私のこと好きすぎでしょ
発情期と言うものがある。昔四本足だった頃の名残で、今では季節によるしばりはないはずなのに、定期的に必ずそう言う時期がある。
個人差があって人によっては我慢できなくてまともに仕事なんてできない。どんなにひどい人でも一日かけて解消すればすっきり治まるけど、我慢しようものならそれが一週間以上続く。大体の種族においてそうだ。
なので、大体の職場で発情期休暇と言う制度がある。当然国の直轄である王宮に宮仕えとなるあたしにも、同僚となった愛しの妻、ティアにもその権利がある。
「なんでー? なんでお休みとってくれないのー!?」
発情期休暇は正式に籍をいれているカップルなら相手の発情期に合わせてもとることができる。なのに、このあたしが発情期になったと言うのに、ティアが仕事に行くというのだ。猫族だったら離婚されてもおかしくないくらいありえない選択だ。
「犬族はみんなとらないって言ってるでしょ。発情期も我慢できないと思われるなんて恥ずかしすぎるでしょ」
「本能だよ!? なんにも恥ずかしくないでしょ!」
「学生時代は大丈夫だったでしょ」
「去年と今年で大きな違いがあるでしょうが!」
去年は確かに、ティアのこと意識してたけどそう言うおかずにするのも申し訳ない、と思いながらおかずにして一日引きこもっていた。うん。とっても気持ちよかった。
でもね、去年のあたしは生娘だったんだよ? そんなのいくらでも我慢できるって。あれからティアとどれだけ一緒に寝て、どれだけ開発されたと思ってるの? そんなの、一人でなんて我慢できないに決まってる!
と切実に訴えて抱き着いてキスしようとしたのに、ティアはあたしを軽く抱きしめてかるくキスをしてあたしを油断させておいて、ぺいとソファに転がしてさっさと出て行ってしまった。夜は相手をしてあげるからと言い残して。
もー! 夜からしたって、明日の朝までにおさまるかわかんないじゃん! ていうか朝に間に合っても仕事できないって! 猫族的には相手がいるのに二日も発情休暇をとるほうが恥ずかしいって言うのに!
「きゅーん! んあー! ばーか!」
去り行く背中につい甘えた声をだしてしまうも、すぐにばたんと玄関ドアがしまった音がして、私は興奮のあまり子供みたいな悪態をついてしまう。
もう私だっていい大人で、普段ならこんなことさすがに言わないけど、でも、発情期中はもう頭が馬鹿になっちゃってるから仕方ないのだ。
あああ、おさまらないよぉ。私はさっきティアに抱き着いた勢いで乱れていた服を脱いで下着姿になりながら寝室にはいる。
あたしたちはラブラブ新婚カップルではあるけど、普段は別々の布団で寝ている。あたしの寝相が悪いので、一組の布団では狭いし危ないのだ。
お互い鼻がいいのでえっちなことはお布団を汚さないようにしてきた。でももう知ったことか!
あたしは寝室にはいり、自分の布団をとおりすぎて奥のティアの布団に潜り込む。まだ朝起きてからそんなに時間がたってないから、ほんのりあったかくて、ティアのいい匂いがする。
ティアの枕に頭を押し付ける。ふんふん。前回洗ってから三日しかたってないけど、ずっと使っているからか枕カバーにはティアの匂いがたっぷり染みついている。
「んふぅー」
掛け布団ぐっと抱えて足の間に挟み込むようにして抱きしめる。下着の上から少し圧迫されただけでちょっと気持ちいい。興奮して普段ならそんなことしないのについ枕をぺろぺろしてしまう。あー、布地の肌触りまで興奮する。あたしはそのまま下着を脱いだ。
〇
自分が発情期になる時は数日前から肌が敏感になってなんとなくわかる。だからフィルの休暇は申請してるはずだし、フィルが休む分には問題ない。
だけど発情期休暇って、要は仕事を休んで一日しますと言う宣言だ。普通にめちゃくちゃ恥ずかしい。犬族は種族的に比較的理性が強いこともあって、犬族全体で発情期休暇は恥ずかしいと言う風潮がある。
個人差はあるから誰かがとったからって非難はされないけど、でも自分がするのは恥ずかしすぎる。そう言うのは夜とか休みにこっそりするものだ。
そう思って、私より先にきたフィルの発情期にも休みをとる気は最初からなかった。だから行かないと無断欠勤にもなるのだから、私は心を鬼にしてフィルをおいてきた。
