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第11話

その後のパーティーは何に問題もなく終わった。皆が片付けに追われてせわしなく動く隙をついて城から抜け出す。


「今夜中にこの国を出るわよ。今ならまだ招待客に警備が偏っているだろうし」

「分かった」


屋敷の自室に戻り、予め買っておいた新しい簡易ドレスに着替える。ローブを着ていると怪しまれかねないからこの服装の方が便利だった。これもまた、今まで色んな国を渡り歩く中で身につけた知識だった。


部屋の窓を開けトランクを持ち直した時、部屋の扉がノックされた。警戒して無言で部屋の物陰に隠れると、ノックした人物は名乗る。


「トレヴァーだ。少し話したいことがある」

「…何でしょうか。話したいことなら扉越しでお願いします」


自分を捕まえに来たのではないかという不安があるためドア越しに声を張れば、扉の向こうから躊躇った気配を感じる。


「…扉越しでいいのか?その、先ほどの話なのだが」


ここはメイドや執事が寝泊まりする寮である。そこでトレヴァー様が扉越しにメイドと会話をするというのはだいぶ変な光景である。人が集まることは1番避けたかったため、仕方なく部屋の鍵を開ける。


「分かりました。入ってきたらすぐに鍵を閉めてください」

「あぁ、約束する」


部屋に入って来たトレヴァー様は約束通り鍵を閉めた。そして攻撃する意思がないことを表したいのか、両手を上げた。


「武器は何も持っていない。剣も置いてきた」

「…こんな時間に警備隊の隊長様がここで何をしているんですか」

「……これから滅びる国の警備しても意味ないだろう?」


トレヴァー様は苦笑しながら私を見た。


「それでお話とは?」

「ロサはこの国を出たらどうするんだ?」

「…それを聞いてどうするんですか」


私の正体を知ったトレヴァー様は私を引き止めたいのだろうか。そんなことを考えながら警戒して彼を見ると、彼は真剣な表情をしていた。


「俺も連れて行ってほしい」

「はぁ?」


思わず声を上げてしまった。慌てて口を塞ぐが、トレヴァー様は特に気にしていない様子だった。


「子どもを売ったり、金儲けのために戦争を起こしたりするような国にこれ以上居たくない」

「……このお屋敷や地位だけじゃない。名前も過去も、今の容姿も捨てるんですよ。生半可な気持ちでついてきたいなんて言わないでください」

「覚悟はできている」

「だからそういう、」


言い返そうとした時、彼の子どもらしい部分が見えた気がした。


彼は国を守りたかった。


でもその国はもうすぐ滅びる。


予想だが、彼の地位や名誉は国を守り続ける中で勝手についてきたものなのだろう。彼が本当に純粋で大きな子どもなら、きっともう何も手元に残っていないのかもしれない。


「いいじゃないか」


その時、影から猫が出てきた。そのまま机に飛び乗ってトレヴァー様に近づく。


「使えないのならば囮にでもなんでもすればいい」

「そんな簡単に言わないでちょうだい」


溜め息をつけば、トレヴァー様はハクハクと口を動かしていた。その反応を見て、猫が私以外の人間がいる前で普通に言葉を発していることに気づいた。


「話すところ見られてよかったの?」

「ああ、しまった。秘密を知られてしまったわけだし、連れていくしかないな」

「色々と雑だし、わざとらしさを極めているわね」


猫は私の言葉を無視してトレヴァー様に話しかけた。


「時に人間。お前は法を犯せるか?」

「え?」

「この娘についていきたいのならば、情を持つ暇などない。常に人を疑い、常に人を欺く。それがお前にできるのか?」


猫の問いかけに、トレヴァー様はすぐに答えられなかったようだった。しばらく黙っていたが、やがて首を横に振った。


「無理だ。俺にはできない」

「そうだろう。大抵人間は弱い生き物だ」


猫はそう言って私を見る。何よ、私は多数に含まれないとでも言いたいの?トレヴァー様は俯いていた。しかしすぐに顔を上げた。


「それでも俺はついて行きたい」

「その理由は?」

「楽しそうだから、という理由ではダメか?」


その答えを聞いた猫は大きな声で笑った。あーあ、猫のツボに入っちゃった。


「良いぞ良いぞ!!だから人間は面白い!」

「これだけ腐った国を滅ぼすきっかけがここにあるなんて最高だと思うんだよ。それも、武力や権力ではなくただの旅人に滅ぼされるなんて」

「気に入った!連れて行こう!!」

「ちょ、ちょっと待って」


盛り上がっている2人に割って入る。


「あなたたちだけで話を進めないで」

「なんだ、文句があるのか」

「あるわよ。言わせてもらうけれど、これはお遊びじゃないの」


そう言うと、猫とトレヴァー様は顔を見合わせる。


「それでも面白いと思ったし、何より俺も参加したいとも思った」

「……それ本気で言ってます?」

「さっきから嘘なんてついていない」


心外だとでもいう様にトレヴァー様は唇を尖らせる。私は頭を抱えたくなった。なんで猫とトレヴァー様が息合ってるんだよ。


「というか、ここで長々と話していいのか?あと1時間もすれば夜が明けるぞ」

「あっ!そうだ、今日出る予定だった!!」


猫の言葉で時計を見れば、予定よりもだいぶ時間が経っていた。トレヴァー様は何に慌てているか分からないようで不思議そうに私を見る。


「朝日が昇る前にこの国を出るんです。今日ならまだ招待客が城に滞在しているので警備に偏りがあるので」

「…確かにそうだが、よくそんなところに気づくな」

「まぁ、場数踏んでますので」


セーズ様から拝借したトランクを開けて中の服をトレヴァー様に渡す。


「今すぐこの屋敷にあるお金や売れそうなものを持ってきてください。あと衣服も数着。そのあとここに帰ってき次第、この服に着替えてください」

「…え?」

「ついてくるんでしょう?これからは様付けなんて誰からもされないし、私もする気はないので」


そう言って笑ってやれば、トレヴァーはキラキラとした少年のような目で私を見てきた。


「分かった!!」


そのまま走って部屋を出ていく彼を見送ってからため息をついた。



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