第3章 第15話 「出陣式」
20210823公開
【‐皇国歴313年「衣月」27日午前‐】
あと少しで出陣の行進が始まるのだが、皇宮の中にまで外の民衆の歓声が聞こえて来ている。
あの茶番だった合議からの4日間で、ニールス第3皇子殿下の御親征は大々的に喧伝された。第2太后陛下の差配だろう。
チャイン帝国の侵攻を撥ね退ける為に出陣する皇族、という構図は、ホルガ―・ラーレ老の功績(一応は『タダ村の戦い』と『バルテルストレーム奪還作戦』の立役者という事になっている)を霞ませるに十分な効果を発揮している。
外から聞こえる歓声がその証拠だ。
歓声が一際大きくなった。
俺の視界に映る隊列前方の皇宮の正門がゆっくりと開きだしたのだ。
開くにつれて歓声が大きくなっていく。
隊列の先頭は装甲擲弾科第2小隊が務める。
現在、皇国最強の小隊だ。
元々第1皇子派だったクヌートソン1等士が隊長を務めている。
第2小隊が先頭を務めている理由?
クヌートソン1等士は生粋の武人で、体躯も大きいからこういう場だと映えるんだ。
それに装甲擲弾科第2小隊には士家当主が一番多く含まれているから、栄えある先陣を務める事はその家の名誉になる。
『我が家はニールス第3皇子殿下御親征に付き従い、光栄な事に出陣式では先陣も務めた』という事実は子孫にとって大きな意味を持つ筈だ。
第2陣はハンス・ノルデンソン5等士が率いる輸送増強小隊だ。
ノルデンソン5等士は、元はヤコブソン2等将家の従士だったが、この度目出度く昨日付けで5等士に叙爵された。
それは、今回の出陣式には参加していない第1機動小隊隊長のアトレ・ライル5等士も同じだ。
さすがに、御親征の随伴部隊に選ばれた統合鎮護中隊の小隊長様が士家では無い、と言うのは政治的に問題が有るんだろう。
6輌から始まった輸送小隊は今では3個分隊18輌にまで増強されている。他にもそれなりの数の小回りの利く補給小隊が新編されているので、皇国の弱点だった兵站面はかなり改善されたと言って良い。
第3陣はラッセ・ヨンセン1等士が率いる装甲擲弾科第3小隊が務める。
1番最後に編成されただけに練度が心配されたが、何とか実戦に出せる水準に持って行けた。
まあ、ヨンセン1等士の統率能力が高い事と、歴戦の部隊と言って良い第7士家隊の半数が編入された事も練度向上に貢献したのだろう。
さて、次は俺が居る中隊本部だ。
俺自身はニールス第3皇子殿下と一緒に開放型の獣車に乗って、行進に参加だ。
前後左右をタリエ・ヘルバリ衛士が隊長を務めている外重派遣衛士隊が固めている。
衛士隊は初めて見た時から武装が変わった。いや変わったと言うより武装が加わったと言うべきか?
長剣と短剣を佩いていたが、そこに魔杖短弓M4(衛士隊型)が加わっている。
製造予定の無かった魔杖短弓M4だが、衛士隊に魔杖弓M16量産型を装備させるのは屋内警備の関係で如何なものか? という論争が俺の知らないところで有った様で、急遽製造が決まった経緯がある。
まあ、魔杖短弓M4(機動小隊型)との違いは装飾の有り無しだ。
機動小隊型と同じ製造工程だが、納品された後で長剣と短剣を納めている工房に送って、装飾をわざわざ追加しているらしい。
まあ、同じ魔杖弓とは思えないけど、そういう部分はご愛敬だろう。
最後の部隊はフィン・シンバリ5等士が率いる装甲擲弾科第1小隊だ。
シンバリ5等士も、ノルデンソン5等士、ライル5等士と同じく、昨日付で叙爵されたばかりだ。
ちなみに、昨日付で叙爵された人物は3人だけだが、陞爵された人物は20人以上だ。
全員が5等士と4等士からの陞爵だったが、士家階級の士気を高める為には妥当なところだろう。
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我が皇国史上初の皇族御親征出陣式は、緒戦の負け戦で暗い影を引きずっていた皇都を熱狂の渦に巻き込んだ。
ニールス第3皇子殿下(当時)が5歳、神童として名高く、武勲により御親征の随伴部隊に選ばれた統合鎮護中隊(注15)隊長のエルリング・ヴィストランド1等士(当時)が9歳という類を見ない若さであった点も後世の政治に影響を及ぼしたと指摘する歴史家は多い。
また、公式に初めて公開された統合鎮護中隊の軍装がそれまでの物と掛け離れていた事も熱狂に結び付いたと指摘する歴史家が多い点も留意する必要が有る。
それまでの徒歩での行進ではなく、統合鎮護中隊全員が装甲された獣車(注16)に乗っていた事、弓ではなく、全く新しい武具(魔杖弓)を装備していた事、全員が揃って見慣れない模様の上衣(注17)を着用していた事、などが当時の文献(注18)に残されている。
この出陣式を歴史の転換点と捉える史観が現在では主流である。
【「皇国の歴史」中等学校2年生教本掲載コラムより抜粋】
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お読み頂き、誠に有難うございます。