書類誕生の秘密
弟子がいる。
これから世界に羽ばたけると夢と希望を胸に抱く少年少女。
「師匠! 俺、英雄になる!」
バァン! と扉を音を立てて開けて、赤髪短髪のやんちゃざかりの少年が目を輝かせて言った。
私は尋ねた。
「分かった。なんの英雄だ?」
これは必要な確認である。
相手は途端にうろたえた。
「え、何の? 英雄…英雄だよ」
私は教えた。
「英雄にも色々あるだろう。どんな英雄になりたいのだ。でなければ私も協力援助などできん」
少年は考えを絞って言葉にした。
「え、あの。ほら、英雄っていったら決まってるよ、悪党を倒して、あ、冒険、冒険者の英雄で、それで国を守って国の英雄になって」
「武器は?」
「え、武器…」
「何の武器を使う英雄だ? 剣も色々、槍や弓、杖や銃や多種多様だ。何だ」
弟子は口を開けたまま動きを止めた。目だけがキョロッと上を彷徨う。
私は言った。
「具体的に考え、出直してきなさい」
「はいっ!」
***
少ししてまたやってきた。英雄になりたい少年だ。
「師匠! 決めました! 俺は剣の英雄になります!」
「ほぅ。そうか。剣の種類は?」
「しゅるい」
と少年が私の言葉を繰り返した。
私は教えることにした。
「剣にも色々ある。お前はどの剣を使う英雄になるのだ」
少年は無言だ。
私は本を取り上げて開いてみせた。
「見なさい。このページだけでも剣にはこんなに種類がある。勿論、使いこなすために適した体格というものもある。性格すら影響する。お前はどのような剣の英雄を目指すのだ」
少年はじっと黙り込み、それから強い目をして私に言った。
「あの、普通に、成長して、使い勝手の武器に変えていくんだ。身の丈にあった、ってやつ。でも才能があるから全部使えるんだ。師匠はちょっとロマンを分かってない。冒険の旅で隠されてた名剣を見つけて、意思があって、お互い認め合って、強い絆の相棒同士になるんだ!」
「なるほど、前よりきちんとしているな」
私は褒めた。
「私はお前が英雄になるための協力を惜しまない。私はそのために師匠と呼ばれるのだから。しかしだ。よく聞きなさい」
私の語る様子に、少年は口を閉じてじっと見てくる。
「例えばだ。お前が仮に両刃のロングソードを愛用するとしよう。しかし隠された名剣が片刃タイプならどうする。今までと違う扱いゆえに、即戦力にはならないはずだ。お前のそれまでの能力と経験に合ったものでないと。そもそも他者に使われていない逸品などというものは、使い勝手が悪いので逸品のくせに使用者がいない、というのが妥当である」
少年は居心地が悪そうにモジモジとした。
「あのー、えー、じゃあさ、何を決めて来れば良いの?」
困りつつ、師匠の私の至らなさを非難するような口調でもある。
私は言った。
「最終的にどのような剣を使う英雄になりたいのか決めなさい。しかし最終的なところに行くまでに成長が必要なのは当然だ。はじまりと成長過程、そして最終目標を考えなさい」
「うん…」
少年は少し気落ちしたように帰っていった。
気落ちさせたのは少し辛いものがあるが必要なことなので仕方あるまい。
***
また少年がやってきた。
「考えてきました! えっと、初めは、普通の村で生まれて〜」
私は一生懸命少年が話すのを聞いた。
「分かった」
と言うと、少年は嬉しそうに目を輝かせた。
「確認したいのだが」
と続けた私の言葉に少年は表情を消した。緊張がみてとれた。
「まず、普通の村というのは? 普通というのは個人によって想定が違う。色々ある。規模は。そもそもどのような世界観だ? それから」
一つ一つ確認しようと思ったところ、少年の顔がぐしゃりと歪んだ。
「そんなの分かんないよー! もうー!!」
「お前のための世界でお前の人生だからお前が理想を決めるんだよ」
と教えたが、少年はついに泣き出して袖で涙を拭い出している。
しかし私はいじめているわけではない。
「お前たちの望みを叶えよう。助力と手配は惜しまない。そのために、お前は具体的に理想を描く必要がある。それをまず、私にきちんと伝えなくては。それが練習でここでの修行だ」
「だって分かんないよ、想像って、だってまだ知らないことばっかりだもん」
ぐずぐずと少年が泣く。
私はそんな様子に思案した。
この子以前は、みんな細かく具体的に希望をペラペラ話し、書き留めるのも大変なぐらいだったのだが、彼らは恐らく想像する力と伝達能力が高かったのだ。
そういえば彼らは何度か生まれ変わっていた。
対して、この目の前の子はまっさら、初めてだ。
学習に絵本や映画、交流会はたくさん用意されているが、自ら自由に想像して伝えろ、というのはまだまだ難しいのだろう。
私は自分の至らなさを少し反省した。
「わかった。では、私が助力するにあたってお前に考えておいてほしいことを、紙に書いて渡そう。時間はかかってもいいから、それに希望の答えを書いて持っておいで」
私はとりあえず思いつく重要な項目を紙に記し、その子に渡した。
***
「・・・という経緯で、この書類が生まれたのだ」
私の話に、私の仕事の後輩が遠い目をした。デスクには書類の山ができている。
話し終わると同時に私が山に書類を戻したのを、後輩が尋ねる。
「どうして、それは戻したのですか?」
「魔法の有無の希望欄にチェックがない」
私は付け加えた。
「魔法の有無は大きい。こういう細かな望みを叶えるから、私は人気の神になった。で、手が回らないので、君を呼んだ」
後輩が、
「なんか思ってたのと違う・・・」
とぼやきを零した。
まさか神様になってもデスクワークだなんて。と悲しそうだ。
「結局こういうのが効率的なんだ。とりあえず応援頼む。来てくれて助かる」
「だって俺のとこ全然弟子希望者来ないんです、修行して習わせてもらいます」
「そうするといい」
「むしろ全員この書類使えばいいんだ」
「そうだな、そうしようか」
こうして「転生のための書類雛形」一式が誕生した。神様も効率化が必要なのだから。
おわり