第1話
「大丈夫だったか?」
取引が無事終わり、トレヴァーとの待ち合わせ場所に向かうと先に着いていていた彼は心配そうに私を見た。
「何の問題もないわよ。情報も言い値で買い取ってくれたし」
成人済みの男性が同伴していては警戒されると思い、情報屋との駆け引きは私1人で行なった。言い値を軽く超えてきた時は驚いたが、それだけ価値のあるものだと思っておくことにした。
「じゃあ次の国に行きましょうか」
「あの国の末路は見なくていいのか?」
トレヴァーは名残惜しそうにそう言う。
「どの国に行っても噂であの国の最期は聞けるから大丈夫。逆に近くに居たら巻き込まれるわよ」
「…そうなのか」
貰ったお金をトランクに仕舞い、鍵をかけてから持ち上げる。トレヴァーはその様子を見て、さり気なくトランクを持ってくれた。驚いてしまい、つい変な声が出た。
「ありがとう」
「これぐらいは任せてくれ」
すぐにここを離れようという意見が一致して足早にその場を後にする。
「次はどの国に行くんだ?」
「うーん。いつも国の内情を見て決めることが多いけれど今回はどうしようかな。一応候補はあるのよね」
「候補?」
「聖女が立てられている国があるって聞いたのよ。個人的にちょっと気になってるの」
夜も遅いためできれば宿に泊まりたいが、ぱっと見た感じ泊まれそうな所は見つからない。加えて最寄りの国は先ほどの情報屋がいるから戻るに戻れない。情報屋の中には自分の存在を知った人間を恐れて取引した相手の後を追い、寝込みを襲うことも少なくない。そのため同じ国に居続けることは危険である。
「今夜は野宿になりそうね」
「そうか。じゃあウサギでも狩ってこようか?」
「…あのさ、こんなこと言うのは変かもしれないけれど野宿に抵抗はないの?馴染みすぎじゃない?」
前の国では警備隊の隊長だったとは言え、暮らしは貴族同然だっただろう。そんな彼が野宿に抵抗がないとは思えないのだが。
「戦争になれば俺も前線に出たし木の影で寝ることもあった。だから特には気にならないな」
「そっか」
そう言ってもらえれば有り難い。本人は何でもないように話しているが、割と過酷な生活を送っていたようだ。確かに屋敷にも何日も帰らないことがあったから慣れていると言えばそうなのだろう。
「野宿に慣れているなら、今夜はこの辺りで夜を明かしてもいい?」
「ならあの森でもいいか?流石に開けた所で寝るのは気が引ける」
トレヴァーが指を指した先には森が見えた。確かに開けた所ではあまりにも危険すぎる。頷き、私たちは迷いなく森へ歩みを進めた。
「すぐ戻ってくるから待っていてくれ」
森に着いてすぐトレヴァーは私に荷物を預けると、動物を狩るために短剣1本だけを持って森の奥へ向かった。なぜそんなに信用してくれるのか分からないが、ここは素直に任せておくことにする。
何かがあってもすぐに逃げられるように立ったまま彼を待つ。夜空では月が眩しいほどに輝いており、彼と城の中で邂逅した夜のことを思い出させる。
つい最近のことなのに昔のことのように感じてしまい、思わず苦笑が漏れる。体が限界を迎え始めているのか、少し頭がふらついた。
「ロサ!」
立ったまま瞼が落ちかけたその時、急に名前を呼ばれた。偽名ではあるが、この名前を呼ぶのは今はトレヴァーしかいない。彼は駆け足でこちらに近づいてきた。近づくにつれて彼が困った顔をしているのが分かる。
「どうかしたの?」
「その…」
言いにくそうに視線を彷徨わせていたトレヴァーだったが、意を決したのか私の方を向いて口を開いた。
「…困っていた人がいたから助けたらお礼をしたいと言われて…」
「え?」
話を聞くもよく分からない。
「どんな人だったの?」
「老人だ。荷台を馬に引かせていて、1人だった」
「なるほどね」
話を聞く限り商人だろう。色々疑問に思う部分はあるが、もし本当にお礼をしてくれるのなら荷台に乗せてもらい移動したいところだ。お金は節約して損はない。
「分かった。その人の所へ連れて行って」
「いいのか?」
「うん。でも警戒は怠らないで。一瞬でも不審な動きを見せたらすぐに動けるように備えておいてね」
「分かった」
私はトランクを持ち上げて歩き出した彼の背中を追った。少し歩くと1台の荷台が見えた。髭を生やした老人がトレヴァーの顔を見るなり顔を綻ばせた。
「戻りました」
「おお、お前さん。おやおや、お嬢さんまで。どうも初めまして」
「こんばんは」
「いやー、彼が狼を追い払ってくれたから助かりましたよ。本当にありがとうございます」
老人はそう言って何度も頭を下げた。
「どうしてこの森で野宿をしていたのですか?」
「目的地の国が少し遠いので宿代を節約しようとした結果です」
照れたように頭を掻く老人に呆れてしまい何も言えない。どうやらトレヴァーが話した内容は事実だったようで、老人は私にもお礼がしたいと言ってくれた。
「これからどちらへ向かわれる予定ですか?」
「ここから南にある国へ行きたいと思っています」
「まぁ、そうなのですね!それならばご一緒してもよろしいでしょうか?私たちも南側に用事があってどなたかに連れて行ってもらおうと考えていたのです」
老人は私の言葉に大きく頷いた。
「勿論ですとも。荷台で良ければ乗ってくださいな」
「ありがとうございます」




