自由の翼をもとめて~『銀河姫(プリンセス・ミルキィ)』の場合~
これは、すこし不思議な国のお話。
国民全員が純国産VRMMO『ティア・アンド・ブラッド』をプレーしていて……
ゲーム内で使われるポイント『ティアポイント (TP)』が、リアルの電子マネーとしても使えたりして……
TP100万達成すると、プロプレイヤー養成校に招かれて、卒業後は特権階級としてプレー配信しながら優雅に暮らせたりする。
そんなかわった国のかたすみにふってきた、流れ星の子たちの物語、そのはじまりの一節です。
ときどき、夢に見た。
ここではない、別のセカイの風景を。
なつかしくて、絵にかいてみた。
父は上手だね、すごいねと言ってくれた。
でも、他の人に見せてはいけないよ、と言われた。
そこで歌っていた歌を、おぼろげながら再現してみた。
母は、きれいな声ね、素敵ねと言ってくれた。
でも、人前で歌ってはいけないよ、と言われた。
父と母を大好きだった、小さな私は、はい、といいこの返事をして。
けれど、またいつしか描いていた。歌っていた。
見たことのないはずの風景を。聞いたことのはずの歌を。
父と母には叱られた。自分だけのノートは取り上げられて、絵も曲も、描くことができなくなっていた。
逃げ場になったのは、『ミッドガルド』――VRMMO『ティア・アンド・ブラッド』の世界――だった。
ここで描くなら、歌うなら、誰にとがめられることもない。
なんでもありの夢の箱庭でわたしはやっと、こころの自由を捕まえたのだった。
それからしばらくしてわたしは、何かをぶつけるように戦う男の子に出会った。
青い狐のみみしっぽを模した『けも装備』、宝石のような碧い瞳。
ぬばたまの髪、黒ぶちの眼鏡。
話してみれば、彼も『同じ』だった。
ノゾミという名の彼も、自分を持て余して、ミッドガルドに逃げ場を見つけていた。
わたしたちはすぐに一緒に組むようになった。
プリーストのわたしが、彼を支援する。
ハンターの彼が、わたしを守る。
二人で組めば百人力だった。
ひとりでは行けなかったような場所に次々と足をのばすうち、彼は剣の腕で、わたしは聖なる魔法と歌で、知られるようになっていった。
それから約五年、わたしたちが10歳のとき。リアルでうれしい知らせが舞い込んだ。
ノゾミに、弟が生まれたのだ。
ミライと名づけられたその子は、まるで天使のように可愛らしかった。
どちらかというと人嫌いだったノゾミが、別人のように笑顔を見せるようになった。
それからわたしたちはしばらく、ミッドガルドを離れていた。
そうしても充分、わたしたちの毎日は楽しい。そのことに気づくことができたからだ。
ミライをおぶって歩いていると、なんだおまえたち、もう子供生まれたのかよ~! なんて周りの子たちに冷やかされたりしたけれど、そんなことさえ楽しい毎日だった。
わたしたちがミッドガルドにもどったのは、ミライが同じ年頃の子供たちと遊ぶようになったころ。つまり、保育園に通いだしたときだった。
ちょっとさびしいけれど、これはある意味チャンスだ。
いまのうち、修行をし直そう。そして、ミライが五歳になったら、ティアブラの先輩として、超かっこよくコーチをしてやろうじゃないか。
そう話し合ってわたしとノゾミは、いろいろなイベントにどんどん参加。
いつしか無敗の知将バディとして、ミッドガルドの有名人になっていた。
それでもわたしたちは、プロプレイヤー養成校――高天原学園には行かないつもりだった。
両親に言われていたためもある。学園を卒業しても、αプレイヤーになれるのはほんの一握りでしかないし、なった後も苦労は続く。
それよりはこの町で、ただのβのまま、人並みに堅実に暮らして行ってほしいと。
わたしたちも、そうしたいと思っていた。
だから、学園入学の条件となるTP100万は達成しなかった。
TPがたまりそうになると謝礼を断ったり、寄付をしたり、時には模擬戦でバカスカと消費したりして、とにかく100万にならないようにキープしつづけた。
けれど、そんな普通じゃないものたちが、放っておかれるわけもなかった。
わたしとノゾミが15歳になってすぐ、それは起こった。
ノゾミのインを待つ間、ひとりで街を歩いていたわたしは、ミライによく似たかわいらしい男の子が、べそをかきかき探し物をしているところに出会った。
