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第2話

「起きろ」

「…何」

「動きが見えた」


窓の外を見れば月が静かな街を照らしているような時間だった。猫はその長い尾をゆらゆらと揺らしている。


「…暗くてよく見えない」


窓を小さく開けて顔を覗かせれば、人影は見えるものの、何が行われているのかまではよく見えない。


「ねぇ、力を貸して」

「分かった」


猫は私が何を言いたいのか察して、私の影に飛び込んだ。目を閉じて意識を集中させ、再び目を開けると外は真昼間のように明るかった。


「見えるか?」

「うん、ありがとう」


これは『猫目』と呼ばれる猫特有の目である。網膜の視神経に微かな光を反射させて、暗闇でも鮮明に景色を捉えることができる。猫が私の影に入ると何故か私もこの猫目を使えるようになるのだ。


「…あれは、馬車?」


極力小さな音がしないように動かしているが、大きな木造の馬車が国境に近づいていた。門番は見慣れているのか、何かを受け取ると馬車を通した。


「わぁ…この国真っ黒じゃない」

「明らかに何かを受け渡していたな」


猫はずるりと影から出てきた。すると私の目は再び暗闇しか見えなくなる。


「これからどうするんだ?」

「とりあえず、パーティー好きの貴族の家でメイドとして働こうかしら。どこかのお偉いさんたちの噂話を聞きたいわ」

「もっと手っ取り早い方法を取らないのか?」

「ここで慎重に動かないと後で困るのよ」


猫はつまらなそうにため息をついた。そろそろ暗闇に目が慣れてきたようだ。


「今回は長丁場かい?」

「稼ぎ時なの」

「つまらん」


それだけ言うと猫はまた私の影の中に潜っていった。








「ロサちゃん、先ほど帰られたお客様が忘れ物をしたみたいだから届けてくれるかな」

「はい!」


次の日から始まった仕事内容は主に客の案内、客室の準備、料理を運ぶこと。そして掃除など雑用全般だ。男性は私のことを本気で無害な子どもだと思ってくれているようで、聞けば大抵のことを教えてくれた。


「メイドとして働きたい?」

「うん。だからどこの貴族がいいとか知っていたら教えてほしいの」


あっという間に1日が終わり、夜ご飯を男性と食べながらメイドとして働きたい旨を伝えてみる。男性は渋い顔をして唸った。


「僕としてはここで働いてくれると嬉しいんだけど…今日1日だけ見てもロサちゃんは本当に飲み込みが早いし愛嬌もいいし…」

「でも、貴族のメイドとして働くのはママの願いでもあったから…」


情を誘うようなことを言えば、男性は渋々頷いてくれた。


「そう言うことなら仕方ないけれど…貴族のメイドは思ったより大変だよ」

「うん、でもメイドとして働きたいの」

「分かった。じゃあ良さそうな人がいたら紹介するね」


そんな約束から1週間が経った。昼は宿の雑用をこなし、夜は怪しい動きがないか観察する日々が続いている。


「……何か音がする」

「音?」


夜の観察中に猫が何かに気づいたように呟いた。耳を立てて1点を見つめていたかと思ったら、急に窓枠に飛び移った。


「しばらく街をふらついてくるよ。また会いにくる。今回の偽名はロサだったな」

「え、ちょっと待ってよ!あと偽名とか言わないで!」


猫は私の抗議を無視して、そのまま飛び降りた。自由気ままにいなくなった猫にため息をつく。


「猫は気まぐれ、だっけ?」


いつも猫が使っている言い訳を思い出す。全く、どこでそんな便利な言葉を覚えたのだろうか。それにロサという名前が偽名なのはわざわざ指摘しなくても良くないか?


そんなことを考えていれば、部屋にノックが響いた。


「ロサちゃん、夜遅くにごめんね。今大丈夫?」


扉の向こうから聞こえるのは宿主の男性の声だ。深夜帯のため、気を使って小さな声で話しかけてくれているようだ。


「…だいじょうぶです」


一応今起きたということにするため、舌足らずで話しながら髪の毛を適当に乱しておく。扉を開ければ、男性が申し訳なさそうに眉を下げていた。


「前にメイドとして働きたいって言っていたよね?僕が1番信頼している貴族に話を通してみたら、ちょうどこの前メイドが辞めたから雇いたいって言ってくれたんだ。仕事の関係で今来てくれたんだけれど会ってもらえる?」

「はい、勿論です!」


猫が察知した音とは貴族のことだったようだ。手櫛で髪を整えながら階段を降りれば、宿のフロントに綺麗な身なりをした男性が従者らしき人と何かを話していた。


「トレヴァーさん。この子です」

「…随分幼いんだな」


トレヴァーと呼ばれた男性は私を値踏みするような目で見てくる。黒髪に赤い瞳という、いかにも貴族らしい見た目をしているが、目の下にはうっすらと隈がある。あまり寝ていないのかもしれない。私はぺこりと頭を下げる。


