第2話
次の日から私たちは老人の荷台に乗って移動を始めた。荷台の中には様々な物が置いてあったが、私たちが乗っても窮屈に感じないほどの広さがあった。
荷台が動き出し、しばらくしてからトレヴァーは徐に口を開いた。
「なぁ、1つ気になったことを聞いてもいいか?」
「何?」
老人に聞こえないように配慮してか、声を潜めている。何となく重く感じさせる声に無意識の内に肩に力が入る。
「猫はどうしたんだ?」
彼があまりにも真面目な顔をしてそんなことを聞くものだから、私は思わず吹き出してしまった。
「そんなこと聞きたいの?」
「そんなことって…だってロサの影に入ってから出てこないし声もしないだろ」
確かに私の影に入ってからずっと出てこない。老人が昨夜の森で私の目を見ても何も言わなかったということは、今は猫の力を借りていないということだ。
「別に問題はないわ。きっと休んでいるだけよ。前の国の時は巻いても自力でついてきたし」
「どういうことだ?」
「勘違いしているかもしれないから言っておくけど、私が猫を飼っているわけではないの。勝手についてきているだけよ」
「いつからついてきているんだ?」
「…いつからだっていいじゃない。それにほら。猫は気まぐれ、なんて言うでしょ?多分次の国に着いた辺りで出てくるわよ」
「そうか」
揺れる荷台はまた静かになった。
老人を信用しきれないからか眠ることもできず、仕方なく頭の中で次の作戦を考える。国の状況を見ないと何とも言えないが、今回の仕事ではトレヴァーの仕事ぶりを見たいところだ。裏切らないと断言はできないが、国を出てここまでついてきたのだから少しは信用してもいいのかもしれない。
(次の国は噂によると聖女が立てられている。…深追いはしたくないけれど見捨てきれないのよね)
悪になり切れない自分の心にそっとため息を吐けば、トレヴァーは心配そうな顔で私を見てきた。その視線がむず痒くてつい冷たい声を出してしまう。
「どうかしたの」
「眠れないのか?」
「そんなことないわよ」
「俺にまで嘘をつくな」
咎めるような口調に驚いてしまった。まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
「俺のことは信用できないのは分かるがもう少し頼ってほしい。俺は危害を加えるつもりはない」
「そういうわけじゃないのよ。ただちょっと考え事をしていただけ」
「それでも休んでくれ」
こんなこと初めて言われたため、どう反応していいか分からない。私にとっての思考は自分を守るための武器なのだ。
「……分かったわ」
結局出てきた言葉はそれだけだった。それでも彼は満足そうに微笑んでくれた。
老人と出会ってから数日が経った。その間、特にこれといったトラブルもなく順調に目的の国へと近づいていた。今日も荷台に揺られていれば、ガタリと音を立てて止まった。運転をしていた老人が顔を覗かせる。
「今日はこの辺りで泊まろうと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
この数日で何度も繰り返された会話。ゆっくり荷台を下りれば、そこは川に近い開けた場所だった。近くにあった大木に寄りかかって腰を下ろした老人は私たちの方を見て思い出したように口を開く。
「そういえば、お二人は何故南に行かれるのですか?差し支えなければ聞いてもよろしいですかな?」
「母の持病が悪化してしまい、薬を手に入れるために南の国へ行きたいのです」
「そうでしたか。ということは、お二人はご兄妹ですか?」
「はい。…その、父は違いますが」
「これはこれは。申し訳ない」
迷いなく答えるとトレヴァーが真顔で私を見てきたが、全力で無視を決め込む。兄妹にしては年齢が離れすぎているが、色々複雑な事情があると言えば大抵の人は引いてくれる。今回もその例に漏れず、老人は納得してくれたようだ。
「どうかお母様の為にもいい薬を見つけてくださいね」
「ありがとうございます。頑張ろうね、お兄ちゃん」
あえて『お兄ちゃん』という部分を強調すれば、トレヴァーは私の言いたいことを理解したのか頷いた。
「そうだな」
トレヴァーの言葉に老人は嬉しそうに笑みを浮かべた。
翌日、私たちは老人の案内もあり目的の国へと無事到着した。国の少し手前で荷台から降ろしてもらい、老人に向き直る。
「本当にありがとうございます。乗せて頂けなかったら何日かかったことか…」
「こんなことお安い御用ですよ。お2人と旅ができて楽しかったです」
そう言って笑う老人に感謝の言葉を述べてから別れを告げる。手を振って見送り、老人の姿が見えなくなったのを確認して私たちは歩き出した。ここからは自分たちの足で情報収集しなければならない。
「まずは情報収集しないとね」
「宿はいいのか?」
「宿は国によって取る場所を見極める必要があるの。だから後。先に国の様子を見て、違和感から綻びを見つけるのよ。綻びが見つからない場合は諦めて次の国に行くことになるから覚悟しておいてね」
自分が守っていた国を思い出したのか、トレヴァーは一瞬顔を歪めた。過去を捨てるのが容易ではないことは分かっているため、そっとしておく。それにこれからは格段に忙しくなる。緩んでいた気持ちを引き締めないと。
「さて、まずはその短剣を仕舞わないとね」
トレヴァーの腰に下がったままの鞘に視線を落とす。いくら短剣と言えど、人が見たら警戒するに違いない。
「これぐらいよくないか?」
「よくないわよ。いい?私たちはこの国では兄妹として振る舞うの」
「そ、そこまでするのか…?」
「私たちを疑う人、恨む人は必ず出てくる。だから嘘に嘘を重ねて身を隠して、少しでも危険を減らす必要があるの」
私の提案に渋々といった様子ではあったが最終的には何とか理解してくれた。気持ちは分かる。でも少しの隙が後々大きな被害を生むことになるのだ。念には念を。その心が自分の命を救うことになる。
「話を戻すけれど、どうやってその剣隠そうか」
「ローブの裾で隠せばいいんじゃないか?」
「いい案なんだけれど、国によっては入国検査の時に身体検査がある場合があるのよね~…」
影から入国検査を受けている人の列を眺めながら溜息をつく。あの進み具合を見るとかなり厳しい検査を行っているのだろう。
「じゃあどうしようか」
「…ねぇ、何キロまで持ち上げられる?」
トレヴァーは私の言葉に首を傾げた。




