第1章 第6話 「神童」
20201011公開
夢を見た3年前とは比較にならない程、今の僕は文武に秀でた「神童」として有名だ。
夢を見た年、僕は新たな圏外魔術に加えて、画期的な『魔法』の開発に成功した。
そう、夢に触発されて開発した飲み水を空気中から作る魔法だ。
僕以外の人が使い易い様に補助の為に魔鉱を使った骨組みを取り入れたけど、慣れれば純粋な魔法だけでも発動が可能だ。
原理は簡単。
『日本』では『露』と言っていたけど、温度を下げた物体に空気中の湿気が水の形で付く現象を圏内魔術で強引に再現したんだ。
『クーラルボーラ』と言う、拳くらいの空間を冷やす圏内魔術が有る。夏の暑い盛りに使われる圏内魔術で、割と一般的な魔術だ。使い方は顔や首筋を冷やして涼を取る感じだ。
まあ、使えれば便利だが、普通は露を発生させるほどの効果は無い。
その魔術を、冷却効果を上げる為に徹底的に弄り回した。
最終的には、幾重にも折り重ねた魔鉱で作った定着板に重ねる様に改造した『クーラルボーラ』を掛けて、『ファン』で強制的に『フィルター』を通した空気を送り込む。
すると定着板に『結露』が起こって水が手に入る。まあ、冬とかで気温が下がるとあまり効かないのはご愛敬だし、正直なところゴリ押しに近い。
でも1番目に見た夢の影響も有って、初めて発動に成功して、定着板に結露した雫が『フィルター』を通った後にコップに零れ落ちた光景は一生忘れられないだろう。
今では改良されて、冬以外の季節では『日本』の単位で言うと、湿度50%くらいでも1分間に50CCは集められる。湿度100%なら100CCだ。10分も発動させれば十分な飲み水が手に入る。我ながら役に立つ魔法だと思う。
そして、これまでの魔術とは一線を画す、という理由で皇主様自らが後に『魔法』として区分する様に命じられた。
確かに便利な『クリエウォーティアー』という造水魔術が圏内魔術に有るけど、その魔術で造った水は圏内から出たらしばらくしたら消えてしまう。
飲んでも、一定時間を過ぎたらやはり消滅してしまう。
今から考えると、魔素で疑似的に作った、物質としては不安定な水の様なモノでしかないのだろう。
もちろん、造水量が豊富な『クリエウォーティアー』は洗い物に便利だし、傷口の洗浄にも必須だから、廃れることは無いだろう。
だけど、『シズク』と名付けた造水魔法は消えない本物の水を造れた。
旅をしている時、行軍をしている時、のどが渇いて仕方が無い時など、色々な場面でこの魔法で生み出した水は命を助ける糧になる。
それまでも模擬戦の強さから神童と呼ばれていたけど、『シズク』はこれまではとは次元が違う影響力を発揮した。
翌年には皇主様の御前で披露させられた程だ。
その騒動のさなか、僕は7歳で元服して正式にヴィストランド家を継ぐ羽目になった。
皇主様の御前に出るには、士家当主以上の位が必要だから、という理由の為だ。
父さんは早々に楽隠居が出来て嬉しいと言っていたけど、申し訳ない気持ちしかなかった。
まあ、しばらくしてから皇主様から下賜された報奨金で『シズク』用の道具を扱う店を嬉々として始めたから本音だったんだろう。
そしてその年の後半、当初から考えていた「暖房」と「冷房」などを1つの形にした魔法を発表した。機能は『ドライ』・『クール』・『ウィンド』・『ヒート』・『エアクリーナー』・『シズク』の6つに増えた。
『複合空調魔法』は衝撃と共に受け入れられた。
飲み水を生み出すだけでも驚異的だったのに、涼しい風も暖かい風も自在に生み出すなど、みんなの想像を超えていたからだ。
再び皇主様の御前で披露させられた。
意外と堅実に実績を伸ばしていた父さんの店に1つの注文が入ったのはその直後だった。
『空調魔法』を何とかして使いたいが、魔術の才能が足りないので何か方法が無いのか? というものだった。
幾つかの隠ぺい工作をしていたから分からなかったけど、この注文はとある皇族から回って来たものだった。
具体的には皇后様だ。皇后様の寝室で活躍していると、後日こっそりと教えてもらえたので初めて本当の依頼主が分かった。
そして、1年掛けて去年完成したのが、この世界で初めての複合型魔道具とも言える『エアコン零号機』だ。
『シズク』の時は補助的に魔鉱の骨組みを組み込んだけど、これは本格的に魔鉱を活用する。
『フィルター』、『ファン』、『コンプレッサー』、『蒸発器』、『凝縮器』、『タンク』といった各主要要素の外側や配管を魔鉱で作って、冷媒には水を採用して、その作成や駆動、動作の切り替えなどに圏内魔術か圏外魔術のどちらかを使う。
問題はその作動の難易度を魔術レベルに落とし込む事だった。
開発成功のヒントは3つ目の夢で見た食品だったりする。
極端に言うと『空調魔法』と『魔道具エアコン』の違いは、『生麺』か『インスタント麺』かの違いだ。
魔法発動に必須ではない魔鉱で作った部品を通して『空調』魔法を発動させて、その状態を固定させる(その開発過程で新たな魔術が生れた)。
その状態で魔法発動の為に充填していた魔素を一定の法則で根気よく魔鉱から吸い出す。この過程は夢から着想を得ていた。確か『フリーズドライ』とかいう技術だったと思う。
魔鉱には魔法発動の為の目に見えない空隙(僕は回路と呼んでいる)が刻まれるので、使う時は魔素を注ぎ込めば再び魔法が発動する。
まあ、完全な状態での保存は不可能なので、魔法だけで発動させるよりも効率が落ちるが、手軽に魔法が使える。
そうそう、『魔道具エアコン』は発動までに『3分』くらいの時間が掛かるのも『インスタント麺』ぽい。
お読み頂き、誠に有り難うございます。