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第7話

≪メル視点≫


髪を染め終わり、少し待っていればカイルが店に戻って来た。


「お兄ちゃん」

「…ん?メルか。印象が変わりすぎて分からなかった」


私を探す様子もなく入り口でぼーっとしている彼に話しかけるも、なぜか返答の速度が遅い。店を出ている間に何かあったのだろうか。


「……どうかしたの?」

「いや、なんでもないよ」


雑に躱されてしまい、会話が途切れる。自由な時間のことまで詮索されるのも嫌なのかもしれない。


「お戻りになりましたか」


ちょうど店員さんが店の奥から出てきた。店員さんは私たちを見比べると穏やかに笑う。


「髪色が同じになるとますますご兄妹に見えますね」

「そう言っていただけて嬉しいです」


放心状態に近いカイルに話させるわけにもいかず、私が全面的に受け答えをする。


この短時間に何があったのだろう。変なものに影響されたのか、それとも自分がいた国に思いでも馳せていたのか。どちらにしろ、良いことではないのは確かだろう。


早く帰りたい思いもあり、退店の方向に向かう話を切り出す。


「本日の代金はいかほどでしょうか」


私の質問に頷いてからカウンターに誘導してくれる。会計をしながら店員さんは思い出したように「そうそう」と話を続ける。


「そういえば、昨日のお祈りの時に物騒な噂が流れていたんですよ」

「噂ですか?」

「なんでも、また国が滅んだそうですよ」


軽く告げられる言葉にカイルが顔を上げる。店員さんはそれに気付かず、そのまま話を続けてくれた。


「ここから少し距離がある国ですが、子どもを売ることで国費を得ていたんですよ。売られなかった子どもは国内で労働させられていたなんて噂も聞きました」

「そんなことがあったのですか!恐ろしいことをする国があったものですね…」


初めて聞いたような反応をしつつ、カイルの様子を見る。表情は根性で押し殺しているが、明らかに呼吸が浅くなっている。


自分が守っていた国の末路を軽く語られるのは自分の身を切られるよりも辛く苦しいだろう。


「……その国にいた子どもたちはどうなったのですか?」


カイルは異変や動揺を悟られないようにあえて顔を上げていた。しかし、カウンターで店員さんから死角になっている所では爪が白くなるほど拳を握っている。


「数年前に出来たばかりの新国が全員引き取ったそうですよ。何でしたっけ…国名は忘れちゃいましたが」

「……そう、なんですか」

「えぇ、新国ながらも豊かで他国に引けを取らないほどの国力もあるんですって。だから子どもたちを引き取る余裕もあったんでしょうね」


相槌を打ちながら渡されたお釣りを受け取る。情報過多になっているカイルをこのままにしておくわけにもいかず、話を切り上げて店を後にした。








店から宿に直帰すれば、部屋に入って早々カイルはベッドに倒れてしまった。


「ねぇ、大丈夫?」


声をかけてみるものの返事はない。


しばらく様子を見ていたが、寝息が聞こえてきたためそっとしておくことにした。


「…あの国、やっと滅んだのね」


お茶を淹れつつ、先ほどの話を思い出す。


国が滅んだ先には様々な未来がある。王が変わる、他国に吸収される、革命が起きる、初めから存在していなかったことにされるなどだ。子どもたちは保護されたが、国自体はどうなったのだろうか。私が気にすることでもないかもしれないが、それでも気になってしまう。


「……何にせよ、必要以上の被害が出なくて良かった」


お茶を飲み干し、一息つく。つまらない国は滅ぼすが、罪のない市民や子どもたちはできるだけ救いたい。それは私の信念のようなものだった。


「おや、寝るにしては些か早くないか?」


いつの間にか宿に戻ってきていた猫はカイルを見て不思議そうにしていた。


「疲れているみたいだし、今日はもう休ませてあげようと思って」

「そうか」


私は猫を抱き上げて机に乗せた。猫は大人しくされるがままになっており、撫でても抵抗はなかった。


「あんたはどこに行ってたの?」

「散歩だよ」

「楽しかった?」

「興味深いものが沢山あったな」


猫は目を細めて笑ったように見えた。そんな猫に私も笑い返す。


「…ところでさ、私が髪を染めている間にカイルが誰かに変なことを吹き込まれたらしいんだけど何か知らない?」


猫は首を傾げながら、しばしの間考え込んでいた。それからゆっくりと口を開く。


「変なことを吹き込んだ覚えはないな」

「…少なからず何かを吹き込んだ心当たりはあるのね」

「ほとんど確信をもってこの話題を出したくせに何を言う」

「カイルが何かを吹き込まれるほど他人と会話をするとは思えないのよ」


猫は降参するように頭を振った。


「『悪魔か?』なんて馬鹿げたことを聞いてきたから少々お灸を据えただけだ」

「ふーん」

「…怒っているか?」

「怒ってないわ。ただ、これから本当に一緒に生活するならいつかカイルに話さないといけないのかなって」


私の呟きに猫は何も返さない。代わりに心配そうな視線だけこちらに寄こしてきた。


「……どうすればいいのかな」

「…もう今日は寝た方がいい」


猫は私のベッドに飛び乗ると布団の中に潜り込んでしまった。


「ほら早く。明日も動く予定だろう」

「うん」


布団に潜り込めば、猫が隣に来てくれた。その温かさの助けもあってか、意識する間もなく眠りについていた。



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