爆ロリの矜持 ~8歳だろうが、淑女ですが何か~
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聖アントワークス学院は、本来 若人たちが共に夢を語らう学業の場、であるのだが。
貴族の子息が多く通うこの学院では、学生同士が派閥に分かれ、徒党を組み、謀略を図る――疑似的な社交界が形成されている。
この小さな社交界を牛耳る者は、それすなわち、次の時代の王国の基盤を担うことを意味するのである。
そして今日、聖アントワークス学院に、新たな寵児が入学する。
「諸君!新しくこの学院の仲間になる、ディアブロ大公家が長女、アイン・ド・ディアブロ嬢だ!若干8歳にして、異例の飛び級である。
慣れないことも多いだろうから、同輩ならびに先輩諸君は、しっかりと教えてやるように、以上!」
週に1度開かれる全校集会。1学年から6学年までが大食堂に一堂に会し、教頭の紹介に耳を傾ける。
聖アントワークスは一般的に、12歳になる子息・令嬢に入学案内の手紙を届けるため、1から6年生はそれぞれ12歳から18歳の学生たちで構成されている。
アインは1学年に編入するとのことだから、4年分の飛び級になるわけだが……最高学年の18歳と比べると、その差はおよそ10歳にもおよぶ。
この学院では、年齢に関係なく「4つの寮」に割り振られ、学年の垣根を越えて、授業以外の日々の生活を共にする。
そしてアイン嬢にも彼らの招待が届くわけだが――――
「やあ、噂はかねがね聞いているよ。我が国の王族の血を引く大公家、そのディアブロ家の中でも歴代で1番の鬼才だとか。”お兄さん”の件は残念に思うが君には是非、我らが “金獅子の館” の一員として活躍してもらいたいね」
先陣を切って彼女に近づいてきたのは、4大領の一角にして、由緒ある血統者か成績優秀者しか入れないとされている”金獅子の館” の寮長マルコ・ランガルドだった。だが
「ふん」
この学院に通う者なら、喉から手が出るほど欲してやまないその招待を、アインは一笑に付した。
「”下位の貴族が上位の貴族に許可なく話しかけてはならない” この学院は小さな社交界だと聞いたが……そうでもないようだな」
明らかに挑戦だとわかるアインの発言に、会場に集まっていた生徒たちがどよめく。
おい、アイツわかっているのか?金獅子の誘いだぞ…?さすが大公一族の寵児、遜りはしないということか…それより…
「最低学年に鼻であしらわれるなんて」
どこからともなく、マルコを嗤う声が響く。
そう、聖アントワークスは弱肉強食の世界。昨日までの地位や名声が、今日には無為の看板となる栄枯盛衰の時世……。
最上級生であるにも拘らず、新入生を手懐けることが出来ない。
周囲からの蔑視を感じ、マルコは「クソッ…」と拳に力を込めた。
「寮への勧誘はお断りさせていただくが、由緒正しきランガルド伯爵家の長男、成績優秀で今季の副生徒会長を努めているマルコ、君には興味がある」
「…ッ!」
「お噂が予々聞いているよ。どうかな、今度ご一緒に午後ティーでも」
今度のどよめきは、先ほどとは種類が違った。ポジショニングをしつつも、褒めることで面目を保つ。アイン・ド・ディアブロ嬢に対する、感服のどよめきだった。
「さすがだわ…これぞ帝王の風格ですわ…!」
全生徒が一番に入寮届を出す 1番人気の ”金獅子の館” 。その寮長のラブコールが素気なく断られたのを見て、他の寮長たちは、彼女を勧誘するのを憚られてしまった。
他に声をかけられる人間がいるはずもなく、アインは静まり返った会場を後にした。
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「金獅子の館のほかに、銀狼の宮殿、玉響の棺、そして…灰淵の塔。
金獅子を断っていったい どこに行くつもりかと思ってたけど…まさかココとはね」
全校集会の後、アインは脇目を振らず とある場所に向かった。
堆くそびえる時計塔。
煉瓦づくりの壁は長年の雨風にあてられてか、所々が黒ずんでいる。塔の入口のドアは錆びていて、開こうとするとギィイイイと嫌な音が響いた。
足を踏み入れると、中は吹き抜けになっていて、見上げると大きな時計版の裏側が顕わになっている。
