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竜と人の距離(第12話)

昼の鐘が高らかに鳴り響いた。午前中の騎乗訓練を終えた生徒たちは、疲労困憊の足取りで食堂へと向かう。


「うう……お腹が、空きすぎて……」

 ライトはよろよろと廊下を歩き、壁に手をついて嘆いた。


「ライト、朝もクラゲゼリーを3回おかわりしてたよね?」とエマが呆れ顔で言う。

「そんな昔のことは忘れましたわ!」ライトはきっぱりと言い放つ。

「昔って……たった4時間前のことじゃん」


 そんなやりとりを横目に、リリィは胸を張って叫んだ。

「とにかく! 食べる! 食べて、元気になって、竜にだって噛まれたって平気になる!」

「危険行為は禁止だ」カレンが冷静に突っ込んだ。


 食堂に入ると、今日の昼食が机の上に並べられていた。


《グリフォン肉の竜田揚げ》


《マナリーフサラダ》


 黄金色に輝く竜田揚げからは食欲をそそる香りが立ち上り、サラダは青白く光る葉が涼やかに揺れている。


「きたぁぁぁーー!」リリィが一番に椅子へ飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと! まだ祈りの言葉を……!」ライトが注意する前に、リリィは唐揚げをがぶり。


「んん~~っ! さっくさく! 肉汁じゅわぁぁ!」

「は、はしたない……けれど確かに、美味!」ライトもすぐに誘惑に負けてかじりついた。


 エマは苦笑しながらサラダを口に運ぶ。

「頭がシャキッとする……これ、午後の授業で眠らないようにってこと?」

「栄養バランスは考えられているな」カレンは理屈っぽくうなずいた。


 ライトは竜田揚げを二口、三口と食べ進めるが、ふと隣のリリィを見て首をかしげる。

(……リリィ、竜を思い浮かべているようなお顔……? お肉を食べながら竜を想うなんて、妙な子ですわね)


 午後、講堂に集合すると、教官が待ち構えていた。

「今日は竜との信頼関係を築く訓練だ」


「信頼関係?」エマが首をかしげる。

「竜はただの乗り物じゃない。お前たちが心を閉ざせば、竜も牙をむく。逆に心を開けば、竜も応えてくれる。まずは竜に心を見せることからだ」


 広場に現れたのは昨日と同じ蒼鱗竜ブルースケイル。昼の光を浴びた青い鱗は輝き、巨大な影を落とす。


「よ、よろしくお願いしますわ……」ライトは竜の前に立ち、膝が笑うのを必死にこらえた。

竜はただ静かに彼女を見つめている。


「まずは竜と同じリズムで呼吸しろ」教官が指示する。


 ライトは竜の鼻息に合わせて深呼吸を試みる。が、

「む、無理ですわ……鼻息が熱すぎます!」

「ライト、落ち着いて」エマが苦笑し、背中をさすった。


 一方リリィは竜の横に立つと、にこりと笑った。

「大丈夫だよね。昨日よりは仲良くなれたでしょ?」


 竜はふぅんと鼻を鳴らした。

「やっぱり!」とリリィはうなずく。


「えっ……リリィ、まさか竜の言葉がわかるの?」ライトがぎょっとする。

「え? そんなわけないよ。ただ、なんとなく気持ちが伝わってくるだけ」リリィは肩をすくめて笑った。


 その笑みの奥に、一瞬だけ翳りが宿ったことに、ライトは気づかなかった。


 訓練は続く。竜の背をブラシで磨き、餌を差し出し、尾の近くに座ってじっと呼吸を合わせる。


「はぁ……わたくし、皇女に戻ったら絶対に使用人を倍増させますわ……」ライトは汗だくでぼやく。

「それは違う方向の努力じゃない?」エマが笑う。

「力を均一に。雑にこすると竜が嫌がる」カレンは冷静に指摘した。


 リリィは竜の顔のそばで話しかけていた。

「ねえ、今日のスープ美味しかったよね? あれ好きだった?」

竜は小さく鼻を鳴らす。

「だよね! 骨の出汁が濃かったもんね!」


 ライトとエマは揃って倒れ込みそうになった。

「ちょ、ちょっとリリィ? 本当に竜と会話しているみたいですわ!」

「だから違うってば。ただ、そう感じただけ」


 だがその姿は、竜が彼女をまるで旧友のように受け入れているようにすら見えた。


 日が傾き、訓練は終了した。

蒼鱗竜は静かに瞼を閉じ、どこか満足げに鼻を鳴らす。


 ライトは恐る恐るその首筋に手を伸ばした。

「……少し、怖くなくなりましたわ」


「でしょ?」リリィがにっこり笑う。

「竜も生き物。扱いを誤れば危険、だが共に歩めば仲間となる」カレンの言葉に、エマもうなずいた。


 その横でリリィは、竜の目をのぞき込みながら小さくささやく。

「また明日ね」


 竜は小さく返事をするように鳴いた。

それがただの息か、本当の言葉か、他の誰にもわからない。だがリリィの瞳だけが、確かに答えを受け取っていた。


 夜。部屋に戻り、四人はそれぞれベッドに腰を下ろした。

「はぁ~、疲れましたわ……でも、不思議ですわね。ほんの少し竜と仲良くなれた気がしますわ」

「うん、竜って怖いだけじゃないんだね」エマが笑う。

「慢心は禁物だがな」カレンが短く答える。


 窓の外には満天の星が瞬いていた。


 秘密を抱えた笑顔のまま、リリィは毛布にくるまった。

こうして一日が終わり、明日へと続いていく。

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