耳を折り尻尾をたらして縋ってくるフィルには、正直私の発情期も早まりそうにすら感じたけど、でもまあ食事も置いてきたし夜まで大丈夫だろうと家を出た時は思っていた。
「……あの、すみません。午後からお休みをいただいてもいいですか?」
だけどいざ働いてみると、フィルがあの調子で一人でいることを考えて仕事に集中できなかった。もしかしたら泣いてるかもしれない。
去年までのフィルは普通に自室にこもっていたので、大丈夫だろうと思っていたけど、あの朝の反応はちょっとひどかった。
だから余計に心配になってしまって、だから、仕方ないのだ。お休みをとってしまったのは。
先輩に生暖かい視線をもらいながら、私はお昼に家に戻る。ご飯を食べてなかったら無理にでも食べさせよう。
と思いながら玄関を開ける。
「ただいまー、大丈夫そう?」
「……」
返事がない。いや、なにやら声が聞こえる。私は玄関の施錠をしてからそっと音の発生源へ向かう。朝、フィルをのせたソファには何やらシャツと短パンがおいてある。
そっと寝室の扉を開ける。
「!」
「ぁ……ぁ!」
少し開けただけでむわっとフィルの匂いが私の体を包んで、ぞくっと体が反応するのを感じながら、全開にする。部屋の中は私の掛け布団が膨らんでいて、もぞもぞ動いて中からフィルの声がする。
私は足を揃えて太ももをしっかり合わせながらしゃがみ込み、ひざをついて掛け布団をめくりながら頭側からのぞきこむ。
「えっ、あっ、ティアぁ……おしごと、おわったのぉ?」
布団の中にいたフィルは予想と違って、下着を身に着けていた。だけどそれは、私のものだった。フィルの胸はつつましやかなのでスカスカでぱっと見でわかった。
それだけではない。私の下着が上下ともに布団の中にはあって、尻尾にもショーツをからませていて、まるで巣作りみたいだ。猫族にそんな習性はないでしょう。なんて冷静な突っ込みは、口からでてくれない。
布団の中はさっきのものを超える濃厚な匂いで、フィルは真っ赤な顔でうるうる瞳でおくちも半開きで私を見ていて、私はもう我慢できなくなっていた。私はつばを飲み込んでから、自分の服を脱ぎながらフィルを抱きしめた。
〇
ティアの下着をつかって誤魔化すほど、ティアがいないことが物足りなくて半泣きになっているとティアが帰ってきてくれた。もう半日もたっていたのかと頭が働かないまま、ティアとそのまま布団の中で暴れまわった。
ちょっと正気が戻ってきてお腹すいてきたかも、もうすぐ夜明けかな? と思いながら時計を見ると、夕方だった。
「てぃ、ティア、もしかして休暇とってくれたの?」
「あー……仕方ないでしょ、朝の様子をみちゃったら一人にはできないし。いったんご飯食べるよ」
「ティアー!」
朝にあんなことを言っておきながらお昼に戻ってきてくれたらしい。嬉しすぎて裸のままでキッチンまで移動してまずは水分補給と水を飲んでいるティアを押し倒した。
「もう、日が沈んじゃったじゃない。フィルもお腹へったでしょ? すぐ用意するから」
「ティア、ありがとう。きゅぅーん。ティア大好き。好き好き」
それが落ち着いてからティアはあたしの頭を押さえてぷりぷりしながら、珍しくお腹をならしながら手早くエプロンを身に着けた。
そしてお尻の上の尻尾を左右にふりふりしながら料理を始めてしまう。ただでさえティアの尻尾は黒くてきゅっとカーブを描いているのが可愛くて魅力的なのに、お尻の上でそれをふられたら、空腹で落ち着いていた興奮がまたあがってきてしまう。
「てぃ、ティア……ちょっとだけ、抱き着いてもいい?」
「えー? もう仕方ないなぁ」
尻尾を目でおってじりじりと近づきながらそう言うと、一瞬だけちらっと振り向いたティアは尻尾をあたしの顔の前でぶんぶんふりながらうなずいた。
あたしはそのまま抱き着いてお尻にキスをしてティアの力が抜けてしゃがみ込んだところを抱きしめてもう一回キッチンの床でいちゃいちゃした。
「もう一回、もういっかーいー」
「今度こそお腹減ったから待ちなさいって。もうっ、できるからっ、馬鹿っ」
「ふきゃっ」
そしてまたお腹が減ったところでぐちゃぐちゃになったエプロンを脱ぎ捨て、あたしのエプロンをつけたティアの姿にさすがに今度こそはと我慢していたけどいい匂いがしてきたあたりでやっぱりじっと見るほど裸エプロンがえっちすぎてもう一回のお願いをしながら強引に手を伸ばすと頭を強めに叩かれてしまった。
