第1章 第7話 「M4」
20201012公開
ヴィストランド家は裕福になった。父さんが工房も立ち上げて、店で売り出したからだ。
受けている予約を作り終わるのに季節を2つも越すくらい売れているみたい。
まあ、住んでいる所は相変わらずだけどね。士家は勝手に住む所を変えられないから仕方ないんだけど。
裕福になった分、有名税も発生したのは、どの世界でも人間は変わらないという事の証明だろうね。
ペーデル家という前例も有るので僕の功績に応える為にヴィストランド家を3等士家に昇格させるのでは? とか、皇家から歳の近い第3皇女が降嫁されるのでは? という根も葉もないデマが飛んだんだ。
おかげで格上の士家や同格の4等士家からも地味に嫌がらせを受ける事になった。
雲の上の御側家の一部からも目を付けられたらしい。
どうも皇主様と第3皇女のお気に入りと言うのが気に入らないらしい。
もちろん、悪いことだけではない。
父さんの魔道具店も絶好調だし、2年連続で報奨金が出たおかげで余裕が出来た資金を使って従兵の分も含めて防具を新調出来たんだ。
しかも、これまた魔道具の一種だ。
薄い板金状にした魔鉱を使った魔道鎧は、新たに開発した専用の圏内魔術を魔鉱に刻み込むことで、それまでの鉄製の重装金属鎧の1/3の厚みで防御力は上という夢の様な鎧を生み出した。
父さんの店で1着だけ見本を展示していたが、それに飛び付いたのがゲイルさんのFDL家だ。
それまでの重装金属鎧はもちろん、一番使われる鎖帷子よりも軽く、防御力はかなり優秀な鎧だから導入したくなって当然なんだけど、父さんに会いに行った時に見掛けて一目惚れしたらしい。
奥さんの実家(裕福な商家)に話を通して資金を調達するとすぐにお買い上げ、となった。
新しい軽装金属鎧を使う上で重要なのは、貴族以外でも人間なら魔素を体内に含んでいるという事だ。庶民でさえそれは同じだ。長い年月の間に貴族の血は庶民にも混じって来たのだから、昔より着実に体内魔素は増えているしね。
ましてや、従兵の家系には主家からの降嫁が行われる事が有る。
言い換えると、才能さえ有れば魔術を扱えるという事だ。だから従兵でも圏内魔術までなら発動可能な人間が結構居たりする。士家社会の暗黙の了解として問題視しないのだが、武威を重視する士家は圏内魔術の「ボディチャージ」を積極的に従兵に教授していたりする。
ヴィストランド家の3つの従兵の家にも300年で少なくともそれぞれ3人は降嫁していた。
だから血統的には魔術が使えてもおかしくない魔素を体内に含んでいる。
実際、「ボディチャージ」を使える僕ん家の従兵は3人とも「ボディチャージ」を掛けた上で魔道鎧の魔術回路を活性化出来た。
そうそう。僕は未だに模擬戦で無敗を続けている。むしろ、参加出来る模擬戦大会全てに出場してタイトルを総なめにして来た。
3年前に開発に取り掛かった『エクスカービン』は豊富になった資金に物を言わせて専用の鏃を開発して、5小爪(約7.5㍉)の小口径に落として高速化と連発化に進んだ。
元々の『エクスカービン』は、『エクスアロ』用の鏃はそのままに『擲弾発射器』を参考とした『エクスランチャー』として高速化と高威力化に進んだ。
今年の茂月に開催された後期模擬戦では、決勝戦で勝利した後で、その2つを組み合わせて1つの魔術に纏め上げた『M4』を披露した。
完成した『M4』は銃身さえも魔術で構成した為に、鏃だけが浮いている様に見えたので、最初はその事で驚かれた。
だが、『エクスカービン』が1脈(約1秒)に1発の割合で放たれる強力な圏外魔術という事が分かると、違う反応に変わった。
『アロ』と『ハイアロ』という、使い勝手の良いそれまでの代表的な圏外魔術よりも高威力で、射程が長く、発射間隔も短く、更に初速も圧倒的に速い『エクスカービン』は対抗手段が思い付かない攻撃魔術だった。
地味な嫌がらせは相変わらず続いたけど、他と隔絶した火力を持つ魔術を扱う神童… 世が世なら将家にも成れようが、生まれる時代を間違えた神童、と一部で言われる様になっていった。
もう、ここまで来たら夢を見たせいで抱いた不安の解消に十分だと思わなくも無いけど、実際は僕という個人1人の力が上がっただけで、国単位で考えたら全く不十分だった。
ああ、そうそう。隠し玉はしっかりと確保してあるんだ。
圏内魔術の『ホールド』だ。これは、事前に鏃に施した魔術を圏外でも2日以上保持出来るというチート級の魔術だ。インスタント麺型の魔道具と違って生麺型なので即時発動も可能な便利な魔術だ。
さすがに3日経つと急速に魔素が拡散してしまうけど、上手く使えば僕にとんでもない火力を齎してくれる。
エッベ・ロディーン氏が『神童』の僕の名前を知っていてもおかしくない事を分かってくれたと思う。
お読み頂き、誠に有り難うございます。