第9話
そのまま城内に戻り、会場の給仕として働いていればトレヴァー様が会場内の警備をしているのを見かけた。
トレヴァー様もあの子どもたちのことをご存じなのだろうか。
そんなことを考えていると後ろから声がかけられた。どことなく熱を孕んだ声の主への心当たりは1人しかいない。
「ロサ」
「セーズ様」
爽やかな笑みを浮かべるセーズ様は私の頭を撫でた。それを大人しく受け入れる。
「今日も会えて嬉しいよ」
「私もです」
他国の重鎮が子どものメイドを口説いているという異様な光景であるにも関わらず、誰も気に留めない。
きっとこれがこの国では普通なのだ。
給仕さえもそう教育されているのか、誰も止めない。
「君に渡したいものがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「これを受け取って欲しい」
渡されたのは綺麗に包装された箱だ。
「開けてもよろしいですか?」
「勿論」
丁寧に包み紙を剥いでいくと、中には指輪が入っていた。
「わぁ!綺麗ですね!!でも、こんな高価なものはいただけませんよ」
「私が贈りたかっただけだから気にしないでくれ。それよりもはめてみてくれないか?」
「はい」
セーズ様に指輪を嵌めてもらう。彼は何のためらいもなく左手の薬指に嵌めてきた。
「とても似合っているよ」
「ありがとうございます」
「実は左手の薬指の指輪には婚約の意味があるんだ」
「えぇ!?」
知らなかったという様な反応をして見せる。顔を隠して照れたふりをする。
「…ねぇ、ここだと人の目があるから良かったら私の泊まっている部屋に来ないかい?美味しいお菓子もあるよ」
「お菓子ですか!行きたいです!」
自然に手を繋がれ、部屋に連れていかれる。純真無垢な子どもはきっと何も警戒せずについていくだろう。でも私は無意識の内に肩に力が入ってしまう。
ここが1番重要な局面だ。
部屋に入るなり、鍵を閉められる。
「どうして鍵を?」
「知らない人が勝手に入って来ないようにするためだよ」
そんなのは嘘だ。きっとセーズ様は私を逃がさないために鍵を閉めたのだろう。でもきっとすぐ後悔することになるだろう。
「さぁ、ロサ。こっちにおいで」
セーズ様は部屋に設置されたソファに手招きした。そのまま隣に座れば、クッキーやチョコレートが入った箱を差し出される。普通のお菓子よりも何倍も匂いが強いそれに違和感を覚える。
そのお菓子には明らかに異物が混ざっている。睡眠薬か媚薬か痺れ薬か。どれにしろ身体の自由を奪う類のものだろう。
「ロサのために用意したんだ。ぜひ食べてほしい」
セーズ様の魂胆は分かった。ならこっちだって反抗してやる。
「セーズ様、私、眠たいです…」
クッキーを持ちながら、途切れ途切れに話して欠伸をして見せる。するとセーズ様は欲情した目で私のことを見つめ、私を横抱きにしてベッドへと運んだ。そのまま押し倒される。
「セーズ様…?」
「大丈夫。優しくするよ」
セーズ様がそう言って顔を近づけてきた時、私は先ほどの持ったクッキーを彼の口に入れた。喉の奥の方に入れたから苦しかったようで咽ている。
「油断大敵ですよ」
苦しむ彼の腹を蹴り飛ばし、体勢を整える。
「な、何をしているんだ!お前は俺の女だろ!?」
「幼子の悪戯ぐらい笑顔で許してくださいよ~」
ベッドから降りて笑ってやると、彼は怒ったように声を荒げる。
「ふざけるな!!私がお前を欲しいと言っているのだから逆らうな!!!」
「ふーん…子どもを買って乱暴しているのをそんな言葉で正当化しているんですか」
「何でそれを…」
セーズ様は狼狽えた様に視線を彷徨わせた後、開き直ったのか、不敵に笑みを浮かべた。
「それを知っているなら余計に君を手放すわけにはいかないな」
「あら、熱烈なプロポーズですね。とても嬉しいです」
左手の薬指に嵌められた指輪を見せつけるようにして笑ってやる。セーズ様は私を追い詰めるように段々と近づいてきたが、急にふらついた。
「あのクッキーの混入物は痺れ薬でしたか」
私に食べさせる用だったからか、大人のセーズ様には薬の量が少ない用であまり効かないようだ。もう少し食べさせるのもありかな。段々と動きが鈍くなっていくセーズ様に近づき、今度は口の中に厨房から拝借した香辛料の粉末を彼の口に容赦なく入れる。自分でもめちゃくちゃなことをしているとは思うが、ちょっとぐらい愉悦に浸らせてほしい。
