表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
G1ジョッキー、華麗に異世界を制す!〜伝説の神馬(ツンデレ)と大外一気で無双する〜  作者: ide


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第十章 伝説の装蹄師

 


 ステーブルを立ち上げる。その為には装蹄師の存在が必須だと駿介は思っていた。

 「リリアナ、装蹄師を知らないか?普通の装蹄師じゃだめだ。腕に自信を持っている熟練した職人だ」

 そう言われたリリアナが、ちょっと考える仕草をした。部屋の棚から地図を取り出す。

 リリアナが地図を広げ、人差し指で一点を叩いた。

「王都への街道沿い、三日ほど南に下ったところに『鉄嶺テツミネ』という鉱山都市がありますわ。ドワーフの職人街として有名で——」

「装蹄師がいるのか」

「一人だけ。引退した老職人で、現役時代は大陸中の名馬に蹄鉄を打ったと言われています。ただ……」

 リリアナが苦い顔をした。

「十年前から客を断っています。何人もの馬主が頼みに行きましたが、全員門前払いだったそうで」

「行こう」

「え? でも——」

「断られたら考える」

 駿介が地図を畳んだ。


 鉄嶺は、山の斜面にへばりつくように建てられた街だった。

 石炭と金属の匂い。至るところで槌の音が響き、ドワーフたちが黙々と作業をしている。

 目指す老職人の工房は、街の一番奥。他の建物より古く、煤けた看板には「装蹄 グルド」とだけ書かれていた。

 駿介がドアを叩く。

 返答はない。

 もう一度。

「……うるさい」

 しわがれた声。扉が数センチだけ開き、白い顎鬚の老人が片目だけ覗かせた。

 身長は駿介の胸ほど。だが、扉の隙間から見える腕は、丸太のように太かった。

「客はとっとらん。帰れ」

「蹄鉄を打ってほしい」

「聞こえんかったか。帰れと言った」

「ローズ、こっちに来い」

 駿介が振り返った。

 ローズは馬型のまま、不満げに鼻を鳴らしながら前に出た。

 老人が扉を閉めようとした手が、止まった。

 ほんの一瞬だった。だが確かに、止まった。

「……なんだ、その馬は」

「ブラックローズ。俺の相棒だ」

 老人は長い沈黙の後、扉を少し広く開けた。ローズをじろじろと見回す。上から下へ、脚の付け根から蹄の先まで。

「……入れ」

 工房の中は、外見に反して整然としていた。

 壁一面に工具が並び、作業台の上には磨き上げられた蹄鉄の見本が何十枚と並んでいる。

 老人——グルドは、ローズの前肢をためらいなく持ち上げ、蹄の裏を眺めた。ローズが不満そうに耳を後ろに倒すが、グルドは意に介さない。

「……いつから打ってない」

「この世界に来てから一度もない」

「ふん」

 グルドは蹄を置き、今度は後肢を確認する。それから馬体全体を一周した。声を出さず、表情も変えず、ただ見ていた。

 長い沈黙の後。

「……お前、この馬で何をするつもりだ」

「王都に行く。勝ち続ける。それから帝国に行く」

「帝国に何がある」

「超えなきゃならない馬がいる」

 グルドが初めて、駿介をまともに見た。

「……名前は」

「ゴールドクレセント」

 老人の目が、細くなった。

「……あの金の馬か」

「知ってるのか」

「見たことがある。数年前、まだ若かった頃の——」

 グルドは言いかけて、口を閉じた。

 それ以上は話さなかった。

 代わりに工具棚に向かい、一本のハンマーを手に取った。

「……蹄鉄の素材は何を持ってきた」

 駿介がリリアナを見る。リリアナが前に出て、布包みを差し出した。

「ミスリル鉱を少量と、鋼鉄の合金をご用意しましたわ」

「ミスリルだけでいい。鋼鉄は要らん」

「えっ、でも純ミスリルでは柔らかすぎて——」

「ドワーフに鍛冶を教えるつもりか、嬢ちゃん」

 リリアナが黙った。

 グルドは布包みを開き、ミスリル鉱を光に透かした。

「……いい石だ。どこで手に入れた」

「マルク商会のルートですわ」

「ふん」

 老人は作業台に向かい、火床に火を入れた。

「三日かかる。泊まる場所は自分で探せ。それと——」

 グルドはローズを振り返った。

「お前、名前は」

 ローズが人型に戻り、腕を組んだ。

「ブラックローズよ。覚えなさい」

「……生意気な馬だ」

「当たり前でしょ。あなた、私の蹄鉄を打てるの?」

「打てなかったら、お前の足首を掴んだりせん」

 二人は一秒、睨み合った。

 ローズが鼻を鳴らして顔を逸らす。グルドはもう作業に集中していた。

 駿介は小さく息を吐いた。

 どうやら、うまくいきそうだった。

 鉄嶺での三日間。

 駿介はグルドの工房の外で、ローズとシルフィーの特訓を続けた。

 街はずれの平らな空き地。朝靄が残る中、二頭の黒と銀が並んで走る。

「……シルフィー、コーナーの入り方をもう一度」

 アイリスが手元の記録板に書き込みながら言う。シルフィーが馬型のまま、もう一度コーナーを流した。

「重心の移動が〇・三秒早い。もう少しだけ待って——」

「分かってる」

 シルフィーが短く答え、再び走り出す。

 アイリスは視線を落とし、何かを書き込んだ。それからふと、隣に立つ駿介を横目で見た。

「……あの、一つ聞いていいですか」

「どうぞ」

「コーナーでシルフィーに『待て』と言う時。何を基準に判断しているんですか。魔力計測値でも速度でもなく」

