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第10話

それから毎日教会に通った。どうやらイデアルの候補に挙がると教会の関係者内で情報が共有されるらしく、いくつもの視線を感じた。カイルも感じ取っているらしく、動きにくそうに身じろぎしていた。


そして聖女の補佐を名乗る男性の話を信じるならば、この昼の礼拝が終わった後に声がかかるはずだ。



「これにて、昼の礼拝を終わります」


慣れた様に教会を出ようとすれば、先日声をかけてくれた男性が出入り口で私たちを呼び止めた。


「お久しぶりです」

「先日の…」

「はい。例の件についてご連絡がありますので、この手紙をお受け取りください」


差し出された手紙を受け取り、カイルに目配せをする。彼は頷くと、私の代わりに受け取ってくれた。


「分かりました。受け取らせていただきます」

「中身はこの後すぐに確認することをおすすめします。それでは失礼します」


男性は一礼すると、そのまま教会内に戻って行った。私たちはその後姿が見えなくなるのを待ってからすぐに宿に戻った。


宿に戻るなり、前を同じように猫の力を借りて検査をする。しかしペンダント同様、手紙にも不審な点は見当たらなかった。


「じゃあ開けるね」


向かい合うように座ったカイルに同意を求めれば、何も言わず頷かれる。猫は影から出てくると、カイルの膝の上に乗って同じように手紙を見つめた。2人のわくわくしながら待つ姿がそっくりで、思わず笑ってしまった。


封を切り、中の手紙を取り出す。紙を開くとそこにはこう書かれていた。


『本日、日が沈んだ後に城の門前へ来られたし』


声に出して内容を読み上げれば、カイルが真剣な顔つきになった。


「本当にイデアルに選ばれたのか?」

「罠じゃないといいけれど、どちらにせよ行くしかないんじゃないかな」


猫はカイルの膝の上から机に飛び乗り、私を見上げる。


「私も行くか?」

「うーん…本当は来てほしいけれど、どこまで警戒されているか分からないのよね」

「なら外で待っていようか?」

「うん、そうしてもらおうかな」


猫は了解したと言うと、窓から外へ飛び出していった。きっと先に向かっているのだろう。それを見送り、私たちも準備を始めた。




「ここね」


手紙に書かれていた通り、私たちは日が沈んでから城の前に来ていた。日は沈んでいるが街灯が点々と道を照らし、月明かりも相まって辺りは明るい。門番に声をかけようとした時、タイミングを見計らったように城内から件の男性が出てきた。


「こちらへどうぞ」


男性に促され、2人でついていく。その直前、城の城壁に座る黒猫に目配せをする。猫は目が合うとトコトコと奥へ歩いて行ってしまった。きっと他の場所から見守ってくれるのだろう。




「聖女様はもうすぐお越しになります。それまで少々お待ち下さい」


案内されたのは洒落た応接間のような場所だった。大理石で造られた床には真っ赤な絨毯が敷かれており、壁にはステンドグラスが嵌められた豪華な造りだ。一目見ただけでもお金がかけられていることが察せられる。


男性が席を外してから、部屋に置かれているソファーに腰掛ける。何も言わずカイルと目を合わせれば、彼は少し緊張した顔をしていた。


「大丈夫よ」

「…」

「聖女様は私たちの味方になってくださるわ」


部屋に仕掛けがないと思えず、言葉に気を付けながらカイルに声をかければ驚いた顔をした。私の言う『味方』がこの国においての『裏切り者』を揶揄していることなんて、火を見るよりも明らかだ。彼にもその意味が伝わったのか、彼はもう動揺していなかった。きっと仕事として気持ちを切り替えたのだろう。




しばらく無言で待っていると、ノックが部屋に響く。


「はい」


カイルが返事と共に立ち上がったのに倣って私も立ち上がれば、扉が開かれて聖女が現れた。昼に見た姿と寸分違わない姿に無機物のような異様な雰囲気を嫌でも感じてしまう。聖女様はカイルと私を見ると、ベールの下から覗く唇で綺麗な笑みを浮かべた。


「お待たせしてしまいましたか?」

「いえ、全く。こちらこそ貴重なお時間をありがとうございます」


聖女様の言葉で、付き添っていた聖女様の補佐が部屋を退室する。


「イデアルは私と貴方たちの対話です。そこに他者は介入致しませんのでご安心を」

「お気遣い感謝します」


お互い立ち続けているのもおかしいので、声掛けをいただいてからソファーに座り、聖女様は向かいのソファーに座る。私たちが挨拶している間に聖女様の補佐が用意してくれたのか、机の上には先ほどまで無かった紅茶が置かれていた。


「ぜひ、紅茶でも飲みながら話しましょう」


すでに紅茶に口をつけた聖女様に促されるが、どうしても薬の混入を疑ってしまう。私は痺れ薬や睡眠薬、劇薬に対しての耐性ならあるが、カイルはどうだろう。紅茶の匂いを確認しながらこっそり彼の様子を見れば、私と同じように匂いを確認しつつほんの少しだけ口をつけていた。


驚いた。どうやら彼もこの方面の知識や対処法について明るいらしい。警備隊の隊長をしていたが、もしかしたら対毒訓練を受けていたのかもしれない。


「それでは早速、イデアルを始めましょうか」


聖女様は机に置かれた砂時計を逆さまにした。きっとイデアルの制限時間を測っているのだろう。


「よろしくお願いします」

「ふふっ、そんなに緊張なさらないでください。私は何でも受け止めますから」


聖女様からのその言葉でカイルが話し始める。事前に打ち合わせた今回の役割としては、主にカイルが聖女様と会話をして私が観察することになっている。ちなみに話す内容も事前の打ち合わせで決まっている。


