第3話
誰かが扉の前を歩いた。知らない気配に一気に目が覚め、警戒を張ったがよくよく考えれば昨日ここに連れてこられたばかりだから知らない気配で当然だった。
「…今は」
時計を確認するとまだ早朝だった。今日は休んでいていいとは言われたが、何もしないわけにはいかない。とりあえず、着替えてから部屋の外に出よう。そう考えてクローゼットを開けると、そこには大量のメイド服がかけられていた。どれも上質なもので、新品のように綺麗だ。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声が漏れた。こんなに沢山の服を見るのは久々だし、何より高そうだ。
「…何でサイズ合うの?」
着てみればまるで測られたかのようにぴったりだった。そして、何故か靴のサイズも合っていた。
「……あー、そういうこと」
ある1つの仮説にたどり着いた。ただ、まだそれを確定させるにはあまりにも材料が少なすぎる。今、変に勘ぐって解雇されたらたまったものじゃないしある程度信頼されるまで大人しくしておくか。
屋敷は昨日の夜に見た時と印象が全く違った。昨日の異様な雰囲気は何だったのだと疑問に思ってしまうほど何の変哲もなかった。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。あなたがこの前雇われたお嬢さんね」
庭の手入れをしていた女性は、笑顔で迎えてくれた。彼女は私のことを噂で知ったらしく、昨日からずっと楽しみにしていたらしい。確かにこんなに少数の使用人しかいないなら噂が回るのも早いだろう。
「今日からお仕事なの?」
「いえ、今日は休んでていいと言われたのですが何かお手伝いできることはないかと思って…」
「そうなの?じゃあ少し手伝ってくれないかしら」
そう言うと、私は彼女の後をついて行くように言われた。
「この辺りの花壇に水をあげてくれる?私だけじゃ大変だから助かるわ」
「はい!」
任された仕事をすべく、ジョウロを持って花壇の見やる。そこには色とりどりの花々が広がっていた。花に水をあげながら考える。
…もう少し幼いふりした方がいいかな。
仕事を失敗すると関係ない人に迷惑をかける上に注視されるようになってしまうから言動で幼く見せるか。でもそれも段々と変えていかないと。急に変えると違和感しか残らない。
思考を巡らせる中で1つの疑問に当たった。
「そういえばトレヴァー様は今どちらにいらっしゃるんですか?」
その質問を投げられた庭師の女性は何かを察したように頷いた。
「あぁ、知らされていなかったのね。トレヴァー様は警備隊の隊長様だからあまり屋敷に戻られないのよ。昨日帰られたのも1週間ぶりぐらいだったわ」
どうやらトレヴァー様はご多忙のようだ。まぁなんか冷たかったし、いない方が動きやすいからいいんだけどさ。
「そうなんですね」
「えぇ、それに私たちに何かお頼みになる時以外は基本放任されているから何かあったらトレヴァー様ではなく、私たちに言ってちょうだい」
「分かりました」
水あげも終わり、お昼時になったため食堂に向かうことになった。屋敷の中ではあるが、ここへの立ち入りは使用人なら誰でも構わないようだ。
「ここが食堂よ。時間にもよるけれど大抵誰かいるわ」
お昼時とはいえ、大衆食堂のように人で溢れるようなことはなかった。
「あ、アメリアさん」
「ロサちゃん!今ちょうど呼びに行こうと思っていたところだったのよ!」
アメリアさんは私の声に気づき振り向くと、嬉しそうに駆け寄ってきた。昨日は薄暗くてよく分からなかったが、近くで見ると彼女はとても整った顔をしている。栗色の長い髪はゆるふわで、大きな瞳も相まって可愛いという印象が強い。
「勝手に動いてすみません」
「いいのよ~、見て学ぶのも大切だもん」
庭師の女性は他のメイドに話かけられてそのままどこかへ行ってしまったのでアメリアさんと昼食を取ることになった。メニューはパンとサラダ、スープといった質素なものだったが、美味しかった。
食後はもう少し屋敷の中を探索することにした。アメリアさんも仕事があるようでその場で解散となった。
「じゃあ今夜、明日の仕事について話すから覚えておいてね」
「分かりました」
手を振って彼女を見送る。今日は何をしても「知らなかった」で大体許されると思うので今日中に粗方調べておきたい。