「息だ」

「息?」

「呼吸のリズムが乱れ始めたら、仕掛けが早すぎる。整ったまま曲がれれば、直線で余力が残る」

 アイリスが、記録板から目を上げた。

「……それ、数値化できますか」

「できないと思う」

「なぜ」

「毎回違うから。その日の状態、気温、コースの固さ……全部重なって、その瞬間だけの答えが出る」

 アイリスはしばらく黙っていた。

「……私はずっと、数値化できないものを信じてこなかった」

「それで勝ってきたんだろ」

「でも」

 アイリスが、走るシルフィーを目で追った。

「シルフィーの呼吸が変わるのは、私も感じます。数値には出ない。でも——感じる」

「じゃあ、それを信じればいい」

 アイリスが、ゆっくりと駿介を見た。

「……貴方は、いつもそうやって決めているんですか。感じたことを」

「ローズが教えてくれるんだ。正解かどうかは、ゴールを過ぎてから分かる」

 アイリスはもう一度、記録板を見た。それから静かに、板を伏せた。

「……今日の午後の調教。記録板、置いてみます」

 駿介は何も言わなかった。ただ少し、口の端が上がった。

 その変化に気づいたアイリスが、わずかに顔を赤くして前を向いた。

 一方、ローズはローズで問題を抱えていた。

 特訓の合間、水を飲んでいるシルフィーに近づき、腕を組んで言った。

「ねえ、シルフィー」

「なに」

「あなたの走り、まだ命令の癖が残ってる」

 シルフィーが振り返った。無表情だが、目に何かが過ぎる。

「……どこが」

「コーナーの出口。一瞬だけ、躊躇する。加速していいか確認するみたいに」

「……」

「魔法の鞭を待ってるのよ。今でも」

 シルフィーは水の入った桶を静かに置いた。

「……分かってる」

「分かってるなら——」

「分かってるけど、消えないの」

 ローズが口を閉じた。

 シルフィーは自分の手首を見下ろした。

「走ろうとすると、ここが疼く。もっと速く行けるのに、足が聞く前に確認してしまう。……ずっとそうやって走ってきたから」

「……」

「貴女みたいに、最初から自由に走れる馬には——」

「私も最初からじゃなかった」

 ローズが遮った。

 シルフィーが顔を上げる。

「デビュー前の調教でね、私、ゲートが怖かった。閉じ込められるのが嫌で、毎回暴れてた。……シュンスケが最初に乗った時、ゲートの中で一言だけ言ったの」

「何と」

「『扉が開いたら、どこまでも行けるぞ』って」

 シルフィーは黙っていた。

「それだけで走れたわけじゃない。何度も繰り返して、少しずつ怖くなくなった。……あなたの躊躇も、きっとそうよ」

 ローズが鼻を鳴らして踵を返した。

「特訓、続けるわよ。躊躇が消えるまで、何度でも走る。それだけのこと」

 シルフィーは少しの間、ローズの背中を見ていた。

 それから、静かに立ち上がった。

「……ローズ」

「なに」

「さっきの話。……ありがとう」

 ローズの耳が、ほんの少しだけ赤くなった。

「別に。走るのに余計な荷物は要らないってだけよ」

 三日目の夕方。

 グルドが工房の扉を開け、無言で駿介を手招きした。

 作業台の上に、四枚の蹄鉄が並んでいた。

 ミスリルの純銀色ではなく——黒みを帯びた深い銀。

「魔鉄まがねを微量混ぜた。ミスリルだけでは軽すぎる。これなら魔力の伝導率を保ちながら、接地圧を最適化できる」

「……打ってみるまで分からなかったのか」

「馬の蹄を見てから、配合を決める。素材だけ先に決める奴は素人だ」

 グルドが蹄鉄の一枚を持ち上げ、光に透かした。

「この馬は脚が強い。尋常じゃなく強い。だが——」

「だが?」

「全力で踏み込んだ時、地面が耐えられないことがある。反発が足りない。……この蹄鉄は、接地の瞬間に魔力を地面に逃がして、反発力として返す設計にした。普通の地面なら関係ない。ただ、限界まで踏んだ時に初めて意味を持つ」

 駿介は蹄鉄を手に取った。

 軽い。信じられないほど軽いのに、指で弾くと澄んだ金属音が響いた。

「……いくらだ」

「要らん」

「は?」

「金は要らんと言った」グルドが背を向けた。「ただし、条件がある」

「聞こう」

「その馬が帝国に行く時。クレセントと走る時」

 老人の背中が、かすかに揺れた。

「……俺も連れていけ」

 駿介は少し間を置いてから、頷いた。

「ああ。約束する」

 グルドはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、また作業台に向かい、ハンマーを手に取った。

 翌朝。

 ローズが四枚の蹄鉄を打ち終えたグルドの前に立った。

 馬型のまま、前肢を一度地面に叩きつける。

 澄んだ音が、工房に響いた。

「……どう?」

「黙って走ってこい」

 ローズが走り出す。石畳を、砂地を、坂を。

 戻ってきたローズは、人型になって腕を組んだ。

「……合格よ」

「そうか」

「感触が全然違う。踏むたびに地面が答えてくれる感じ。……嫌いじゃないわ」

「嫌いじゃない、か」グルドが鼻を鳴らした。「馬に褒められたのは、久しぶりだ」

「褒めてないわよ」

「合格と言った」

「それは評価よ。褒めるのとは違う」

 グルドが、ぼそりと笑った。

 ローズも、ほんの少しだけ口の端を上げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