内壁を覆うのは本棚だ。所々にドアが付いており、恐らくそこが寝室になっているのだろう。中心を貫く螺旋階段の上方から、アインに声をかける人物がいた。
「ようこそ灰淵の塔へ。この世を真実を求める者の場所。君は何を知りたいのかな?」
重い前髪から わずかに覗く目が鋭く光る。
伸びっぱなしの黒髪が無造作にはね、制服であるローブはだらしなく着崩されている。
先刻声をかけてきた模範生たるマルコとは正反対のその男は――この寮の寮長ジーク・フリーレンだ。
「ご機嫌よう。この寮への入寮を希望する。もちろん受けてもらえるね?」
もちろんだ、と微笑むと階段の塔の中腹にある個人部屋に誘導してくれた。
「自由に使ういい、このフロアは君と同じ1年生と3年生が生活をしているから、何かわからないことがあったら、上級生に聞いてね」
柔和で、それでいて気だるげなジークは、ふぁああと欠伸をすると「じゃ」と部屋を後にしようとドアノブに手をかける。
「あ、そういえば、質問には答えてくれないんだね。君が何を求めて灰淵に来たのか…」
答えを求めながらも、答えを聞く気もないその男は、捨て台詞だけを残して去っていった。
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私がこの寮を選んだ理由……ね。
いつものように、会社に行こうと駅のホームで電車を待っていた朝。
急ぐサラリーマンの肩がトンと、私に当たった。
避ければ良かったのかもしれない、けれどその時の私は「誰かの肩が当たる」という事象にあまりにも慣れ過ぎてしまっていて、ボウっと為されるがまま身を委ねてしまった。
まさかそのままホームに落ちてしまうとは。まさか直後に電車がホームを通過してしまうとは。まさか
「この世界に、やってきてしまうとは…」
自室のベッドで寝転がりながら、自分の手のひらを見つめる。
8歳というだけあって、この小さな手のひらが……転生してきた日は、血に染まっていた。
ホームに落ちて目を閉じたあの日。私は長い夢を見た。
西洋チックの豪奢な部屋の中で、小さな女の子が何やら蠢いている。そして彼女が小刀を喉元に突き刺す姿を見て、驚愕した。
止めよう、止めようと手を伸ばすも、実態を持たないその思いは ただ空を切るだけ。
「待って!何があったの!何であなたが…教えて…!」
何者かはわからない、だが、悲痛に顔を歪ませる幼気な少女を放っておけるはずがなかった。
必死に手を伸ばすも、届かない。
けれど一瞬だけ、彼女と目が合った気がした。
「……聖アントワークスに。私はもう、耐えられない」
その言葉を最後に再び意識が途切れ、次に目を覚ますと、私はその少女になっていた。
彼女が死を選んだ理由は、この学院に来る前から、何となく推測が出来た。
少女アインは、その類まれな才能のせいで周りから妬まれていたのだ。
ディアブロ家の寵児と呼ばれる彼女であったが、屋敷の中に居場所はなかった。
母は生後すぐに亡くなり、後妻に入った義母は、自らの子かわいさに家督を脅かすアインを執拗に虐めた。
兄姉たちも年齢不相応にすましたアインを気味悪がり、父親は虐待こそしないものの「優秀な者」以外に興味を抱かない人間で、氷のように冷たい態度で傷ついたアインに修養を強いた。
それは、聖アントワークスでも同じだったようだ。能力の面で彼女の足元にも及ばない生徒たちは、それ以外の方法でアインを貶めるべく躍起になった。
悪評を流すといった古典的な手段から、間違った範囲の宿題を伝えたり、生家に「遊んでいる」といった類の伝書鳩を送ったり、私がいかに「ズルい人間」であるかを教頭にリークするといった陰湿な手段まで。
アインとして目が覚める直前、彼女の生前の記憶が断片的に頭に流れ込んできた。
1学年の夏休み前だろうか、学期末試験で1番を取ったアインに、生徒がスープを投げつけるシーンを見て気分が悪くなった。
この子が何を、したというのか…。
それでも彼女は屈することなく、気丈に1年を過ごしたようだ。
だが、1学年も終わりに差し掛かった日、突如「耐え切れない」と言って死を選んだ。
過酷な日々を耐え抜いたあなたが何故?
