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G1ジョッキー、華麗に異世界を制す!〜伝説の神馬(ツンデレ)と大外一気で無双する〜  作者: ide


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第三章 辺境都市パドック

 馬車は夕暮れ時、辺境の活気ある街「パドック」の巨大な石門をくぐった。

 リリアナは御者台から誇らしげに街を指差す。

「御者様、ローズ様! ここが私の故郷、自由都市パドックです! 今夜は私が提携している最高の宿を用意させましたわ!」

 街ゆく人々が、リリアナの商隊を珍しそうに見つめる。それもそのはず、商隊の荷台には、漆黒の髪をなびかせ、勝負服の上からリリアナに借りた外套マントを羽織った、この世のものとは思えない美少女がふんぞり返っているのだから。

「……ねえシュンスケ。この街、鼻が曲がりそうよ」

 ローズは人型のまま、不満げに鼻をハンカチで押さえた。

「馬の匂いと、鉄の匂い……。それに、変な魔獣の糞の匂いまで混じってる。栗東の厩舎の方が、よっぽど清潔だったわ」

「我慢しろ、ローズ。ここは異世界なんだ。……お、あれが宿か?」

 到着したのは、街でも一、二を争う高級宿『黄金の馬蹄亭』。

 リリアナは鼻息荒く宿の主人に詰め寄った。

「主人! この方々は私の命の恩人、そして聖なる……いえ、大切なお客様です! 最上階のスイートルームを二部屋、今すぐ用意してちょうだい!」

「えっ、二部屋……?」

 ローズがピクリと耳(髪の下の馬耳)を動かした。

「リリアナ、何を言ってるの。一部屋でいいわよ」

「えっ……? あ、あの、ローズ様。しかし、御者様は男性ですし、ローズ様は……その、女性の姿をされていますから、世俗の礼儀としては……」

 リリアナが頬を赤らめて口ごもる。対するローズは、キョトンとした顔で駿介を見た。

「何言ってるの、この子。……シュンスケ。私は馬よ? 馬が厩務員きゅうむいんやジョッキーと離れて寝るなんて、寂しくてストレスで熱が出るわ。……それに、寝る前にブラッシングしてくれないと、明日の毛並みが台無しじゃない」

「……リリアナさん、こいつは本気なんだ。……ローズ、お前、今は『人』なんだから、そこは少し考えろよ」

「嫌よ! 暗いところで一人なんて、ゲートの中に閉じ込められるより怖いわ!」

 結局、リリアナが「……はっ! これもまた『人馬一体』の聖なる絆なのですね……!」と独自の解釈で納得し、広い一部屋に二人が泊まることになった。


宿の部屋。豪勢な夕食(もちろんローズが8割平らげた)の後。

 ローズはベッドの上にちょこんと座り、駿介に背中を向けていた。

「……そこ、もう少し右」

 駿介は慣れた手つきで、リリアナが用意した高級なブラシを使い、彼女の長い黒髪を梳かしていく。人型になっても、彼女の髪は馬のたてがみと同じ、しなやかで強靭な輝きを放っていた。

