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飼慣  作者: Mr.Y
2/16

先生

 朝は親とごはんを食べていたときのことだ。

「最近、どうだ?」

 当たり障りのない親との会話だった。いつも訊かれるが本当に僕の最近に興味があり訊いているのだろうか。それとも長年聞き続けていた惰性なのだろうか。

「普通」

 昨日はアダルトなマッチングアプリで二ノ宮さんという二十五歳の女性と××駅のホテル街で初めてしたよ。感想? そうだなぁ。温かくて癒され満たされる感じ? ずっと朝まで一緒にいたかったし、飽きるまでやりたかった。いや、飽きるなんてことあるかどうかわからないけど、と正直にいえないから当たり障りのないように「普通」と答えたまでだ。

「お父さんの仕事はどう?」

 やはり昨日のことがあるせいか、僕は少し機嫌がいいのかもしれない。いつもは聞き返さないが、今日は思わず聞き返していた。

「うーん」まんざらでもなさそうに頷いた後、「自動車の部品の一部がタイで造られているんだけど型式が変わるから、向こうに行って打ち合わせしてこないと行けなくなってな。またしばらくいなくなるかも知れないけど……」と、どうやらまたしばらく出張にいくのだろう。詳しく部品の話されても僕にはよくわからないが、重要な仕事であるらしく、その製造の監督をやらなくてはならないらしい。

「俺がいなっても、まぁおまえなら大丈夫だろう」

 確かに大丈夫だ。

 このまま二ノ宮さんと会ってもバレなければいいのだ。

 後ろめたさよりも人に言えないことを裏でやっているというスリルが楽しかった。

 これが大人の遊びなのだろうか。二ノ宮さんと僕はお互い飽きるまで遊ぶのだろうか。もしくはどちらかが恋人ができるまでとか、僕が高校生だとバレるまでとか。始まったばかりの関係だが終わりを考えている僕はどうなのだろう。心底楽しめてないのか、楽しすぎて長続きしないと感じているのか、あまりに現実離れしていて僕の認識は追いついていないのかもしれない。


 学校に着くと級友の睦村(ムツムラ)に「柔道やらないか?」と誘われた。ガタイのいい睦村が机に座っている僕を見下ろすようにいうと威圧感がある。本人はその気はないのだろうが、少し高圧的に感じてしまう。そのせいではないが、僕は「僕は陸上部だから」と即答で断ったが「一之瀬さぁ、運動神経いいし、柔道合ってると思うんだがなぁ」と薦めてくる。

「だって軽いぜ」

「軽量級の枠でさ。まぁ、考えておいてくれよ」

 悪い気はしないが、まだ僕は陸上部だ。脚の怪我が治ったらまた走ると決めていた。その間、部活動の時間はグラウンドに出ず、武道場の片隅にあるウェイトトレーニング場で鍛えられる場所を鍛えている。それが睦村の目に止まったのだろうか。

 柔道部の部員は十分なはずだから単純に僕の身体能力が高いと見込んでのことだろうか。だとしたら悪い気はしない。

 身体能力には少し自信があった。

 中学のときにサッカー部に入部していた。それなりに練習はしたがレギュラーになれず試合にいっても応援したり、雑用ばかりだったが足の速さと単純なシュートとかならレギュラー並みだった。しかし、集団となると自分がなにをどうしていいのか分からなくなり全然活躍できなかった。

 僕より身体能力が低い同級生がいたが、集団での立ち回りやパスワークがうまく常にレギュラーに入っている奴がいた。仲は良かったし、性格も良かったが、僕はそいつに対し嫉妬していた。僕はレギュラーに入れないのはそいつのせいだとも思っていた。

 中学生、最後の試合に僕はレギュラーとして参戦した。おそらくは最後だから皆に試合をさせようとしたのだろう。でも僕はそこで思い知った。

 僕は身体能力こそ高いかもしれないが、サッカーは下手なのだ。試合全体や、メンバーがどこにいるのかすらまるで把握できなかったのだ。

 悔しいが、僕はサッカーに向いてないし、ただレギュラー入りした同級生に嫉妬していた嫌なやつなのだ。高校に入ったらサッカーはすっぱり辞めて勉強のみを頑張ろうとしばらくは帰宅部だった。