「僕たちは生まれてからずっと兄妹2人で世界を旅してきました。移動を続けるのは大変でしたが、この国で聖女様にお会いできて僕らはやっと休息を得ることができています。ですので、お礼といってはなんですが、僕たちの旅の思い出をお話しできればと思います」

「え…?あの、イデアルは悩みなどを聞くための…」


聖女様は動揺したように私たちの顔を見比べる。


そう、それでいい。


聖女様の印象に残るという第1事項はクリアしたようだ。


「僕たちは悩みよりも思い出を聞いていただける方が嬉しいです。特に、色んな国を転々としていると友人もできなかったものですから」

「友人…」


予想通り、聖女様は『友人』という言葉に反応した。


聖女という存在は苦労が多い。


自由もない。

友人もいない。

興味ない信者の話を一方的に長々と聞いて、決まりきった救いの言葉を伝える。

そして自分の名前を呼ばれることもない。

逃げ出すことなんて以ての外だ。


だから分かりやすく餌を吊るして、聖女様自身から教会を出てきてもらう。


これが私が考えた作戦だった。


完全な長期戦だが、宗教国家はこの崩し方以外は相当な危険が伴ってしまうため仕方のないことだった。


「では、お言葉に甘えて。どんな国に行ったのか、何を見たのか教えてください」

「もちろん」

「まずは……」


それから私たちの旅の話が始まった。カイルは予め決めていた通り、面白おかしく旅の話を聖女様に伝える。この話は私が実際に訪れた国の話であるため、もし調べられても何の問題もない。時には笑い、時には驚き、聖女様は楽しそうな表情で私たちの話を聞いた。


「この国の外はそのような世界が広がっているのですね」

「これは序の口ですよ。世界はもっと広いですから」

「それでも聞いているだけで本当に楽しいですよ」

「聖女様のお気に召すような話ができてよかったです。本当はもっとお話ししたいですが、イデアルに選ばれるには厳しい審査があるらしいですね…。もし、また何かの縁で選ばれることがありましたら、続きをお話しできればと思います」


カイルがそう言い終わると砂時計に入っていた砂が落ち切った。聖女様はそれを確認してから口を開く。


「とても興味深い話でしたよ。ぜひ、その時は聞かせてくださいね」

「はい、喜んで!」


聖女様が扉をノックすると、扉の向こうに控えていたらしい補佐が入ってきて砂時計を回収した。


これでイデアルは終了だ。


「では、本日はこれで終わりになります。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


補佐の男性に城門まで案内してもらい、そこで男性と別れることになった。





少し歩くと、店と店の間で黒猫が待っていた。


「カイル、猫を回収してくる」

「分かった」


黒猫に近づけば、そのまま影に溶けるように入って来た。この感覚慣れないから入る前に一言くれないかな…。


「このまま宿に戻るか?」

「そうね。お互いに感じたことを共有したいし」

「じゃあ戻るか」


私たちは軽い夕食を買ってから宿に戻った。




部屋に入り、鍵をかけるとようやく一息つくことができた。


「カイル、お疲れ様。あとありがとう」

「あぁ。メルもお疲れ様」

「予想以上の完成度で驚いたわよ」

「そう言ってもらえて良かったよ」


カイルは気を張っていたのか、椅子に腰かけて深く息を吐きだした。


「帰ってきて早々で悪いけれど、聖女様と話してどんな感じだったか聞いてもいい?話者視点の意見も聞きたい」

「なんていうか…話に食いつくと分かりやすいな。逆に普段の礼拝が形式的なものに見えてきた」


感覚を言語化するのが苦手なのか、カイルは何度か言葉を詰まらせながら答えてくれた。


彼の言うことは私も思ったことだ。カイルの旅の話に、聖女はまるで子どものように目を輝かせながら話を聞いていたのだ。


「友人っていう言葉にも興味を持っていたようだし、楽しそうにしていたからきっと印象には残ったわね」


何となくの感想を口にすれば、彼は思い出したように顔を上げた。


「そういえば、メルは毒に耐性があるのか?」


そうだった。私もそれを聞きたいんだった。


「それ私も聞こうと思ってたのよ。私は耐性が有る物と無い物が半々ぐらいね。でも飲む前に気を付けることについては一通り知識があるわ。カイルはどうなの?」

「俺は有名どころの毒ならほとんど耐性持ってるぞ」


なるほど。本当は根掘り葉掘り聞きたいところだけど、話の内容的にも自重した方が良さそうだ。そう思って簡単な反応に留めていると、再びカイルが口を開いた。


「このままイデアルに選ばれ続けるのか?」

「…本当は選ばれてほしいけれど、きっと次は無理ね。早くて2週間後よ」


これ幸いとそのまま話の流れに乗る。話題を変えてくれたのは個人的に有難かった。


「間を空けるのか?」

「1回私たち以外の人が入ることで、私たちのイデアルが楽しかったと再確認させるのよ」


カイルは若干引いた顔で私を見る。悪いけれど、これでも優しくしているつもりなのよ。


「もし楽しかったなら、聖女様はまた私たちを選ぶはず。選ばれなかったら別の作戦を考えるまでよ」


窓から見える教会が、信者に聖女の加護を与えるかのように光り輝く。


それが私には残酷に見えて仕方なかった。


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