表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
G1ジョッキー、華麗に異世界を制す!〜伝説の神馬(ツンデレ)と大外一気で無双する〜  作者: ide


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

第十一章 0.1ミリの角度


 _______鉄嶺に着いて二日目の朝。


 ローズが馬型のまま、駿介の袖を鼻先で引っ張った。

「……シュンスケ」

「ん?」

「なんだか、走るたびに足元がズキズキするわ」

 駿介の顔が、一瞬で変わった。

「どこだ。前肢か、後肢か」

「前、両方。……踏み込むたびに、内側から熱くなる感じ。最初は気のせいかと思ったんだけど」

 駿介はすぐにしゃがみ、ローズの前肢を持ち上げた。

 蹄鉄の内側を指で触れる。

 熱い。金属が、明らかに異常な温度を持っていた。縁の部分が微妙に変形し、打ち込んだ釘の周囲に細かいひびが入っている。

「……落鉄の手前だ」

「何それ、怖いんだけど」

「蹄鉄が外れかけてる。このまま全力で走ったら——」

 駿介は蹄鉄を外した。内側の蹄壁に、わずかな圧痕が残っていた。

 屈腱炎の初期兆候。

「……ローズ、お前の魔力が強すぎて、鉄が耐えられてないんだ。摩擦熱と衝撃で、踏み込むたびに変形してる」

「私のせいなの」

「お前のせいじゃない。素材が追いついてないだけだ」

 駿介は立ち上がり、グルドの工房へ向かった。

 扉を叩く間もなく押し開けると、グルドは作業台で別の仕事をしていた。

 顔も上げずに言う。

「……また来たか」

「ローズの蹄鉄、見てくれ」

 駿介が変形した蹄鉄を作業台に置いた。

 グルドが手を止め、それを手に取った。

 ひっくり返し、縁を爪で引っかき、光に透かす。

「……二日でこうなったか」

「全力では走っていない。流す程度の調教だ」

「それでこれか」グルドが鼻を鳴らした。「化け物だな、あの馬は」

「作り直してくれ。ミスリル銀で」

「……ミスリルだけでは柔らかい。すぐ削れる」

「分かってる」

 駿介がグルドの前に立った。

「俺に、ローズの蹄を見せてくれ。歩様を確認してから、素材の配合を一緒に考えたい」

 グルドが初めて、正面から駿介を見た。

「……お前、装蹄の心得があるのか」

「騎手だ。でも長年、自分が乗る馬の蹄鉄は自分で管理してきた。プロの装蹄師じゃないが——」

 駿介が作業台の上の蹄鉄を指で弾いた。

「——0・1ミリの角度で、着地の衝撃は変わる。それだけは知ってる」

 グルドは長い沈黙の後、ハンマーを置いた。

「……ローズを連れてこい」

 工房の外。

 グルドが慣れた手つきでローズの前肢を取り、蹄壁の状態を確認する。

 駿介は反対側から、角度を変えながらローズの歩様を観察した。

「……グルド、見てくれ。右前と左前、着地のタイミングがコンマ二秒ずれてる」

「分かっとる」

「内側への回転が、右の方が強い。内向きに力がかかってる」

「……お前、本当に騎手か」グルドが顔を上げた。「装蹄師みたいな目をしてるぞ」

「長年、この目で馬を見てきた」

 グルドが蹄の断面を確認しながら、ぼそりと言った。

「……左右非対称に打つ必要がある」

「そうだ。右前は内側を厚く、左前は外側に角度をつける。ローズの重心の癖に合わせて」

「ふん」グルドが立ち上がった。「素材はどうする」

「ミスリルをベースに——」

「魔鉄を混ぜる。前回と同じだ。だが今回は配合を変える」

 グルドが工房に戻りながら続けた。

「ミスリルが七、魔鉄が二、そこに竜鱗粉りゅうりんふんを一だけ混ぜる。竜鱗には熱吸収の性質がある。摩擦熱を蹄鉄が吸って、魔力に変換して逃がす」

「竜鱗粉か……。それ、高いんじゃないか」

「高い」グルドが振り返らずに言った。「だが、あの馬の末脚を完成させるには、それしかない」

 駿介はリリアナを見た。

 リリアナが帳面を胸に抱え、目を細めていた。

「……竜鱗粉の相場、金貨四十枚。痛いですわ」

「リリアナ」

「……分かりましたわ。投資です。投資!」

 そこからのグルドは、別人だった。

 火床の温度を三段階に調整し、ミスリル鉱を少しずつ溶かしながら魔鉄を加える。竜鱗粉は最後の仕上げに、耳かき一杯分だけ。

 鎚の音が、工房に響いた。

 一定のリズムではなく、聞く者を引き込むような緩急。叩くたびに蹄鉄の形が変わり、表面に細かい魔法陣のような紋様が浮かび上がっては消えた。

 駿介は工房の隅で、それをずっと見ていた。

 アイリスが隣に来て、小声で言った。

「……職人というより、魔術師みたいですね」

「装蹄は魔術だよ。馬の体重と走りを、四枚の金属で支える」

 アイリスが駿介の横顔を見た。