寮長ジークの問いが脳裏を反芻する。
「君が何を求めて灰淵に来たのか…」
真実だ。この子が死ななければならなかった理由を、突き止める。
そして、この子を傷つける存在は何人たりとも許さない。
記憶の断片の中で、特に3人の顔が何度も繰り返し現れたのをしっかりと覚えている。
「まずは1人、許す気はないわよ」
これは私の、復讐だ――。
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「やあ、まさか君が生徒会に興味を持ってくれていたとはね。嬉しい限りだよ」
先日、辛酸を舐めさせられたはずのマルコだが、アインが生徒会に入りたい旨をチラつかせると、あっさりと手のひらを返した。
マルコに連れられて廊下を進んでいくと、金縁の重厚な扉の前に着いた。中の部屋が生徒会のたまり場なのだろうか?と思ったが、どうやらそうではないらしい。
扉を開くと、そこには下層へと続く階段があった。
噂に聞くところによると、本校舎の地下には一般的な暗い洞窟が広がっているわけではなく、機密情報や希少価値の高い宝物などを隠す “秘密の間” になっているらしい。
マルコに連れられ下へ下へと降りていくと、3層と思われる場所で、新たなドアを見つけた。
「ここだよ、さあ会長が待ってる。入ろう」
中に入ると、紫紺のローブに身を包んだ長身の男は作業の手を止めて、こちらに目をやった。
「やあ、はじめまして、かな。フィガロ・ノーストンだ」
アインを死に追いやった1人目の男――――4年生にして秀才マルコを従え生徒会長に座す、アインがいなければ1000年に1度の天才として、もてはやされていたであろう その男。
「私のような新入生をこの場にお招き下さったこと、感謝します」
この男は、間違いなく天才なのだろう。事実アインが学院に足を踏み入れるまでは、生徒会長として学院のトップに君臨していた。
だからこそ、アインの存在が許せなかったのだ。
転生してから学院に入学するまで、ディアブロ家のネットワークを駆使してアインに「虐め」を行ってきた生徒を調べ上げた。
すると、どうだろう1つの面白い事実が浮かび上がった。学院内でこそ、様々な寮に所属し、学年も違う彼らであったが……学院の外、社交の場を軸に家柄を読み解いていくと、すべての生徒が、国の宰相として重用されているノーストン公爵一派に属していることがわかった。
裏で虐めを主導していたのは、フィガロだったのだ。
「……こざかしい男め」
復讐を思い立った時、どういたぶってやろうか何度も何度も考えた。
全裸の写真をばら撒く?好きな子のリコーダーを舐めていたのをチクってやろうか?それとも、それとも…。
いや、この世界には、もっといい方法がある。
「何か言ったかい、君?」
「はい、会長。どうでしょう、その座をかけて勝負をしませんか?貴方も内心は私のことを快く思っていないようですし、だらだらと腹の探り合いをするより、明解でしょう」
突然の宣戦布告に、一瞬 面食らったようであったが、フィガロは毅然とした態度でこれに応える。
「……。騒がれているようだが、所詮新入生。魔陣戦で僕に敵うと思っているとは……己の力量も図れない愚か者だとは、失望したよ」
「答えはYESのようで」
この世界には、魔法にも似た ”魔法陣” という概念がある。
それぞれの属性を表す呪言を円陣に刻み、幾重にも刻み込んでいくことで特定の効果を発動することが出来る。
高度な呪言は高学年で習うこと、また呪言を刻むスピードや精度が問われることから、低学年で魔陣を発動できるまで使いこなせる者はまず、いない。
確かに呪言の知識不足、という点は私を悩ませた。だが
「3《データ》、2《アデル》、1《ゴッダ》…」
パチンっ
合図とともに、一面を白い光、もとい ”炎” が覆う。
「スピードや精度が劣るというのなら、あらかじめ準備しておけばよかろう」
アインの手のひらには、ぎっしりと魔法陣が刻み込まれいた。
フィガロは言葉を発するまでもなく、黒焦げになっていた。
「あ…っ」
「き、貴様!会長に何をする…かっ!」
「急いだ方が良いぞ。地下で高密度の爆風を巻き起こしたんだ。うかうかしていると決壊するぞ」
なっ、と状況を把握できていないマルコを置いておいて、駆け足で上層に戻ると、間もなくドゴゴゴゴゴゴゴという音と一緒に校舎が数ミリほど傾いた。