『弟の薬代を落としてしまった』という彼と一緒になって、落とした財布をみつけだし、不足分はわたしが工面して、薬を入手。
急いで郊外のお屋敷にゆき、これまたミライによく似たかわいい弟君の命をぶじ救った。
そうして街に戻る途中、ありえない数の魔物に囲まれた。
間一髪ノゾミが駆けつけてくれたことで、ピンチは救われた。
けれど、荒野一面の魔物を殲滅して得たBPは、ゆうに100万を超えていた。
戦いを続けるうちに、ノゾミの姿と技は徐々に魔物のそれと化してゆき、最後には完全にキュウビの魔物と化しはてていた。
ノゾミは、それでもわたしを抱きしめて誓ってくれた。
必ず戻ってくる。必ずまた、お前たちを守るから、と。
そうしてノゾミはひとり、地に開いたまがまがしい魔法陣に飲み込まれていった。
都市伝説を知らないわけではなかった。ティアブラでBP100万を突破=『鬼神堕ち』となれば、Ωの身分に堕ちて首都『高天原』に送還。更生研修という名の労働を強いられるのだと。
決められた額のTPを稼ぎ出すか、誰かに身請けしてもらうまで、何年でも。
わたしは――
歌った。
ノゾミとの日々を。彼の優しさを。彼への愛しさを。
彼を奪った激しい戦いを。彼を失った悲しみを。
何に変えても彼を取り戻す、その決意を、わたしは街々を回り、歌い続けた。
体力が尽きてログアウトした時、待っていたのは特待生待遇での高天原学園入学許可通知と、泣き顔の父母だった。
ふたりは、わたしに一冊の預金通帳を手渡してくれた。
ミソラの結婚資金にと溜めていたものだ。これを、ノゾミ君の身柄を買い戻す足しに。少し早くなってしまったが、ふたりで幸せになりなさい、といって。
そしてわたしは聞かされた。
わたしは、父母の血を受けた子ではなかった。
『スターシード』だったのだ、と。
ある星の美しい夜、父と母のもとに『流れ星の子』が降ってきた。
長く子供を望んでいたふたりは、一度腕に抱いた赤子を手放すことができず、こっそり自分の子としてしまった。
けれど、それがばれないよう、普通の子として育てようとしても、スターシードの特徴は徐々に表れてきた。
異なる世界の記憶。周囲の子供たちより明らかに優れた頭脳と体力。
スターシードであるとばれれば、わたしはとりあげられ、施設に入れられてしまうだろう。
そう思った父と母は、異なる世界の絵や歌を禁じ、目立ちすぎるのはよくないと、スポーツや勉強も平均点にとどめるように、なににおいても普通が一番と言い聞かせ続けてきたのだ。
たとえ、大好きな絵や歌を、とりあげることになったとしても。
それでも、星の輝きを封じることなんて、できなかった。
いままで本当に、すまなかった。
これからは何はばかることなく、歌い、描き、はばたいてゆきなさい。
それがおまえの幸せならば、わたしたちにはもう、止められない。
それでももし、もしもつらくなったら、いつでも戻っておいで。
愛している。心から、お前を愛しているよ、ミソラ。
そういって父母は、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
高天原に行った私は、すぐに手付金を支払い、ノゾミの身柄を引き渡してもらった。
βへの復帰は、身請け金の全額を支払った後ということだが、それもすぐだった。
わたしのあの歌はすでに月萌中に拡散されており、連日続々と入り続ける投げ銭収入が、あっという間に身請け金を上回ったのだ。
ひと月しないうち、ノゾミは晴れてΩの身分を脱し、自由の身となった。
わたしたちはそれでも、いまだ高天原という籠のなかの鳥に過ぎなかった。
本当の自由がやってくるのは、それから10年の後。
ミライと、その仲間であるイツカとカナタが、高天原にやってきて後のことになるのである。
この作品は、自作『<ウサうさネコかみ>もふけも装備のおれたちは妹たちを助けるためにVR学園闘技場で成り上がります!~ティアブラ・オンライン~』(n4864ft)の登場人物ミソラ(『銀河姫』)、ノゾミ(『青嵐公』)の過去を描いたスピンオフです。
Stage55のスペシャル番外編として収録されていたものを、これ単独でお読みいただけるように加筆修正したものです。
お読みいただき、ありがとうございました!