「……貴方は、馬のことをどこまで知っているんですか」

「知り切れない。だから毎回、馬に教えてもらう」

 アイリスは少しの間、何かを考えるような顔をした。それから静かに前を向いた。

「……私も、シルフィーに教えてもらおうと思います。数値じゃなく」

 駿介は何も言わなかった。

 グルドの鎚の音だけが、工房に響き続けた。

 四時間後。

 作業台の上に、四枚の蹄鉄が並んだ。

 前回とは明らかに違う。表面に竜鱗の鱗紋が浮かび、光の角度によって金色にも銀色にも見える。右前と左前は、素人目には分からない程度に、形が微妙に異なっていた。

 グルドが駿介を呼んだ。

「……見ろ」

 駿介は蹄鉄を手に取り、右前と左前を見比べた。

「内側の厚みが——」

「右前は一・二ミリ厚い。左前は外縁を〇・八度外に傾けた。お前が言った通りだ」

「……完璧だ」

「当たり前だ」グルドが鼻を鳴らした。「ただし」

 老人が駿介を見た。

「これは打ちっぱなしじゃ意味がない。蹄の形を整えてから打つ。蹄切りから俺がやる。お前は横で見ておけ」

「教えてくれるのか」

「教えるんじゃない。俺の仕事を邪魔するな、と言っている」

 駿介は黙って頷いた。

 ローズを外に連れ出し、グルドが蹄刀を手に取った。

 蹄壁の余分を削り、蹄の裏の死んだ角質を丁寧に取り除く。左右の高さを均等に、しかし今回は「均等」ではなく、ローズの歩様の癖に合わせた「最適」に整えていく。

 ローズが眉をひそめた。

「……痛くはないけど、くすぐったいわ」

「黙れ。動くな」

「むーっ」

「ローズ、我慢しろ」駿介が宥める。「グルドの手が狂ったら、全部やり直しだ」

「……分かったわよ」

 グルドが削り終えた蹄面に、蹄鉄を当てた。隙間なく密着しているかを確認し、釘穴の位置を慎重に決める。

 そして、鎚を振るった。

 コン、コン、と静かな音。先ほどの製作時とは打って変わって、繊細な手つきだった。

 四枚、打ち終えた。

 グルドが立ち上がり、ローズの肩を軽く叩いた。

「……歩いてみろ」

 ローズが一歩踏み出した。

 止まった。

「……」

 もう一歩。また止まる。

「ローズ?」

 駿介が声をかけると、ローズがゆっくりと振り返った。

 その目が、わずかに潤んでいた。

「……なんか」

「なんか?」

「地面が、答えてくれる感じ。踏むたびに、ちゃんと返ってくる」

 ローズが駆け出した。

 工房前の石畳を、砂地を、坂道を。

 戻ってきた時、彼女は人型になって腕を組み、グルドの前に立った。

「……合格」

「前と同じことを言うな」

「前より上よ。だから、また合格」

 グルドが口の端を、ほんの少しだけ動かした。

 駿介がグルドの隣に立った。

「……ありがとう」

「礼は要らん」グルドがハンマーを拭きながら言った。「それより」

 老人が駿介を見た。

「お前、馬の足元に一生を賭ける気か」

「……騎手だ。馬に乗るのが仕事だ」

「嘘をつくな」グルドが鼻を鳴らした。「さっきのお前の目は、騎手の目じゃなかった。馬の足元だけを見ていた。……装蹄師の目だ」

 駿介は少しの間、黙っていた。

「……乗るだけじゃ、足りないと思ってた。ずっと」

「何が足りない」

「馬が走る理由を、全部分かってやりたい。脚の痛みも、蹄の感触も、地面の硬さも。……乗ってるだけじゃ、半分しか分からない」

 グルドは長い沈黙の後、ぼそりと言った。

「……面白い男だ。馬の足元に一生を賭けようとする騎手なんざ、初めて見た」

 それだけ言って、工房に戻っていく。

 扉が閉まる直前、老人の声が聞こえた。

「……王都に行ったら、定期的に送ってこい。六週ごとに蹄鉄は替える。それがお前の馬への誠意だ」

 駿介は工房の扉に向かって、深く頭を下げた。

 馬場に戻ると、シルフィーとアイリスが待っていた。

 シルフィーがローズの蹄鉄を一瞥し、無言で目を細めた。

「……綺麗な紋様」

「でしょ」ローズが得意げに前肢を上げた。「私専用よ。世界に四枚しかない」

「……私のも、いつか」

「グルドに頼みなさい。あのじいさん、腕は本物だから」

 シルフィーが小さく頷いた。

 アイリスが駿介に近づき、少し躊躇ってから口を開いた。

「……あの、一つだけ」

「どうぞ」

「さっき、グルドさんに言っていたこと。馬の痛みも感触も全部分かってやりたい、って」

「ああ」

「……私も、そう思います。数値じゃなくて」

 アイリスの耳がわずかに赤かった。気づかないふりをして、駿介は前を向いた。

「じゃあ、王都に向けて特訓を続けよう。お前がシルフィーの足元を覚えるのと、俺がローズの走りを覚えるのと——同じことだ」

「……はい」

 アイリスが小さく、でも確かに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