「地下の1部屋 燃やしたくらいだと、こんなものか」
この形代、アイン・ド・ディアブロの力は本当に恐ろしい。
8歳の力を最大限に引き出すための小道具を使ったのだが、それでも、ここまでの威力が発揮できたのはアインの素質があってこそだ。
逆に、これだけの力を持っていながら、彼女は死ぬまで誰も傷つけなかったのだ。
許せない、という想いが再び込み上げる。
「アイン・ド・ディアブロ…どうやら君は、目立つのがお好きなようだ」
「……待っていましたよ」
爆音とともに校舎の一部が瓦解したのだ。騒ぎを聞きつけて、何人かの生徒と一緒に――――教頭がやってきた。
この男が2人目。
アインの力があれば、虐めをやめさせることなど何ともなかっただろう。
だが、優しいアインはそれを望まなかった。
魔陣で傷つけることも、自らの公爵家という地位を利用して相手を貶めることも…。
その代わりにアインは教頭に相談をした。
生徒会担当として、学院の風紀を守る教頭に相談をすれば、そう一縷の望みをかけての行動だったが――。
フィガロと繋がっていた彼は、彼女を虐めから守るどころか、リークした事実を生徒本人たちに伝えることで、さらに虐めを苛烈なものにした。
「かのアイン殿が、君から虐めを受けているというのだが…本当かね? 私はじゃれあっているようにしか見えないのだが、本人がそういうのだから、次から気を付けてくれたまえ」
罰するわけでもなく、事実を加害者本人に伝えるとは…暗に肯定しているようなもの。
決して許せるものではない。
「騒ぎの渦中には、いつも君がいる……。事を荒げることしかできないのかね?」
相談に乗るどころか、アインをもっと追い詰めた教頭を、どうしてくれようか。
「ご機嫌よう。羽虫がいたので処理したまでですよ、学院の風紀を怪我さないために、ね」
指先についた塵を、息を吹きかけ落とす。
「おや、教頭先生の頭上にもゴミがあるようだ」
パチンっ
今度の火炎は、細い糸のようにまっすぐ的に向かって伸びていく。
そして、教頭の髪だけを、木っ端微塵に燃やしきった。
「身の回りは清潔に保つことをオススメしますよ、教頭」
騒ぎにつられてきた野次馬の生徒たちがクスクスと笑う。
「き、貴様ァあああ!!!」
「次はうるさい蠅が」
パチンっパチンっ
この夜の噂は瞬く間に聖アントワークス学院に広がり、その後、彼女を弄る者も、詰る者も、誰もいなかった。
名実ともに学院の寵児となったのだった。
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「やあアイン、相変わらず楽しくやっているようだね」
寮の居間にある魔陣機ストーブで暖をとっていると、ジークが悠々と声をかけて来た。
2人への復讐を遂げてから、数か月――私は快適な学院生活を送っていた。
アインの生前とは違った意味で煙たがられてはいたが、それでも同寮の生徒たちは依然仲良くしてくれたし、悪意を向ける者が近づいてこないのだから、不満はなかった。
「あ、この本面白かったよ。オススメっと」
ジークはポンと、頭に分厚い本を置く。
「塔に囚われた博識のお姫様が、謎を解いて好きな男の子と不器用な恋を成就する話だって」
ジークもその、仲良くしてくれる生徒のひとり。
そして、アインが絶望するきっかけになった3人目の人間。
「いやあ~君とは本の趣味が合うから、オススメしがいがあるよ。じゃあねん」
のらりくらりと自室に戻るジークの背中を目で追いながら、この数ヶ月を思い返していた。
彼は件の「爆破事件」以降も、全く態度を変えることなく、定期的に顔を出しては 本を1冊渡して消えていった。
サスペンス、ミステリー、アクション、ラブコメ。ジャンルこそまちまちだが、彼の推薦図書はどれも、面白かった。
そして、最後のページには必ず自筆の感想が書いてあるのだ。
「主人公がラストで滝に飛び込めば満点」
「こんな聖母みたいな性格の女は地球上にいない」
「キャラが凡庸、ロン毛よりもハゲにしろ」
共感できるものも、できないものあるが、一言一言にジークの価値観、世界観がにじみ出ており、気づけばその一筆を読むのも楽しみのひとつになっていた。
8歳の、幼気なアインを死に追いやった人間を許さない。
そう決めたはずだったのに。
どれだけ同じ時を過ごしても…この男はボロを出す気配がない。
この適当な寮長に、どうやって復讐をしてやろうか?
