プロローグ
壊れた学園生活を過ごす、とある高校生たちの話
がやがやとした喧騒に、今日もふたりは喋る。
「苗字って不思議だよね」
「あー確かに。鳴逸ってすごい雅そうなのに読み方「なるはや」だもんね」
「それは言わないで……私だって蜂須賀みたいな雅で読みもあってる苗字に生まれたかったよ……」
地味に気にしていた点を突かれ、ぺたりと机に伏せるボブヘアの友人を眺めつつもズゾゾと音を立ててパックジュースを飲む。
なに味?パイン。いーなー、ひと口…… あげないよ。
はくじょうものー!
生産性のないやり取りと、それに続けて何気なく、
「そういえば今日通っちゃダメなところってどこだっけ」
と疑問が投げかけられる。
問いかけた相手、鳴逸 深陽───────通称ミハルは首を傾けていた。
通ってはいけない場所がある、という事態がさも当たり前かのようだ。この高校においては当たり前か、とこちらも考え直す。
無論、工事は行われていない。
「3棟2階の渡り廊下。」
最後のジュースを飲みきって、付け加える。
「窓、すすだらけだったって」
「あー、駄目なやつだ。手形?」
「それはもうね。しっかりがっつりみっちりびっしり」
「わーい最悪ー」
ぱーっと腕を広げる友達も、この状況には慣れている。
彼女も自分も運がいい。2年生まで生き残れたのだから。
この学校において、生徒としての年数は即ち生存できるだけの能力があった事を意味する。
そうでなければ、たちどころに暗がりに呑み込まれて消えてゆく。生徒たちは「退学」と呼んでいたりする。
不謹慎極まりないが、あくまでも学校という体裁を取っている以上はそれがふさわしいと判断されたのだろう。
止める者はあまり居ない。
迂回しなきゃじゃん、めんどくさい……
そのくらい歩け。
そうしてぼんやり空を見る。今日も今日とて、青とは程遠い真っ赤な色の。
この学園は異常だ。座する場所も、在する生徒も何もかもが。
蜂須賀 衛は空を見る。
それが逃避なのか、それとも向かう先のない憤りなのか、それは本人にも分からない事だった。