第10話
パーティーは問題なく進行しているようで、会場からはクラシックが聞こえる。この国の未来はもうすぐ無くなるというのに楽しそうなことで。
「さて、念のため最後まで頑張りますか」
「お前さんは本当によく働くな」
「意外かもしれないけれど労働は嫌いじゃないの」
「なのに国を滅ぼすと?」
「これはこれ。それはそれよ」
影の中から目だけ覗かせる猫と話しながら歩いていれば、急に猫が黙った。私もそれに倣って周囲に注意を向ければ1人分の足音がする。招待客だと厄介なので姿勢を正して歩くも、角から出てきたのはトレヴァー様だった。
「お疲れ様です」
「お疲れ。……セーズ様はどうなさった?」
会場から離れたこの廊下は人が寄らないから気を抜いていた。不思議そうにそう聞いてくるトレヴァー様に舌打ちをしかける。やっぱりセーズ様に絡まれるところを見られていたか。ここまでは想定内のため、予め用意していた言い訳を使う。
「セーズ様はお疲れだったようで、ワインを飲まれた後熟睡されました」
「何?」
「大変気持ち良さそうに寝ていらっしゃいましたので起こすことができず、失礼を承知で部屋を出てきました」
「………」
「何かありましたでしょうか?」
考え込むような素振りを見せた彼に尋ねてみると「いや」と首を横に振られる。この言い訳に違和感はないはずだ。
「それでは私は仕事に戻らせていただ、」
「待て」
立ち去ろうとしたところで呼び止められて振り返ると、彼は顎に手を当てたままこちらを見ていた。嫌な予感がするが無視はできない。こういう時は下手に動かない方がいい。できるだけ平静を装って微笑むと、彼は腰につけた剣に手を伸ばして口を開いた。
「…お前、嘘をついているだろう」
「……何を仰っているのか分かりません」
「セーズ様は最近不眠に悩まされているとお嘆きになっていた。しかし昨夜はよくお眠りになられたようで、今日は昼過ぎに起きられた」
「…それと私に何の関係があるのですか?」
「不眠に悩まされているセーズ様がパーティーの夜にお眠りになる?それもお前が部屋を出ても気づかないほどに?」
くっそ、完全に劣勢だ。セーズ様が不眠症なんて知らないし、そもそもこんなにトレヴァー様が鋭いとは思わなかった。
「そう仰られましても、私は身に起きたことをそのままお伝えしているだけです」
「ならなぜそんな顔をするんだ」
トレヴァー様は私の目を真っ直ぐに見つめてくる。まるで心の底まで見透かすような目に不快感を覚える。
「……どんな顔でしょう」
「…そうだな。『変に大人びた顔』とでも言おうか」
トレヴァー様はそう言って剣を鞘から抜いた。窓から差し込む月明かりが剣に反射してどことなく不気味に感じる。
「私は見ての通り子どもですよ」
「あぁ、だが大人のようにも見える」
剣先が容赦なく私に向けられる。あー、これは面倒くさいことになった。
「…お前、何者だ?」
これは変に言い訳をしない方が良いと思った。それに、どうせこの人には止められない。
「何者でもありません。ただの噂好きの放浪者です」
「噂好き?」
トレヴァー様は首を傾げる。それでも警戒を怠っていないのか、剣の先が揺れない。さすが警備隊の隊長様と言ったところか。
「トレヴァー様はこの国の資金の出所はご存じでしょうか」
その質問にトレヴァー様は明らかに動揺した。それを確認してから言葉を続ける。
「私が得た噂では、子どもを売買して得た金がこの国の資金になっているとか」
「何故それを…、」
「やはりご存じだったのですね」
彼が驚いている隙に後ろに下がって距離を取る。月明かりに晒されない所まで下がれば、彼の目が大きく開かれた。
「猫…」
トレヴァー様は私を見てそう言った。きっと私が影に入ったことで私の目が猫のようになっていることに気づいたのだろう。その言葉に影の中から猫が笑う。
「…あなたにも私が猫に見えるんですね」
「……」
「私のことを『大人』と言うならば、私にはあなたが『子ども』に見えます」
国を守り続けるために正義を振るう大きな子ども。
守っている国が悪だと知っていても、目の前の彼は守るしかないのだろう。
「…もう一度聞く。お前は何者だ」
「放浪者です」
「……いや、聞き方を変えよう。何を企んでいる?」
トレヴァー様は剣を持ち直した。
私は息を吐いてから彼を見据えた。
「私がこの国を滅ぼすきっかけになります」
「は?」
「汚い金で続く国なんて面白くない」
思ったままのことを言えば、トレヴァー様は呆気に取られたように固まってしまった。今のうちに逃げるかと踵を返すと、後ろから声がかかる。振り返ればトレヴァー様は先程と同じようにこちらを見つめていた。しかしその目からは敵意を感じなかった。むしろ、どこか悲しげな目だった。
「…滅ぼしてくれ」
「え」
震えた声で言われて驚く。思わず足を止めれば、トレヴァー様はそのまま続けた。
「こんな国、早く滅ぼされるべきだったんだ」
剣を鞘に収めたトレヴァー様は泣きそうな顔をして頭を下げてきた。
「頼む」
「ちょ、ちょっと……」
「もう子どもたちのことを見て見ぬ振りできない」
そう言って顔を上げたトレヴァー様の顔は、今まで見たことがないぐらい苦しそうで、悲しそうで、悔しそうだった。
__この人は本当はこの国を愛していたのだ。
直感でそう感じた。
トレヴァー様は窓から街を見る。広がっている街の地下には今も牢に入って苦しんでいる子どもたちが大勢いるのだ。水面下に全て隠されているため、街の美しさが皮肉でしかない。
「俺はここで何も見ていない。だから早く行け」
「……セーズ様は私に盛ろうとした睡眠薬入りのチョコレートを食べて眠っています」
「…分かった」
今度こそその場から離れようと歩き出す。トレヴァー様は何も言ってこなかった。