第8話
「ロサちゃん!そろそろ出発するわよ~」
「今行きます!」
昨日の件で、私は今日は給仕として城に行くことになった。アメリアさんは私の話を聞いて、きゃーと歓声を上げていたが残念ながらそんな甘い展開はない。今日は本気を出す上に、自衛もしなければならないため最初から黒猫には私の影に入ってもらうことにした。
寮の玄関で他の先輩方と合流して城に向かう。トレヴァー様は先に城で仕事をなさっているようだ。城門を通り過ぎ、準備室の方に通される。どうやらすでに各国の要人が城内にいるらしく、私たちは裏道を使うことを推奨された。
「ロサちゃんは人が足りなさそうなところを転々としていていいからね。もしくは、ロサちゃんをご所望のセーズ様の所に行ってもいいし」
「さすがにお仕事はしますよ!」
「いいのいいの!それもお仕事だと思って」
そんな言葉と共にウインクをされてしまう。…申し訳ないが、これでも子どもなのだが。子どもに対してのそういう行為を止めない大人たちに違和感を持つ。まぁ、そのおかげで仕事がしやすいのだから文句を言うつもりはない。
「お気遣いありがとうございます」
お礼を伝えてから各々の仕事に取り掛かることになった。
そしてあっという間に日は暮れ、今まさにパーティーが始まろうとしていた。私は会場に料理を運ぶ役目だ。しかし、他の給仕たちにもセーズ様の私に対するお気持ちが伝わっているのか、呼ばれたらすぐに行くように念押しされる。その言葉に甘えて、雑な言い訳で少し持ち場を離れさせてもらった。
向かうのはセーズ様の所ではなく、城の見張り塔だ。城の横に高くそびえ立つ塔の上部では、警備隊らしき人が監視の為に動いているのが見える。
「…本当にここに子どもたちがいるの?」
「あぁ、間違いない。ちゃんとこの目で見たからな」
影から猫が目を覗かせた。
城に下見に行った日の夜、猫は面白い話と切り出しておきながら衝撃的なことを口にした。
『城の見張り塔の地下には子どもが何人も監禁されている』
猫によると、街を散策していた時に子どもが攫われるのを見かけ、ついていったら地下に沢山の子どもを見つけたそうだ。中には手足がなかったり、耳が聞こえなかったりする子もいたらしい。
「きっと見かけ上は見張り塔だから地下への階段は隠されているはず。まずはそれを見つけないとね」
「じゃあ…そうだな。この耳を貸そう」
猫がそういうと急に聴力が鋭くなる。猫の聴覚が移された証拠だ。気づかれないように塔に入り、床に耳を近づける。すると、一部の床から風が通る音がする。
「ここだ」
その部分を触ってみると、指がかかりそうな部分を見つけた。蓋のような形状になっており、ゆっくりと持ち上げてみるとそこには暗い空間が広がっている。しかし、猫の目のおかげで私には暗闇に続く階段が見えた。
「子どもたちを助けるのか?」
「どうだろう。助けるだけが正義じゃないからさ」
そう答えてから階段を降り始める。勿論、蓋は元に戻しておいた。
地下に広がる空間は思ったよりも広かった。きっと昔使われていた地下牢を改修したのだろう。ずっと鉄格子が続いている上、鎖の音が聞こえる。1番近い牢屋を覗いてみれば、部屋の隅で蹲っている少女がいた。その足には足枷が付いており、一目見ただけでも監禁されていることが分かる。
「大丈夫?」
「……」
返事はない。よく見ると、その子は泣いていた。
「ねぇ、大丈夫?」
もう一度声をかけてみると、少女は顔を上げて私を見た。すると、驚いたように小さく声を上げてから出来るだけこちらに近づいてきた。
「あなた…猫なの?」
「え?」
「あなたが猫に見える」
少女が何を言っているか分からない。首を傾げていると、猫の声が脳内に響いた。
「鋭い子どもは本質に気づくものだ。きっとお前さんの中にいることに気づかれた」
「…そういうことね」
猫の言葉に納得してから少女に向き直る。
「私のことは猫だと思ってくれていいわ。それよりも聞きたいことがあるの。あなたはどうしてここにいるの?」
「お父様にお城に連れて来られて、紅茶を頂いたら眠くなって…気づいたらここにいたの」
少女は拙いながらも一生懸命説明してくれる。言葉遣いからきっとそこそこいい身分のお嬢さんだったのだろうと察する。
「そうなのね。ここに来てどれぐらい経ったか分かる?」
「ううん。…でも、ずっと前に来たの」
「そう、ありがとう」
少女に厨房から拝借したパンをあげる。一瞬きょとんとしたものの、すぐに気づいたらしく嬉しそうにそれを食べ始めた。
「僕は違う!」
遠くから男の声がする。声のする牢屋に近づくと、男の子が手を伸ばしていた。その子に近づいて気づいたのは、その子の片足が意図的に切断されていることだった。
「僕、この国のストリートチルドレンだった。でも攫われて、変だと思ったから逃げようとしたら…足を切られたの。…お願い、逃げて。ここにいたら危ないよ!」
男の子は泣きそうになりながら必死に教えてくれた。
これで情報は揃った。
内心ほくそ笑みながら男の子にもパンをあげた。
「ありがとう、でも大丈夫よ。私は猫だから」
「え?」
「猫の命は9つあるの。1つぐらいあなた達のために使っても大丈夫よ」
その時、階段から話し声が聞こえた。慌てて物陰に隠れて様子を伺えば、男が2人現れる。その内の1人に見覚えがあった。
セーズ様だ。
彼は興味なさそうに子どもたちの説明をする男性の話を聞いていた。
「だからさっきから言っているだろう。私はトレヴァーの屋敷に仕えるメイドを買うから今日はここからは買わないよ」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず」
「…私はロサのことを気に入ったんだ。これ以上私の時間を奪わないでくれ」
セーズ様は機嫌が悪いようで男を睨んでいる。猫は私以外に笑い声が聞こえないのをいいことにケラケラと笑っている。
「随分とあの男に気に入られたのだな」
私は苛立ちながらも声を出さないように耐える。幸い、セーズ様に説明をしていた男性も彼の機嫌の悪さを察して早々に地上に戻っていった。
「早く戻らないとセーズ様に探されたら困るわね」
「戻るならその階段じゃなくて、反対側の梯子を使うといいよ」
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
先程の男の子が指を指す方に向かうと、そこには縄梯子があった。少し古いが、問題なく上れそうだ。縄梯子を上りながら先ほどの話を思い出す。
「…考えていた中で最悪の事態だった」
「まさか我が子を売ってまで地位を取る親がいるなんてな」
今まで色んな国の闇を見てきたが、これはまた深い闇だった。この平和そうな国の下でこんなことが平然と行われているとは思いたくなかった。猫の言葉に同意するように小さくため息をつく。
梯子の先は城の古い井戸に繋がっていた。何とかメイド服は汚れずに済んだが、臭いがついた可能性もあることを考えて念のため持ち込んだ予備のメイド服に着替える。もしものために2、3着持ち込んでおいて良かった。
「聴覚と視覚は返しておくぞ」
「うん、ありがとう」
聴覚と視覚が人間のものに戻ったのを確認してから足早に持ち場へ戻った。