第4話
「ロサちゃん、そっちまだ干せそう?」
「あと2枚か3枚なら!」
私がこの屋敷で働き始めてから1カ月が経った。基本的に昼は働き詰めだが、不思議と苦ではない。しかし情報はあれから何も得られなかった。私としては王族に近い、特に警備隊の隊長の屋敷になんてできるだけ長居したくなかった。
「ふぅ~…何とか終わったわね」
「急にこんなにテーブルクロスを洗うなんて何かあったんですか?」
広いはずの庭には所狭しとテーブルクロスが干されている。
「それがね、今度お城でパーティーが行われるらしくてそれ用のテーブルクロスなんだって」
「パーティーですか」
「色々あって、今回のパーティーにはこの屋敷からも何人かメイドを派遣してほしいんだって。今度トレヴァー様からお話があるらしいよ」
お城でのパーティー。
情報が得られていない現状を打開できるかもしれないチャンスが巡って来た。でもそれだけ危険が伴うことでもあった。
「ね、よかったらロサちゃん立候補してみたら?」
「私ですか?でもまだ新人ですし…」
「大丈夫よ!ロサちゃんはもう立派なうちの使用人だもの。それにほら、ロサちゃん綺麗だし。自信持って!」
実はね、と手招きに従って近づけば耳に唇を寄せられる。
「実はロサちゃんの前任のメイドは、お城のパーティーで出会った貴族様と結婚したのよ。それで退職したの」
「えぇ!?」
衝撃の事実だった。まさかそんな理由だったなんて。
「だから私も立候補しようかと思っているのよ~!」
「そんなに上手くいきますかね」
「ロサちゃんってたまに大人みたいなこと言うよね」
しまった。素直に思ったことを言ってしまった。笑って曖昧に誤魔化せば、アメリアさんは特に気にした素振りを見せなかった。
「とにかくね、ロサちゃんも迷っているなら行ってみるのもありだと思うの。勿論、お仕事が中心だけれどね」
「分かりました。考えてみます」
アメリアさんは私の返事に頷くと嬉しそうに笑った。
「じゃあ次の仕事に移りましょうか」
「はい!」
お城のパーティーに出ることも考えながら仕事に戻りながら考える。もしも本当にお城のパーティーに出ることができるのならば、今夜偵察に出ておくべきだろう。下見をしておいて損はない。
(行ってみるか)
「こんばんは、ロサ嬢」
「…やーっと来たわね」
その日の夜、城に偵察に行くために支度をしていたら窓の方から憎たらしい声がした。振り向くとやはりあの黒猫がこちらを見ていた。
「ロサという名前、似合っていてじゃないか。これから継続的に使ったらどうだ?」
「そんな足がつくようなことしないわよ。名前なんてその場で考えればいいの」
髪を纏めてローブを被り、小さなカバンも持って身だしなみを整える。
「そうか。…で、今夜は何をしようと?」
「分かってて来たくせに」
「偶然さ」
猫は含みがある笑い方をした。
この猫は私が動こうとする時にいつも来る。もちろん、猫がいてくれると暗闇でも問題なく見えるからいてくれると助かるのだが、それを察しているかのようにタイミング良く現れるのだ。
「…城に偵察に行く」
「ほぉ、あれほど危険だと言っていただろう?」
「分かってるけど、警備隊隊長の家にメイドとして入っちゃったなら一緒よ」
ため息混じりに言えば、猫は面白そうにケラケラと笑う。本当によく笑う猫だ。
「もしかしたら今度の城のパーティーにメイドとして出席するかもしれないの。どうせ出席するなら、そこで国がもみ消している情報を得たいじゃない」
「そのための偵察か」
「だから力を貸して。夜でも鮮明に、全てが見えるように」
「勿論。面白いことに繋がるなら大歓迎さ」
猫は目を細めると私の影に入り込んだ。それを見届けてからしっかり目を閉じる。ほんの少しだけ、眼球に温かさを感じた。その温かさが引いてから、私は閉じていた目をゆっくり開ける。すると景色は昼間と大差なく明るく見えた。
「見えるかい?」
「うん、ありがとう」
不思議な力。猫が私の影に入り込むと、猫の視覚、聴覚、身体能力まで幅広く借りることができるようになる。いつからこんなことが出来るようになったのかは覚えていない。でも不便は無いし色々と好都合なため、疑問を持つことはやめた。
部屋にある鏡で服装の最終確認をしてから部屋の窓を開ける。
冷たい風が入り込んできた。街の異様な静けさから、街という生き物そのものが眠っているような錯覚にさえ陥る。
「…こんな平和な街なのに裏があるなんてね」
「もみ消された情報に心当たりがあるのかい?」
猫の声が頭に響く。心当たりがないわけではない。でもできればこの予想は外れていてほしい。
「……うん、でもこれはあくまで可能性の話だから」
「聞かせてくれ」
「…………」
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そしてゆっくりと口を開いた。
「この国にストリートチルドレンがいない理由は他国へ売却しているからだと思うの。もしくはこの国で働かされているか。この屋敷も例外なく、やけに子ども用のメイド服が多いのよ」
「…なるほどな」
「あくまでも仮定の話よ」
月が照らす城を見やれば、どこか冷たいような雰囲気を感じる。それがどこかトレヴァー様と重なって見える。
「……行こう」
猫はそれに答えるように一声鳴いた。その声を合図に、私は窓から外に出て屋敷のフェンスを越えた。