第7話
あっという間に日は過ぎ、パーティーまでは残り1週間となっていた。パーティーに向けての準備は着々と進められており、私もすでに何度か城に派遣された。
「ロサちゃーん、ちょっといい?」
「はーい!」
休憩中にアメリアさんに呼ばれたと思ったら、何やら別室に連れていかれる。
そこにはすでにお城の派遣に立候補した先輩方が揃っていた。
そのメンツ以上に、部屋に置かれているおびただしい数の採寸用のドレスに若干引いてしまう。
「なんですか、これ」
「お城で働く時はメイド服を統一してほしいというお達しがあったから新調することになったの。準備の時でも統一感を持たせて欲しいんだって」
「そういうことですか」
にしても、1週間で仕立てが間に合うのだろうか。しかもなんだか高そうだ。
「服代はトレヴァー様が負担してくださるらしいから心配しなくていいわよ」
「それなら安心ですね」
やはり皆思うことは一緒だったのか、その話を聞いて幾分か表情が和らいだ。そして流石メイドとでも言うべきか、テキパキと採寸や試着を終わらせて、あっという間に全員のサイズが紙に書き込まれていった。
「じゃあこれで申請出しちゃうわね」
「ちなみに完成予想図とかあるんですか?」
「これよ」
1枚の紙が皆に見えるように広げられた。そこには白と黒の見慣れたメイド服ではなく、ドレスを基調として作られたようなメイド服が描かれていた。
「これ、メイド服なんですか?」
「パーティーの会場では、明らかに給仕という格好よりも少しでも場に馴染みやすい格好の方が推奨されるのよ」
この国には変わった文化があるらしい。もしくは、裏では他の理由があるのかもしれないが。疑いすぎであって欲しいが、警戒しておくことに越したことは無いだろう。
「他国の貴族や王族も来るらしく、今年は昨年よりも大きなパーティーになりそうなの」
「皆さんは去年も出られたんですか?」
そう聞くと頷く人半分、首を横に振る人半分だった。
「でも去年以上となると、警備体制がえげつないことになりそうですね」
「えぇ、今年はトレヴァー様直々に警備に当たられるらしいわよ」
それは非常にまずい。準備の段階で先に道具を城内に持ち込んで、パーティーの当日に手薄になった書庫を調べようと思っていたのだが…。あの人、どこか鋭そうだからできれば敵対したくないのが本音だ。
まぁ……仕方ないか。
ここまで来たらやるしかない。それに、いざとなったら猫もいる。
「ロサちゃん、準備の時はよろしくね」
「はい、こちらこそ!」
とりあえず今は目の前の仕事に集中しなければ。そう思いながら、私は先輩方に笑顔を向けた。
ついにパーティー前日を迎えた。いつもより早く起きて、支給されたドレス風なメイド服に着替える。
今日は本格的にパーティーの準備を終わらせなければならない。3日ほど前から準備を進めていたため、今日は最終確認が主な仕事だった。それに噂では、明日のパーティーのために遠方の国から来る貴族や大臣が城で前泊するらしい。
「じゃあ行ってくるから」
ベッドの上で丸まっている猫に声をかけるも、眠たいのか尻尾を揺らすだけだ。多分聞いているからいいだろう。ドアノブに手をかけ、廊下に出る。すると、丁度アメリアさんが部屋の前を通り過ぎた。
「おはようございます」
「あら、ロサちゃん。早いのねぇ」
「アメリアさんもじゃないですか」
「ふふっ、明日のパーティーが楽しみで早く起きちゃったのよ」
本当に楽しみなようで、声が弾んでいる。私もアメリアさんのように純粋にパーティーを楽しみにできたら、なんて考えてしまう。そんな思考を断ち切るように軽く頭を振る。
「じゃあ私は今日の準備頑張ってきますね」
「うん!行ってらっしゃい」
アメリアさんに見送られ、先輩方と城へ向かう。
城の門番たちは私たちの服装を確認すると、そのまま通してくれた。
「じゃあ私はこっちだから」
「うん、お互い頑張ろうね」
「はい!」
各々の持ち場に分かれ、それぞれの仕事をする。パーティー会場の準備や料理の最終チェックなど様々だが、私は特に廊下の飾りつけを任されていた。城の東側、私が掴んだ情報によるとこの辺りに…
「こんにちは」
唐突に背後から声をかけられる。振り向くと、そこには私が探していた男性が立っていた。整った見た目で爽やかな笑みを浮かべている。つられて私も笑いそうになってしまい、慌てて笑みを押し殺す。
目的の人物から声を掛けてくれるなんて、なんて幸運だろう。パーティーの招待者リストに名前があったから前泊することは把握済みだった。そして、この辺りの部屋に宿泊することも事前調査で分かっていた。
「こんにちは、セーズ様」
「おや、私のことをご存知でしたか」
「もちろんです。頑張って覚えましたので!」
身振り手振りを大きくして幼さを前面に出す。それから、今更失言に気づいたように慌てる。