「……ねえ、シュンスケ」

「ん?」

「……本当に、勝てるわよね。この世界の『レース』でも」

 鏡越しに目が合う。その瞳には、昼間の強気な態度とは裏腹に、見知らぬ世界に放り出された不安が少しだけ混じっていた。

「ああ。お前が俺を背中に乗せてくれる限り、負ける気がしねえよ。……明日は冒険者ギルドってところに行く。そこで、俺たちの『実力』をこの世界に登録してやろうぜ」

「……ふん。当たり前よ。……あ、そこ、気持ちいい。……もっと、強く……」

 そのまま、ローズは駿介の膝に頭を預け、スースーと寝息を立て始めた。

 明日、この「神馬」がギルドでどんな騒動を起こすのか。

 駿介は苦笑いしながら、彼女に毛布をかけ、窓の外に広がる異世界の夜空を見上げた。


 パドックの街に着いて三日目。

 オークの襲撃から救ったリリアナに案内され、宿に落ち着いた頃には、駿介もローズも異世界の「空気」に少しずつ慣れてきていた。

 夕食後。

 食堂のテーブルで、リリアナが商会の帳面を広げながら今後の予定を説明していた。ローズは例によって焔リンゴを三つ平らげ、満足げにお腹をさすっている。

「シュンスケ様、この世界で名を上げるなら、まず冒険者ギルドへの登録。それから各地の騎獣競走への出走資格を取得して——」

「リリアナ」

 駿介が帳面を遮った。

「この世界で、一番強い馬……騎獣は何だ」

 リリアナが顔を上げた。

「最強、ですか?」

「ああ。頂点にいる存在を知っておきたい」

 リリアナは少し考えてから、迷いなく答えた。

「それは間違いなく——ゴールドクレセントですわ」

 その瞬間。

 ローズの手が、止まった。

 焔リンゴを持ったまま、微動だにしない。

「ゴールド……クレセント」

「はい。帝国が誇る無敗の騎獣、帝国『鉄血騎士団』所属の騎士です。大陸中のあらゆるレースを制し、過去三年間、誰も近づくことすら——」

「何色」

 リリアナが首を傾けた。

「は?」

「その馬の色よ。何色なの」

「……金色、と聞いていますが。全身が黄金に輝く馬体で、走る姿はまるで——」

「金色」

 ローズが焔リンゴを皿に置いた。

 駿介が横目で見ると、ローズは窓の外、夜の闇をじっと見つめていた。その横顔に、いつもの強気な色はなく、何か遠いものを見ているような目をしていた。

「……ローズ?」

「ねえ、リリアナ」

 ローズが静かに言った。

「その馬、人型になる?」

「え? は、はい。神獣クラスの騎獣はほとんど人型を取れると——」

「人型の時、どんな顔してる」

「そこまでは……私も直接見たことがなくて」

 ローズは少しの間、黙っていた。

 それから、ふっと息を吐いて腕を組んだ。

「……ゴールドに、因縁があるのよ」

 駿介とリリアナが、同時にローズを見た。

「因縁、とは……?」

「それ以上は言わない」

 ローズが立ち上がり、窓の外に背を向けた。

 その言葉を聞いた瞬間、駿介の頭の中に、あの日の記憶が蘇った。


 十二月。中山競馬場。

 暮れの大一番、有馬記念。

 その年のローズは、牝馬路線を無敵で駆け抜けていた。

 春のオークスを快勝し、秋華賞も制した。ジャパンカップでは外国馬を一蹴し、変則二冠牝馬として名を轟かせていた。

 だが、有馬記念のパドックで駿介は感じていた。

 嫌な予感を。

 ゲート前に並ぶ十六頭の中に、一頭だけ空気の違う馬がいた。

 栗毛——ではなく、黄金。

 全身の毛が、冬の薄日を受けて内側から発光するように輝いている。

 名前はゴールドムーン。一つ上の牡馬。

 その年の春の天皇賞を完勝し、宝塚記念で古馬の強豪をまとめて撃破。秋の天皇賞も独走。古馬王道三冠を手にした、その年の絶対王者だった。

 誰もが言っていた。

 有馬記念はゴールドムーンの「締めくくり」だ、と。

 ローズにとっては、格上への挑戦だった。牝馬クラシック組が、古馬王道を制した絶対王者に真正面からぶつかっていく。無謀と言う者も多かった。

 だが駿介は、そうは思わなかった。

 ローズが出ると言った時、駿介は一度も止めなかった。

 パドックでローズが、ゴールドムーンをじっと見ていた。

