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第4話


「あれは何なんだ」

「どうやらこの国の信仰対象みたいね。噂通りだわ」


彼がいた国には教会がなかったから少なからず戸惑っているようだ。げんなりとした顔でため息を吐いている。


「でも…あれは人間だろ?」

「私たちから見てただの人間だとしても、彼らにとっては信仰対象なの。宗教なんてそんなものよ」

「…難しいな」

「無理に理解しなくていいわよ。そもそも正解なんてない話だし」


私の言葉にトレヴァーは首を傾げるだけだ。これだけ色々なことに対して興味や疑問を持てるなら、学び舎に入学させてみるのもありかもしれない。もしかしたらとんでもない才能が開花する可能性もある。でもそれは彼がこんな生き方をやめたいと思った時の話だろう。もしくは私が彼を見捨てた時か。


「…やっぱり分からない」


トレヴァーのその言葉に意識が思考から現実に戻る。彼の顔を見れば、困ったように眉を下げていた。


「別に分からないことや知らないことは悪くないわよ。そのあとが大切だと思わない?」

「そうかもしれないが…」

「まあ、難しいことは考えずに今は目の前のことに集中しましょ。これからの宿を探さないとね」


私が歩き出すと、彼は一旦思考にキリを付けたのか私の後ろをついてくる。こういうところは素直でいいのだが、如何せん素直すぎて不安になる。


「宿探しということはもう国の綻びを見つけたのか!?」

「確信はないけれど何となくね。んーと、できれば教会の近くの宿がいいんだけど…」


独り言を言いながら歩いていると彼はまだ不思議そうな顔をしている。分かりやすく教えてあげたほうがいいか。


「この国に関してはあなたがいた国よりも徹底的に滅ぼす予定よ。覚悟を決めておいてね」


後ろの彼を振り返りながら端的に言えば、彼は驚いたように目を見開いた。それから嬉しそうな表情を浮かべる。


「本当か!」


その反応に目を瞬いてしまう。『国滅ぼし』なんて相当な罪に問われる行為。失敗すれば死罪は免れないと思っておいた方がいいぐらい重い行為なのだ。それなのに彼は目を輝かせる。まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようだ。


「……無邪気って恐ろしいわね」

「? 何か言ったか?」

「なんでもない。ほら、宿探しをするわよ」


そういうとトレヴァーは先ほどよりも軽い足取りで私の隣を歩いた。




そんな話から数時間経った。私たちは未だに街を彷徨っていた。


「こんなに宿がないことってある?」

「教会の周りは全部家だな」


日が傾きかけており、夕暮れの赤が空を染めている。こうなったら仕方ない。次の候補に移るだけだ。


「ねぇ、できるだけ階層が高い部屋に泊まれそうな宿を探してくれない?」

「? 分かった」


トレヴァーと手分けをして探してみると、運良く宿屋が見つかった。教会や城からは少し離れているが十分な高さがある。


「よく見つけたわね。ありがとう」

「宿屋について聞こうと思って入った建物が偶然宿屋だったんだ」


何それ面白い。その場面が見た過ぎるから勝手に1人で面白いことをしないでほしい。そんなことを胸中で思っている間にもトレヴァーは扉を開けて中に入っていく。私も彼に続いて中に入ればカウンターの奥から店主らしき人がこちらに歩いてきた。


「あぁ、さっきの方ですね。お連れの方というのはお嬢さんのことでしたか」

「初めまして、お世話になります」

「礼儀正しいお嬢さんですね」


店主は穏やかに笑う。そんな店主の首元にも昼間に声をかけた女性と同じペンダントが下がっていた。それを確認してからさり気なくトレヴァーと手を繋ぐ。


「ここの宿は何泊まで可能ですか?」

「いつまででも大丈夫ですよ。この国には聖女様を求めてやってくる旅人も少なくないですから」


店主のその言葉を聞いてトレヴァーと握った手に一瞬だけ力を入れた。ちらっと私を見下ろしたトレヴァーに小さく頷く。意図は察してくれそうな雰囲気だ。


「私たちと同じ人もいるみたいだね、お兄ちゃん」


力を入れたこととお兄ちゃんという呼び方で、話を合わせるべきだということにトレヴァーは気づいてくれた。


「そうだな。やっと聖女様のいらっしゃる国に来れたからしばらくお世話になろうか」


ごく自然な聖女様呼びに感心する。店主は私たちのやり取りを微笑ましく見守ってくれていた。


「お兄ちゃん、1つお願いがあるの」

「ん?どうした」

「折角なら1番高いお部屋に泊まりたいんだけれど…」


照れたようにおずおずと言い出した私にトレヴァーは快く頷いた。


「いいぞ。ここまで野宿ばかりだったもんな。すみません、最上階は空いていますか?」

「空いていますよ。良かったね、お嬢ちゃん」

「やったー!」


話を聞いていた店主は私の頭を撫でると「無くさないようにね」という言葉と共に部屋の鍵を渡してくれた。旅人が唐突「最上階に泊まらせてほしい」なんて言い出したら不審な目を向けられかねないと思って即興で一芝居打ったが、結果的には上手くいって良かった。よっぽどのことがなければ疑われないが、どこで綻びが生まれるか分からないから念には念を入れておく。


「申し訳ないけれど、この宿での食事の提供はないんだ。外にお店が沢山あるから長く滞在するなら好きなお店を見つけてみたらどうかな」

「はい、色々とありがとうございます」


2人でもう一度深く礼をすると私たちは部屋へと向かった。


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