セーズ様は辛さに耐えきれなくなったらしくワインを飲みだしたが、それでもまだ辛いらしく自分が用意したチョコレートを食べ始めた。
それをソファに座って眺めていると、影から猫が話しかけてくる。
「完全に遊んでいるだろう」
「遊んで何が悪いの?」
「悪びれない所が実に君らしい」
「…どーも」
私の反応に猫は楽しそうに笑う。
「この後の計画は?」
「多分あのチョコレートには眠り薬が入っていると思うの。いくら子ども用だと言ってもあんなに食べたら流石に効くでしょう。ワインも飲んでいるしね。そのあとは状況にもよるけれど、近い内にこの国を発って他国の情報屋に見聞きしたことを売るわ」
「この国の情報屋ではなく他国の情報屋に売るのか?」
「この国はもう駄目よ。気色悪いし、早く出たい」
「お前さんがそんなことを言うなんて珍しい」
目の前でセーズ様の体が傾き、そのまま大きな音を立てて倒れた。遠目から見てもよく寝ているのが分かる。
「そんなにあの男が気に入らないのか?」
「やり方が気に入らないのよ」
ソファから立ち上がり、セーズ様の体を仰向けに転がしてから何とかベッドに運んだ。意外と重たいなこの男。
「あと、髪も染め直したいのよ。流石にこれだけ大きく動いたらこの銀髪のままではいられないだろうし」
「また染めるのか」
「仕方ないでしょ?あーあ、意外と気に入っていたのにな」
そんなことを言いながら部屋の隅に置かれたセーズ様の荷物を漁る。目当ての物はきっとこの中にある。
「重要書類ほど意外と身近な所にあるんだよね~」
トランクに綺麗に詰められた衣服を取り出して鞄を探ると、やはり加工がされていた。一見分からないが、軽く叩くと中から軽い音が返って来た。
「ここに空間があるのは分かったけれど、鍵がないと開かないな…」
「鍵ならさっきその男がワインボトルを開けるのに使っていたぞ」
猫が長い尻尾を使ってワインボトルを示す。言われた通り見てみれば、コルクに銀色の鍵が刺さっていた。あの香辛料そんなに辛かったのかな。きっと必死になって開けたのだろう。
「本当だ。曲がっていないといいけれど」
コルクから鍵を抜いてトランクの中の鍵穴に挿して回す。カチャリという小さな音と共に開いたのを確認してから中身を確認する。
「やっぱりあった。それにしても……随分と沢山入ってんだね」
そこには大量の金貨と詰まっていた。ざっと見ただけでもかなりの金額になる。これでも十分生活できるが、私が欲しかったのは金貨の下に敷かれている書類だ。
「それは?」
「子どもたちの人身売買に関する書類。本当に子どもたちを売ることで国費を得ているなら契約書がないと不自然だもの」
書類を手に取って内容を確かめる。思った通りの内容が書かれていて、思わず口元が緩む。
「これも合わせて渡せば、同じ情報でも高値で買ってくれる」
「証拠探しをしていたわけか」
「そういうこと」
書類をトランクに入れ直して鍵をかける。折角だし、このトランクごと頂くことにした。
「できればこれを屋敷に持ち帰りたい……そうだ、この前の偵察で見つけた抜け道を使えそうね」
以前、見回りの2人から足を切り落とされた子どもの話を聞く直前に城壁に変なくぼみがあった。あそこから城の外に出ることができれば、そこから屋敷に向かうことは容易い。
「行くしかないわね」
セーズ様の部屋から出て、見つからないように外に出る。多少の音がして見つかってもメイド服なため、あまり怪しまれないだろう。
見張りが逆の方向を見たタイミングで塀に近づいて探れば、あの時の窪みがあった。塀を見上げれば、足と手がかかるように点々と窪みが続いていた。トランクを塀の向こうに投げてから猫の身体能力を借りて塀を上る。降りた時の着地音がしないのも猫の能力のおかげなのかもしれないが、おかげで問題なく城から出ることができた。
屋敷に戻り、自室のクローゼットにトランクを隠してから、息をつく間もなく城へ戻る。セーズ様はお酒の飲みすぎで眠ってしまったと言えば問題ないだろう。実際眠っているんだし。
「欲しかった情報も集めたし、言い訳も考えた。今回の仕事も順調に終わりそうね」
「いつもより時間がかかったがな」
「今回はしばらく安心して過ごせそうなぐらいお金もあるから結果的には良かったんじゃないかしら?」
そう言えば猫は一声鳴いて私の影に入っていった。私もそれを見てから他の給仕の手伝いをするため廊下に出た。