決めあぐねたまま、気づけば1年が終わろうとしていた。
終了式の日、4年生以上はプロムに参加できるとかで、ジークも珍しく正装の燕尾服をビシッと決めていた。
普段まったく手をつけないからであろう。糊がまだ残ったその燕尾服は、シワひとつなく、もともと美形ではあるジークを一層恰好よく見せていた。
「馬子にも衣裳とはこのことだな」
「なんか言ったかい」いいや、と口を閉じる。
「それじゃ、行ってくるねい」
そうして彼は、塔の外で待っていたのであろう玉響の棺の女子生徒と一緒にプロム会場へと向かっていった。
胸が、なんとなくざわめく。塔の窓から、彼らの姿を目で追う。
ああそうか。1年かかって、やっとわかった。
私は、彼に恋をしていたのか。
生前の記憶の中で、何度も何度もこの男の顔が現れたのは、そういうことだったのか。
まだ8歳だったあの子は、その胸の苦しみを……和らげる方法も知らなかったのか。
そして、相談すべき友人も。
すべてを悟ると、目を瞑って、自分の前世での記憶を思い起こした。
高校2年生の時の初恋、告白して振られた苦い記憶のバレンタイン、傷心に女友達と行ったカラオケ。
私は、この小さい身体の女の子に、何を伝えることができるだろうか?
決意に目を煌めかせると、机に置かれた教科書をビリビリに破き、その上に大きく文字を書いて繋げた。
そしてベッドに倒れ込むと、瞼が重くなってくる。
転生に決められたルールがあるのかは知らないが、きっとこの眠りは、深い深いものであろうと感じた。
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夜に眠って、朝に起きる。
それだけのことなのに、何故でしょうか。私はもっとずっと、ずっと遠い場所にいたような気がします。
身体を起こし、あたりを見渡すと、そこには見慣れた寮の自室がある。
「そうか、私は修了式の後、疲れて寮に帰って......そのまま寝てしまったのかしら」
それでもなお途切れ途切れの記憶を呼び起こすように、部屋を歩き回ってみる。
「…?なんでしょう、これは。......失恋の...ススメ?」
教科書を破いて繋げたような歪な紙が、壁一面に貼られている。
そしてその上には、急いで書いたのであろうか雑な字で大きく、こう書かれていた。
「失恋のススメ
その壱 いっぱい泣くべし
ダイヤと同価値の女の涙を、流させた男を必ず見返せ!
その弐 いっぱい食べるべし
泣いてカロリーを消費した後は、何を食べても0カロリーだ!
その弎 いっぱい遊ぶべし
教科書を破り捨てろ!友だちと沢山遊べ!男なんぞいなくても、この世界は楽しいと知れ」
ところどころ意味がわからない文章だったが、そのあまりの勢いに思わず顔が綻んだ。
「おーい!アイン!鶏の丸焼き食べちゃうぞ!」
失恋とはいったい、何を指すのでしょうか。
もしかして、この締め付けられるような胸の痛みのことでしょうか。だとしたらきっと
「はい!今行きます!」
このまま階段を駆け降りて、仲間たちと一緒に、ご馳走を平らげるのが正解なのでしょうね。
1年の終わりを祝うため、そして静かな恋の終わりを笑顔で迎えるために。
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お読みいただきありがとうございます...!
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