 転機は五月マラソンという高校の行事だった。

 なぜ五月にマラソンなのかわからない。ただ大半の学生を憂鬱にさせ、五月病を悪化させるだけじゃないか、とも思う。全校生徒、全員で河川敷の土手に並ばせられ、十キロの長い距離を無理矢理走らされるのだ。

 だが、そこで僕は五位に入賞した。記録は三十七分くらいだったと思う。帰宅部がその記録は凄いらしい。陸上部の顧問に入部を勧められた。自分の隠れた才能に驚き、やっと自分の居場所が見つけられたと思った。練習はひたすら走るという辛いものだったが地区大会で上位に入り、拗ねた自分とも別れたとも思ったが、怪我をした。

 最初は右膝、それを庇って左足首。走り方のフォームを変えた方がいい、と陸上部の顧問にいわれ、フォームを変えたが、今度は記録が伸び悩む。新しいフォームに身体が馴染めなかったのだ。そして以前のフォームに戻すと怪我したり治ったりの繰り返しが始まった。顧問は「まだ筋肉とフォームがうまくできないうちに走らせすぎた。すまない。一度走ることを止めてみて筋トレをやってみたらどうか。トレーニング場は好きに使いなさい」というアドバイスを最後に僕への興味を失ったらしい。あるいは先日行われた五月マラソンで好成績を出した一年の指導に忙しくて、怪我人には構っていられないのかもしれない。

 僕は授業が終わると武道場の片隅にあるトレーニング場へいくのが日課となった。ジムのような器具は置いてないがトレーニングベンチにダンベル、バーベルと汗を流すには十分だ。

 剣道部や柔道部の掛け声が響くなか、ひとり黙々とネットや図書室で借りてきた本で作ったメニューをする。ウェイトトレーニングをして汗を流して帰る陸上部員。

 陸上部というより筋トレ部かもしれない。だが今はいつか痛みが引いたら活躍できると信じるしかない。

「それにしてもなんかいいことあったのか?」

 睦村が訊いてきた。

 よほど僕が上機嫌にみえるのだろうか。

「宝くじが当たった気分」と素直に今の気持ちが言葉になって出ていた。

 本当にそんな気分だ。気まぐれに一枚勝った宝くじが当たっていたしかも一等かもしれない。

「へぇ、分けてほしいぜ。最近、テストの点も悪いし……」

 睦村の愚痴を聞いてやりたかったが、学級担任の五島(ゴシマ)先生がチャイムとともに教室に入ってきた。

 五島は柔道部の顧問でもあり小太りで額が後退している。まだ三十代らしいが、それよりも老けてみえた。ただ小太りなせいか、肌の張りがよく頬がツヤツヤしている。まるで大黒様を思わせた。ちなみに柔道部の顧問だが、柔道をしているところを見たことがない。

「起立、礼」と三河累が号令をかけると皆、怠げに起立し、形ばかりの礼をした。

 それを当たり前のように五島はみて、生徒に倣ったかのように一礼をした。

 いつものような朝礼だったが、いつもとは少し違っていた。

「以前からいっていたが、今日から二週間、教育実習生がこのクラスを受け持つことになった。俺と一緒に授業を行う。まぁあまり迷惑をかけないように」と廊下に待機していた女性を招き入れた。

「おはようございます」

「では二ノ宮先生、自己紹介を」と五島先生が言った。

「二ノ(ニノミヤ)(サクラ)といいます。今日から二週間、教育実習生として……」と緊張した声で自己紹介を始めて、僕と目が合い一瞬言葉が止まった。だがそれはほんの一瞬だ。ただ緊張で言葉が詰まってしまったという感じだった。

「よろしくお願いします。担任は日本史になります。趣味は絵を描くこと。好きなスポーツは……いや、スポーツとはいえないかな? 休日にはジョギングをしています。なにか質問はありますか?」

 茶色の髪のショートボブに赤いセルフレームのメガネ。そのメガネの奥にある大きな瞳が潤み、僕を見つめる姿が思い出された。そして自己紹介をする口元が僕の唇に重なり合う感触。甘い女の声。

 僕は黒板の前にいる二ノ宮さんと目があった。

 その視線はどうしていいのか彼女自身分からないという戸惑いの色があるばかりだった。

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