屋敷の間取りを覚えながらトレヴァー様の部屋を探す。
すると、扉の素材が他の部屋とは違う部屋を見つけた。
「ここ…かな」
ノックをしても返事はない。やはり不在なのか。
「あれ、新人ちゃん?」
急に後ろから声をかけられたと思ったら執事服を着た男性がいた。なにやら大量の書類を抱えている。たしか、昨日の夜に見かけた人だ。
「はい、初めまして」
「もしかしてトレヴァー様に用事あった?」
「改めてご挨拶をと思ったのですがお部屋が分からなくて…」
「あぁ、トレヴァー様のお部屋ならその部屋だよ。でもしばらくはご不在だと思うし、トレヴァー様自体もそういうことに執着されない方だから気にしなくていいと思うよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
男性は書類を抱え直して去っていった。彼が抱えていた書類の量を考えるとかなり忙しいみたいだ。
でも重要な確認は取れた。
「ここがトレヴァー様のお部屋なのね」
ということは、多分私が欲しい情報はこの部屋の中にはない。重要な情報ならこの部屋の中だろうが、私が欲しいのは国がもみ消している情報や弱み。
『木を隠すなら森の中』
ならば、情報を隠すならそれなり情報が錯綜した場所だろう。
「…書庫ね」
まず最初に思い付いたのは書庫だった。しかしそんなところに隠すなんて、あまりにも警戒心がなさすぎではないかと思う。でも、念のため調べておくに越したことはないと思う。
「よし、行ってみるか」
意を決して開けた先は本で埋め尽くされていた。どこを見ても本。しかも、どれもこれも古そうだ。
「うっそ…これ全部探すの……?」
思わずため息が出る。一瞬心が折れかけるも、ぐっと堪えた。
「いやいや、ここで諦めたらダメでしょ」
とりあえず1冊手に取って見る。表紙は革製で、年季が入っているもののしっかりとしていた。タイトルを見る限り、歴史関係の書物が多いようだ。
「…きっとここじゃない。隠すならどこだ?」
本を戻して考える。子ども用のメイド服の件やアメリアさんのことから何となくな予想はついたが、確信的なものがない。
でもここで見つけないと…。
「焦ってもどうにもならないね。革新的な情報が少なすぎる」
しかしやはりどこか焦ってしまう。手当たり次第に本を漁っていれば、いつの間にか相当時間が経っていたようで日が沈みかけていた。
「ロサちゃーん?」
「え、アメリアさん」
急に開いた扉に驚く間もなくアメリアさんが顔を出した。ここで探し物をしていることがバレてはマズイと思い、慌てて彼女の元へ行く。
「どうかしましたか?」
「もうすぐ夕食の時間なの。良かったら一緒に行かない?」
「すみません、すぐに行きます」
特に何か言及されることもなく、食堂へ向かった。用意されたメニューは肉も使われており、使用人が食べるには豪華に見える。
「?どうかした?」
「いえ」
どうやらこのメニューに違和感はないらしい。この屋敷ではこれが普通なのかもしれない。先に席に着いたアメリアさんさんの向かいに座り、料理を口に運ぶ。味も悪くなく、むしろ調味料もしっかり使われていて美味しい。昼も美味しかったが、個人的には夜の方が好きな味だ。
「そういえばどうして書庫にいたの?」
何気なく聞かれた核心を突くような質問に少なからず動揺してしまう。アメリアさんの様子を見ても、特に探るような視線は感じない。上手いこと隠しているのか、それとも素直に気になっただけなのか。
「異国の文化に興味があって…思わず読み込んでしまって」
「あぁ、なるほどね。確かに本に触れることなんてなかなかないもんね」
納得してくれたようで安心した。その後も他愛のない会話をしながら食事を終えた。
「じゃあ明日の朝から仕事があるから、朝食を食べたら中庭に来てね」
「分かりました」
「うん、じゃあお休み」
「おやすみなさい」
寮に戻り、簡単な説明を受けてから各々の自室に戻った。結局何も情報を得ることができなかった事実が悔やまれるが、気にしていてもしょうがない。焦っても仕方ないことは今までの経験から理解している。
「猫もまだ来ないのね」
今こそ色々話して頭を整理したいのだが、どうやらまだ街をふらついているらしい。
「ま、そのうち来るでしょ」
私は私でやるべきことをやろう。ベッドに横になり、目を閉じればすぐに睡魔はやって来た。