……失格処分でいいな?」
「ええ。……私の血統を、あんなトカゲと同列に語った罰よ。——死になさい」
ガストンが「ああん?」と聞き返そうとした瞬間。
ドォォォォン!!という、大砲のような衝撃音が響いた。
ローズの右足が、目にも止まらぬ速さでガストンの胸部装甲を捉えていた。
鋼鉄の鎧が紙細工のようにひしゃげ、ガストンの巨体がギルドの壁を突き破り、表の通りまで吹き飛んでいく。
「……っ!? ガ、ガストン様ぁーっ!!」
取り巻きの騎士たちが青ざめて飛び出していく。
ローズはスカートの裾をパッパと払い、冷たく言い放った。
「……シュンスケ。あいつ、全然『粘り』が足りないわね。あんなの、併せ馬にもならないわ」
「ああ。……さて、受付のお姉さん。登録の続き、いいかな?」
壁に開いた大きな穴から、土煙とともにガストンの部下たちの悲鳴が聞こえる。
騒然とするギルドの奥から、ズシン、ズシンと重厚な足音が響いた。
「……朝から派手にやってくれたな。我がギルドの修繕費、誰が払うと思っている?」
現れたのは、熊のような体躯に銀髪を蓄えた隻眼の老人、ギルドマスターのバルガスだ。元Sランク冒険者である彼の放つ威圧感に、周囲の荒くれ者たちが一瞬で静まり返る。
バルガスは鋭い眼光で、ひしゃげた鎧の破片と、涼しい顔で立つローズを交互に見た。
「……嬢ちゃん。その細い足で、魔力強化された騎士の装甲を貫いたのか。……フン、面白い。ただの人間じゃねえな」
「失礼ね。私は『ただの人間』なんて言われたことないわ。……シュンスケ、このおじさん、馬眼(相馬眼)がいいわね。私の凄さが分かってるみたい」
ローズが不敵に微笑んだ。




