第1話
「お兄さん、ちょっといいですか?」
雨の降る暗い路地裏で1人の少女はある男に声をかけた。豪華とまでは言えないが、所々に高級感を感じさせる服装をしている。さらに少女は可愛らしい顔立ちをしており、綺麗な銀色の長い髪、透き通った紫色の瞳を持っている。
「どうしたんだい?」
優しそうな笑みを浮かべて男は返事をした。彼が足を止めたことに気を良くしたのか、少女も嬉しそうに微笑む。
「お願い事があるの」
手招きをして近づいてきた男性の耳元に口を寄せる。
「あのね、私が知った秘密を買い取ってくださらない?」
驚いた顔をして固まる男性に少女は優しく微笑んで言葉を続ける。少女の声はとても甘く、まるで砂糖菓子のように溶けてしまいそうだ。男性はゴクリと唾を飲み込み、なんとか声を出す。だがその声には震えがあり、恐怖を隠しきれていない。それでもなんとか言葉を紡ぐ。
「それはどういう意味だい?詳しく教えてくれないか?」
少女はその問いを聞いて妖艶な笑みを見せる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、聞いた?ここから西にずっと行った国で内乱が起こったらしいわよ」
「聞いた聞いた!なんでも貴族の不正が公になったことがきっかけだとか」
「えー!?それ本当!?じゃあ今この国は大丈夫なのかしら?」
「分からないけど……もし本当に内戦になったら大変よね……」
偶然すれ違った2人の女性がそんな会話をしながら歩いていた。
その話を聞いて思わず笑ってしまった。
「あのお兄さん、もう動いたんだ」
小声でそう呟くも誰も気に留めない。そのまま女性達の横を通り過ぎる。
「やっぱり情報屋やってるだけある人だったな~」
私の予想以上の動きだ。まぁ、私は情報を予想以上の高値で買い取ってもらえたから十分なんだけれどね。適当な飲食店に入って適当に料理を注文する。料理が運ばれてくるまでの間、窓から見える街の様子を観察してみる。馬車も通っているし、建造物の造りもしっかりしている。でもこういう綺麗な国ほど大きな秘密を抱えているものである。
「…次はこの国かな」
私の呟きをかき消すかのように、美味しそうな匂いと共に料理が運ばれてきた。それを食べながら頭の中で今後の計画を練る。とりあえず、いつも通り街を歩いて雰囲気を掴もう。それで良さそうな場所があったらそこにしばらく留まってもいいかもしれない。
「にゃーん」
ご飯を食べ終えてからお店を出れば、黒猫が近寄って来た。首輪も特徴もないが見覚えのある猫に手招きをして大通りを外れ、裏道に入る。理解したようについてくるその猫は周囲に人がいないことを確認すると口を開いた。
「全く、どこに行ったのかと思ったよ」
「どこに行ってもいいでしょう。どうせあんたは私を見つけるんだから」
そう言い放てば、猫は気味が悪いほどにっこりと笑う。
「この前までいた国も滅ぼして、今度はここも滅ぼすつもりかい?」
「滅ぼすなんて人聞きが悪い。私は生きるために仕方なく偶然得た情報を売っただけよ」
「人間は皆そう言う」
通常の猫の2倍近くありそうな尻尾で口元を隠して楽しそうに笑っている。
「その薄情で自分勝手な所が本当に面白い」
「褒められても何も出ないわよ」
猫はいつの間にか私についてくるようになっていた。いつからついてきていたのか、そもそもどこから来たのかすら知らない。最初は警戒していたが、特に害はないと判断して放置していたら急に話すようになったのだ。
「面白い、面白い。命が1つしかないと知ると死に怯えて生きるものだがお前はそうではないのだな」
「怯えて生きて何になるのよ。私は刹那主義なの」
「ほぅ?それはまた何故?」
「長くだらだらと生きていても仕方がないじゃない?だから私は短い人生を楽しむの」
私の答えを聞いて猫はこれまた面白そうに笑った後、短く鳴いた。
「全く、これだから人間は見ていて飽きないのだよ」
「それ褒めてる?」
「褒めているとも。では、さっそくだが偵察といこうじゃないか」
「当然のようについてくるのね」
猫は当たり前だと言わんばかりに大きく欠伸をする。そして、次の瞬間には消えてしまった。いや、消えたように見えただけで実際は違う。私の影に入り込んだのだ。
「ほんと、化け猫もいいところね」
「長いこと生きていると色んな知恵もつくものさ」
脳内に直接届く声に身震いする。何度体験してもこの感覚に慣れない。
「ほら早く」
「はいはい」