「うう、はーい。ごめんなさい」
「まったく。お腹減ってるでしょうが。と言うかさすがに一回服をきなさい。もう普通に晩御飯だし、私も着るから」
「えっ、ま、まだしたいんだけど……」
空腹で抑えられていても我慢してでもしたいな、くらいにはまだ欲求があるのに、これでおしまいなんて。明日休むのは恥ずかしいけど、ちゃんと仕事できるかな。
としょんぼりしながらもなんとか妥協点をさぐろうとそう下手にでながらお願いしてみる。上目遣いで、ティアの好きな自分の尻尾を前にやって先をティアに向けながらじっと見つめる。
「はぁ、お風呂の後ね。とにかく服を着て」
「はいっ」
あたしは寝室にもどった。これ以上ここにいて駄々をこねて機嫌を損ねてはいけない。さっきの結構本気の拳骨だったし。
あたしは服を着てから、ティアの分も服を用意する。半分くらいあたしがべたべたにしてしまったのが目に見えてわかって申し訳ない。
「ティアー、服持ってきたよ」
「ありがと。でも向こうで着てくるから」
「え?」
「なんで先に着させたと思ってるの? どーせ、私が服を着るところ見たらすぐに脱がせにかかるでしょうが。まあ、裸でも一緒だったけど」
「うっ、ご、ごめんなさい」
服を受け取ったティアは首を傾げるあたしにジト目になってから寝室に入ってドアを閉めた。
「……」
ちょっとだけ覗きに行きたくて一歩足がでてしまったけど、あたしは気合で方向転換して、ティアがつくってくれた食事をお皿にいれておく。
この発情期でだいぶあたしの株が下がってしまっている気がするので、ちょっと冷静な今のうちに少しでもマイナスを消しておかないと。
そうして何とか取り繕いながら食事を終え、順番にお風呂に入る。ここでも疑われて先に入れられてしまったので、あたしは自分の尻尾の毛づくろいをしながらティアを待つ。
ティアはあたし自慢の長い尻尾が好きなので、ちゃんと綺麗にしておかないと。毛並みがそろってないと、気持ちよくないもんね。
「ふー、お待たせー」
「ティア!」
「わっ、ちょっと待った。髪も乾かしてないし、スキンケアもまだでしょうが」
髪を拭きながら脱衣所から出てきたティアに、私は抱き着いてそのまま寝室にエスコートしようとするも、ティアが抵抗しようと踏みとどまる。
「きゅーん。濡れてるティアも可愛くて綺麗で好きだよ」
しっとり濡れた髪を手でとかす。黒くて綺麗なティアの髪は濡れたことでますます艶めいてみえて、とっても綺麗だ。口に入れたら怒られるからしないけど。
尻尾をティアの太ももに巻き付けながらお願いすると、ティアは大きなため息をついた。
「はあぁぁ……まったく、本当にフィルってば、私のこと好きすぎでしょ」
そしてあたしを見て、仕方なさそうにふっと笑った。ティアのそう言う器の大きいところが、私の全部を受け入れてくれるところが、本当に大好きだ。
初めて会った時からそうだった。周りに猫族は誰もいなくて友達のいないあたしが、いきなり友達になろう、ライバルになろうと言って、今思うとなれなれしくてうっとうしいと思われても仕方ないだろう。
だけどティアはいつだって優しく受け入れてくれた。あたしと一緒に勉強して、一緒に遊んで、いつだって一緒にいてくれた。
昔猫族が多い地区にいた時は、あたしはどちらかと言えば浮いていた。猫族の子は勉強とか将来の安定とかそう言うのに興味がない子ばかりで、価値観がずれていた。
目標通り入学できたのが嬉しくて、この学校の犬族の子なら仲良くなれるかもしれない。そう思って、主席のティアにも話しかけていたのだ。
今なら犬族と比べるとあたしは不真面目でいい加減な方だから、普通の犬族とはここまで仲良くなれないだろうとわかる。
でもだからこそ、あたしとティアの出会いは運命みたいなものなんだって思う。
「うん。大好き。愛してるよ、ティア」
「……うん、私も、愛してるよ」
ティアはそう言って、かすかに照れたように笑った。
何度も肌を重ねても、自分の好意を口に出すときに照れてしまう。そんな初心なところもあるティアが本当に可愛くて、私は幸せだなぁと思いながら、ぎゅっとティアを抱きしめるのだった。
おわり。