第3章 第8話 「メイシーシ」
20210622公開
【‐皇国歴313年「祝月」23日午前‐】
俺はニールス第3皇子殿下とヒルデ第3皇女殿下と一緒に皇族専用獣車に乗って、以前に第2小隊が演習を行った演習場に向かっていた。
進行方向を向く席にはニールス第3皇子殿下とヒルデ第3皇女殿下の2人が横並びで座り、俺は進行方向に背を向ける席に1人で座っている。
皇族専用獣車の中は上品だけど意外と派手さを感じない内装だった。きっと短距離用と言う事も有るのだろう。
確認すると長距離の移動には専用の獣車が別に有るそうだ。乗った事が無いので内装までは知らないそうだけど、この獣車の倍は大きいそうだ。
「やっぱりエルはすごいね」
ニールス第3皇子殿下が、練兵場で見た光景について気になった事を訊いて来た事に答えた後でポツリと言った。目には憧れの様な光が見えた。
「おばあさまもいっていたけど、ぜんのうしんプランティナインスさまにかんしゃしないといけないね」
「それは言い過ぎです」
「でも、さっきみたへいたちのすがたはつよそうだったよ。エルがいなければ、きっとそうなってないとおもうもん」
先程まで説明していたのは、中隊では当たり前の装備となって来た魔杖弓と補隊迷彩戦闘上衣長袖型
についてだった。
不足するという想定外の事も有ったが、無理やりでも揃いの戦闘上衣を揃える事が出来て良かった。
きっと中隊に全能神プランティナインス様に愛されている奴が居るんだろう。
俺?
俺ではない。そんな神託など受けていない。
「『降臨』の際の昔話に出て来る英雄みたいですものね」
ヒルデ第3皇女殿下が俺を見ながら笑顔で言った。
8歳の彼女が見た夢の主は若い女性だったそうだ。恋愛がテーマの小説が好きで、暇さえ有れば読み耽っていたそうだ。
ただ、彼女自身がその事に影響を受けた感じはない。3番目の夢で言う『レンアイノウ』の持ち主ではない。
彼女を見て一番感じるのは母性だった。
それは俺が初めて姉弟を見た時に抱いた第一印象から変わっていない。
今は、3つ下の弟を、自身の母親でもある亡き第3妃の代わりに守り抜こうとする意志の強さも知っている。
「そんな立派な者では無いですよ。例の夢で見た異界の戦士の影響で、他人よりは戦いに詳しいだけで」
夢を見ていない人物が居る時には臣下としての言葉遣いをするが、今は3人だけしか居ない。だから砕けた言葉で答えている。
それと、敢えて言及しないが3番目の夢からも大きな影響を受けている。
2番目の夢の主が、戦の只中の『Marines』の三等軍曹だったので、最前線での経験はした。
だが、所詮は下士官なので、戦争という大きな流れの中では極一部分の経験だ。
尉官や将官と違って、専門の教育を受けていないので見える範囲が狭い。
3番目の夢の主は軍人では無かったが、架空の国を造るという物語を書く職業のせいで、政治、経済、産業、軍事と色々な資料を集めて目を通していた。
俺が曲がりなりにも成果を出せた理由と言って良い。
「それに戦いだけでなく、民の暮らしにも良い影響を与えていると思います。立派な事です」
「それを言われたら、なんだか照れるね」
何気に、俺の中では、皇主様から初の魔法として認められた『シズク』が、自身では1番誇らしい実績だったりする。
恐れから生んだ「エクスカービン」や「エクスランチャー」、「エクスモーター」などは生命を奪う為の魔術だ。
だが、『シズク』は生命を生き永らえさせる為に開発した魔術だ。
価値は『シズク』の方が重いと思う。
俺の価値観に近い事をさりげなく言われて、少し嬉しくなる。
うん、やはり、ヒルデ第3皇女殿下とならそう言う部分の相性も良いので上手くやっていけそうだ。
思わず笑顔になった俺の顔を見て2人とも笑顔になった。
しばらく魔道具の事を話した後で演習場に着いた。
演習の実施は第2小隊に担ってもらった。
さすがに第1小隊も第3小隊も再編中で練度が低過ぎてお披露目するレベルでは無いからな。
第2小隊の火力は更に重厚さを増していた。
なんせ、12丁もの魔杖弓M203を集中させただけあって、破壊力が半端ない事になっている。
最近掴んだ情報では、チャイン帝国は俺の事を『死地の遣い』という言葉で呼んでいるらしい。
皇国にはそういう概念が無いが、夢の世界で言うところの『地獄からの使者』や『死神』と言った感じなんだろう。
俺が叩き込んだ火力を空想上の恐怖の存在になぞらえる程に恐れたからこそ、『タダ村の戦い』以後はチャイン帝国の動きが極端に悪くなったみたいだ。
『死地の遣い』の大量育成が間に合えば良いのだが・・・
お読み頂き、誠に有難うございます。