裏道から大通りに戻ると、先程までと変わらない風景が広がっていた。行き交う人々を見て小さく息をつく。
「この国は結構繁栄しているから王族に直接接触するのは危険ね」
「そうだな。繫栄しているということは警備体制が整っているということだ。慎重に行動すべきだぞ」
「分かってるわよ」
猫の言葉に素直に返事をしながら歩く。しかし、偵察も兼ねて街を歩いているうちに何か違和感を感じた。
「……ねぇ、何か変じゃない?」
「あぁ、確かに妙な雰囲気を感じる」
この国に入ってからというもの、ストリートチルドレンを見かけていない。今まで色んな国を見てきたが1人もいない国なんてなかった。
「…ストリートチルドレンどころか野良猫もいないなんてことある?」
「どうだろうな。意図的に隠したり、排除している可能性も考えた方がいいかもな」
とりあえずできるだけ町の中心から離れた宿に泊まるため、足早に移動を開始する。
「この国にはしばらく滞在するつもりなのか?」
「えぇ、そうよ。小さな情報でも高く買ってくれそうだしね」
できるだけ街の中心から離れた所の宿を目指して足を進める。街の中心は確かに人の動きが観察できるが、情報は誤魔化されたものしか見当たらない。
狙い目は街の中心から離れた国境付近。
他国との隠密活動や人身売買は街の中心から離れてしまえば案外宿からでも見ることができるものだ。
「…本当にストリートチルドレンがいない」
どんな裏路地を見ても見当たらない。それどころか生活していたような痕跡もない。
「お前はどう思う?」
「……綺麗すぎるのが逆に異様。本当に誰も生活していないなら路地裏はもっと汚れているわ」
そう答えると猫はククッと喉を鳴らして笑った。私の影から金色の目がこちらを見つめている。
「これは誰かが意図的に痕跡を消しているな」
やはり猫もそう思ったようだ。これなら追求すればもっといい情報も出てくるかもしれない。
「……まずは人身売買の線を考えて窓側の部屋を取らないとね」
できるだけ国境に近い宿を探して入ってみる。宿の受付では若い男性が1人、何かの作業をしていた。
「すみません」
「はい、どうかされましたか?」
「えっと、今日、泊まれますか?」
「お1人で?」
「うん」
「申し訳ないのですが、未成年のお子様1人での宿泊は…」
またこれだ。そういえば前の国の宿でも同じことを言われた。
「……私の祖国、内乱で…無くなっちゃったの。パパも…、ママも…」
「あ、もしかして西の…」
店主は何かを察したように言葉を詰まらせた。それから少し考える素振りを見せた後、カウンターを回って来て私と目を合わせるように屈んだ。
「この国には何をしに来たの?」
「お仕事を探しに来たの。お金ないから…他の宿は高くて泊まれなかった…」
「そっか、大変だったね。…じゃあお仕事見つかるまではここの宿に泊まっていいよ」
「本当!?」
「うん、宿代もいらない。その代わりお手伝いしてもらえるかな?」
「うん!頑張る!」
男性は私の手を引いて部屋に連れて行ってくれた。
「ここでいいかな?」
その部屋からは偶然にも国境辺りが見えた。問題はなさそうだ。私は男性に向けて精一杯の笑顔を向ける。
「うん、このお部屋好き!」
「気に入ってくれてよかった。じゃあお手伝いは明日からでいいから今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう!」
扉が閉まったのを確認してからため息を吐く。
「何度見てもお前の演技は面白いな」
「揶揄わないで。この演技のおかげで情を誘えて宿代も浮いたのよ」
「それを差し引いても、あんな無知な子どもを演ずるなんて」
「背が低いせいで実年齢よりも幼く見られるの。むしろ運が良かったわ」
猫は私の影からずるりと出てきた。毛を逆撫でされるような不快感に身を震わせる。
「あの祖国でも何でもない国の内乱を起こしたきっかけを作ったのは他でもないお前だというのによくもまぁ、あんな嘘を平気でつけるものだ」
「…褒め言葉として受け取っておくわ」
ベッドに仰向けに倒れれば、部屋を散策していた猫が不思議そうな顔をする。
「おや、もう寝るのか?」
「うん。今寝ておかないと夜に起きていられないでしょ?夜が本番なんだから」
「夜が本番とは。まるで我々のようなことを言う」
「化け猫と一緒にしないで。おやすみ」
本格的に寝る準備をすれば、猫もベッドに乗ってきて丸くなった。
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