「も、申し訳ありません!えっと、頑張って覚えたというか…その、」
「ははっ、いいさいいさ。気にしないでくれ。私としてはこんなに可愛いメイドに名前を覚えてもらえて嬉しいよ」
男性は軽快に笑うと私に目線を合わせて屈んでくれた。
「お嬢さんはこの城のメイドなのかい?」
「いえ、普段はトレヴァー様のお屋敷で働いています」
「そうなのか。幼いのに大変だね」
「大変なこともありますが、楽しいですよ!ご飯も美味しいですし!」
その話を聞いて再び笑うセーズ様は私の頭を撫でてきた。その手に頭を擦りつけて、できるだけ蕩けた顔をする。
これで靡くかどうかでターゲットの変更を考えないといけない。ほんの少し滲んだ緊張を表に出さないように様子を伺えば、セーズ様は生唾を飲み込んだように見えた。
__かかった。
そう確信した時、セーズ様は立ち上がり私を見下ろした。
「君、名前は何という?」
「ロサと申します」
メイド服を摘まんで礼をする。
「そうか。ではロサ、今夜は暇かい?」
「え?」
「もしよかったら一緒にディナーでもどうだい?勿論、君の主人には許可を取るよ」
「お、お誘いは嬉しいのですが、パーティーの準備が残っていまして…」
「そうか。まぁ、明日のパーティーでも会えるなら構わないよ」
そう言って立ち去ろうとする彼の袖を掴む。
「あの!」
「ん?どうかしたのかな」
「えっと…私、準備の担当なので明日のパーティーには参加できないんです」
「……」
セーズ様は私の言葉を聞いた瞬間、表情が抜け落ちた様に無表情になった。なんでこうも、国のお偉いさんは欲しいものが手に入らないとこういう顔になるのだろうか。しばらく考えたような間が空いた後、セーズ様は私の手を引いて歩きだした。
「え、セーズ様?」
「今からトレヴァーに直談判しに行く」
セーズ様はそれ以上何も言わない。自分からハニートラップ擬きをかけたが彼の反応を見てすでに後悔し始めている。ここまで執着を見せられるとは思わなかった。
彼__セーズ様は幼児・小児に対して性愛や性的嗜好を持っている。これは宿から見た馬車について調べていた時に芋づる式に知ったことだ。城でパーティーの準備をしていた時にこっそり見た書類には、あの日の馬車の行き先がセーズ様が籍を置いている国になっていた。荷物の欄には『生き物』と簡潔に書かれていた。
深夜に馬車で運ぶ生き物。そして、セーズ様の性的趣向。
それが何を指しているか分からないほど、私は馬鹿ではない。
しばらく歩くと、廊下で兵士と何かを話しているトレヴァー様を見つけた。セーズ様はそのままトレヴァー様に近づくと、私の背を押してきた。そのせいで私が意味もなくトレヴァー様に近づいてしまう。
「ん?ロサか。どうした?」
「えっと…」
「悪いね、私が連れてきたんだよ」
トレヴァー様はセーズ様に頭を下げてから口を開いた。
「セーズ様、ようこそいらっしゃいました」
「突然ですまないね。少し相談があるのだが」
「……ここではあれですから、場所を変えましょうか?」
「いや結構だよ。君が許可を出してくれれば済む問題だから」
「…と言いますと?」
話が見えてこないようでトレヴァー様は首を傾げている。すると、セーズ様は私の肩に手を置いた。
「この子を明日のパーティーに出席させてほしい。勿論、給仕としてで構わない」
「……」
「パーティーの給仕が1人増えたところで違和感なんてないだろう?」
「それは、、…そうですが」
「ならいいじゃないか」
「ですが、ロサはまだ子どもです。城のパーティーのマナーも知らないため、セーズ様に無礼な対応をしてしまうかもしれません」
「私は気にしないさ」
「ですが、」
「私はこの子と話をしたいんだよ」
セーズ様はトレヴァー様を睨んだ。トレヴァー様はその視線に唇を噛むと、小さな声で了承した。
「分かりました。許可致します」
「ありがとう。じゃあ、私は部屋に戻るよ。明日の夜が楽しみだね、ロサ?」
「え?」
「またね」
セーズ様は妖艶に微笑みながら去って行った。わざと分からないようなふりをしたが、あざとすぎただろうか。まあいいか。残された私とトレヴァー様はただただ静かに見つめ合う。先に口を開いたのはトレヴァー様だった。
「多少の予想はしていたが、準備の担当だからいいと軽視していたな。すまない」
「…いえ、私こそ申し訳ございませんでした」
「君は何も悪くない。…とりあえず明日は給仕としてパーティーに出席してもらえるか?」
「勿論です」
トレヴァー様には申し訳ないが、これで準備期間と当日の両方に出席することができる。それに、セーズ様から情報を聞き出したいところでもある。
「では、頼んだぞ」
「はい!」
この国が滅びるかどうかは明日のパーティーにかかっている。
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