「ほら、自己紹介して」

「…はじめまして、ロサと言います」

「俺はトレヴァー・テルトだ。国の警備隊の隊長を務めている」

「警備隊!?」


思わず声を上げてしまった。慌てて口を塞げば、彼は怪しむような目つきになった。


「……何か問題でもあるか?」

「いえ、何も……」


まさかこんなところで警備隊に会うとは思わなかった。この国では後ろめたいことは何もしていないが、これからこの国を滅ぼそうと思っているのだから何となく動揺してしまう。


「あの…」

「…まぁ、いい。とりあえず働く気があるなら俺の屋敷に来い。話はそれからだ」

「はい」


彼の後ろに着いていこうとすれば、宿主の男性に呼び止められた。


「ロサちゃん、本当に頑張るんだよ」

「ありがとうございます」


笑顔を浮かべるも、結局男性の名前を覚えるまでに至らなかった。まぁ、そんなに長居する気もなかったから問題ないだろう。









 


「ここが俺の屋敷だ」


馬車に揺られてしばらく経った。着いたのは城に近くに建つ大きなお屋敷だった。手入れされた庭に立派な噴水があり、正面には玄関まで続く石畳が敷かれている。その道を挟むようにして薔薇が咲き誇っている。


門の近くには警備兵が2人立っていた。おそらく彼が雇っている兵だろう。よく見れば、他にもちらほらと仕事をしている人が見える。こんな真夜中なのに、ここだけは寝静まることのないような異様な雰囲気だった。


「ロサ、お前には屋敷の離れにある寮に住んでもらう。メイドとしての仕事は明日からしてもらうからな。今日はゆっくり休んでくれて構わない。だが、明日は必ず遅れないようにしろよ」

「分かりました」


馬車から降りて早々にそう言うと私のことを先輩のメイドらしき人に任せ、トレヴァーは背を向けて屋敷に戻っていった。


…なんか冷たくない?


そんなことを思っていれば、私の指導員らしき女性は嬉しそうに声をかけてきた。


「初めまして、私はアメリア。あなたの先輩且つ先輩になるわ。よろしくね」

「私はロサと言います。こちらこそ、お願いします!」


元気いっぱいに返事をすれば、彼女は満足そうに微笑んだ。


「じゃあ、まずは寮に案内するわね。その道中で色んな説明をしてもいいかしら」

「お願いします」


話を聞いて分かったのは、どうやらこの屋敷の使用人のほとんどは住み込みで働いているらしい。上手く役割を分担することで、こんな深夜でも仕事を回しているのか。


「ここよ」

「え、寮にしては綺麗すぎませんか?」


連れてこられたのは、使用人が住むにしてはあまりに豪華な建物だった。レンガ造りの建物は、貴族の住む館にも負けず劣らずだ。


「元々トレヴァー様の妹君が住んでいたものなの。今は王妃候補としてお城に住まわれているわ」

「そうなんですね」

「さ、早く中に入りましょう」


促されるまま足を踏み入れれば、外見に劣らない内装が広がっていた。ふかふかの絨毯の上には埃ひとつない。きっとここも手入れしているのだろう。


「実はトレヴァー様のご意向で使用人は最小限に絞られているの。この前偶然1人退職したから雇ってもらえたのね。あなた相当運がいいわよ」


悪戯っぽく笑うアメリアさんから、どこか子どもらしい面影を感じた。私の方が明らかに年下なのだが、正確には小さい子どもが無理して大人になったような感じだ。


「ここの部屋を使って」


しばらく歩いた後、アメリアさんは1つの扉を開けた。中にはシングルベッドと机、椅子が置いてある。メイドの部屋としては申し分ないし、先ほどまで泊まっていた宿よりも快適そうだ。


「こんなに良い部屋をいただいていいんですか?」

「いいのよ。使用人が少ないせいで部屋なんて腐るほどあるんだから」


そう言ってアメリアさんはケラケラと笑った。どうやら本当に使用人が少ないようだ。ここはあまり深入りすると怪しまれるかな。すると、アメリアさんは壁にかかった時計を確認して声を上げた。


「あ、いけない。私そろそろ交代の時間だわ。今日は休んでいていいという話だったし、少し屋敷を歩いてみるのもいいかもしれないわね。私はロサちゃんの隣の部屋だから何かあったら来てね」

「ありがとうございます」


慌てた様子で部屋を出て行った彼女にお礼を伝えて、私はベッドに倒れ込んだ。ふかふかの布団が身体を包み込む。やっぱり急なことで精神的に疲れていたみたい。気づけば深い眠りに落ちていた。


本日はもう一度更新があります!

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