 ローズも感じていたはずだ。あの目の色を、駿介は今でも覚えている。

 強い、という感覚ではなかった。

 もっと根源的な何か——同じ場所から来た者が発する、共鳴するような気配。

〈……あいつ、私を見てる〉

 ローズが念話で言った。その声に、いつもの強気がなかった。

〈ああ、俺も感じてる〉

〈……なんで、こんな気持ちになるのかしら。怖いわけじゃない。でも——〉

〈落ち着け。お前の走りをすればいい〉

 レースが始まった。

 中山の芝二五〇〇メートル。起伏のある難コース。ゴールドムーンは中団に控え、ローズは後方から。

 駿介は第3コーナーまで、完璧に折り合いをつけた。

 手応えは十分だった。

 牝馬には厳しい斤量差もある。コースも向かない。それでも——今日のローズなら、届く気がしていた。

 直線に向いた瞬間、外に持ち出す。いつも通りの大外一気。ローズの末脚が炸裂する、はずだった。

 だが——。

 前が開いた瞬間、駿介は見た。

 ゴールドムーンが動いていた。

 速い、という言葉では足りない。まるで最初から直線にいたように、すでに先頭を奪っていた。騎手はほとんど動いていない。鞭もない。ただ馬自身が、誰にも指示されることなく、自分の意志で加速していた。

 古馬王道三冠馬の、本物の強さだった。

〈行けっ、ローズ!!〉

 駿介が全力で追った。

 ローズも全力で応えた。

 上がり三ハロン三二秒台。その日の最速上がり。牡馬相手に、斤量差を跳ね返す末脚。

 それでも——届かなかった。

 三馬身。

 ゴールドムーンは、最後まで鞭を一本も使わなかった。

 ゴールを過ぎた後、駿介はローズの首筋に手を当てた。

 ローズは荒い息をつきながら、前を行くゴールドムーンの背中を見ていた。

 長い沈黙の後、ローズが呟いた。

〈……あいつ、まだ余裕があった〉

〈ああ〉

〈全力じゃなかった。古馬王道を三つ勝って、それでもまだ——〉

 ローズが言葉を切った。

〈……なのに、届かなかった〉

 駿介は何も言えなかった。

〈いつか、必ず〉

 それだけだった。

 その冬、ゴールドムーンは海外遠征に旅立った。

 そして春、駿介の元に一報が届いた。

 遠征先での調教中、骨折。予後不良——。

 ローズに伝えた朝のことを、駿介は忘れられない。

 厩舎で窓の外を見ていたローズに、駿介は静かに告げた。

 ローズは何も言わなかった。

 ただ、鼻先を駿介の胸に押しつけて、しばらく動かなかった。

 それだけだった。

 ——あの馬が、この世界にいるのか…?

 確かめてから、伝える。

「……シュンスケ、何考えてるの」

 ローズが不思議そうに駿介を見た。

「なんでもない」

「嘘くさい顔ね」

「お前こそ。……もう一個、焔リンゴ食べるか?」

 ローズが一瞬、目を細めた。

「……一個だけよ」

 リリアナが帳面から顔を上げ、二人を交互に見た。

 何かを察したように、静かに帳面を閉じた。



 季節は現地(あっち)と同じ秋の初め、この世界にも四季があるらしい。薄着だと少し肌寒く感じる。そんな季節だった。

 駿介は宿屋でリリアナに用意してもらった衣服に着替えていた。白い綿のシャツに、厚手の綿パンツそしてブーツ。そんな格好だった。駿介は早めに目を覚まし身支度をしているが、ローズはまだ眠っている。

 しばらくしてローズが目を覚ます。


「…シュンスケ、お腹がすいたわ。早く昨日の果物用意しなさい」

「起きて第一声がそれか…」

「何か文句あるわけ?」

「それより身支度が先だ。今日は街のギルドに行く予定だ。お前の漆黒の黒髪が寝癖でひどいことになってるぞ」

「じゃあシュンスケに手入れさせてあげるわ」

「はいはい、女王様わかりましたよ」


シュンスケはなんとかローズの顔を洗わせて、椅子に座らせると、いそいそと黒髪にブラシをかける。まるで馬の世話をしているようだ。


そうこうしていると、部屋がノックされる。扉を開けるとリリアナが待っていた。

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