第3章 第2話 「戦意向上工作」
20210504公開
【‐皇国歴313年「祝月」11日朝‐】
フリーデル4等士家は、本来ならガスを出仕させる必要は無かった。ほとんどの士家が同じ状況になれば代替わりをしないだろう。当主が名誉の負傷を負ったなら、その旨を申請すればその治療が済むまで猶予が与えられるからだ。治らなければ、成人した後継者が居ない限りずっと猶予が続く。
だが、ガスは自ら志願をして、家督を継いだ。
ゲイルおじさんも困っただろうな。自分が重傷を負った事で兵役の義務が解除されるのに、後継ぎが戦に行くのは士家の義務だと強硬に訴えたからだ。
結局、ゲイルおじさんはガスの強情さに折れた。
多忙を極めている俺がフリーデル4等士家の代替わりの内情を知っているのは、皇都で1番読まれている情報紙の記事とエミリア・ペーデル曹長からの情報のおかげだ。
ガスの志願は一種の美談として広められていた。
まあ、一種の戦意向上工作だ。
それと、政治工作でもある。
「バルテルストレーム」奪還で更に名声を高めたホルガ―・ラーレから注目を分散させる為の工作だ。本当に大人って汚い。
しかも、念の入った事に、記事では、ガスが所属する第7士家隊が新たに創設された『統合鎮護中隊』に統合される事まで書かれていた。
その隊長は俺こと、神童エルリング・ヴィストランド1等士だ。
しかも、同級生のアイナ・バリエリーン5等士まで揃っている。
さすがに、ここまで揃えるのは悪趣味だと思うが、皇国民には受けが良い様だ。
急激に増えた、中隊宛に届く慰問物資や激励の投書の量がそれを物語っていた。
「2人とも座って楽にしてくれ。ペーデル曹長、今から私的な会話をするが、どうする?」
「は! よろしければこのまま同席させて頂きたいのですが、構いませんか?」
「分かった。ならば、曹長も座ってくれ」
エミリア・ペーデル曹長を同席させるのは、雇い主の第2太后陛下に痛くも無い腹を探られるよりはマシだからだ。
いつも俺と一緒に居る3人の直参従兵も、トムス・A・WSを残して中隊長室から出て行った。
まあ、中隊を立ち上げるせいで忙しいから、やるべき業務は山ほど有る。30人に膨れ上がった従兵を総動員しても、人員が足りないくらいだ。
試制第1増強小隊立ち上げにも関わったベテランの2人なら、かなりの部分を任せても大丈夫だから、少しの時間だけだが私的に使わせてもらう。
「それで、ガス、記事に出てたくらいしか知らないけど、おじさんの具合はどうなの?」
「うん、日常生活は大丈夫だけど、さすがに兵役は無理だろうって、療士様に言われたみたい。右手の握力が『ボディチャージ』を掛けてもほとんど無いからね」
「そっか・・・」
「でも、生きて還って来てくれただけでも幸運だと思うよ。ね、アイナ?」
「うん。私も自分自身よく生き延びれたな、って思う」
「とりあえずは戦闘詳報は軽く読んだけど、ヤバかったみたいだね」
「スコップという良いものを教えてくれていたエル君のおかげだね。陣地の周りを掘ってなければ絶対に死んでたもの」
「ああ、スコップをヨンセン隊長が買っておいてくれたんだってね」
「そう。10本だけだったけど、みんなで交代で掘ったから、あっという間に掘れたよ」
「ヨンセン隊長で良かったね」
「うん、本当にそう思うよ」
そのラッセ・ヨンセン隊長だが、新たに新編する統合鎮護中隊第3小隊の隊長になる。
有能な士官は本当に貴重だし、1月以上も付き合ったから人となりを知っているだけに、俺が推薦しておいたのだ。
あと3佰脈(約5分)もすれば、そのヨンセン隊長と打ち合わせをする予定だ。
それまでの時間を使って、同級会をしている訳だ。
「エル、自分で志願しておきながら聞くのもなんだけど、僕は足手まといにならないだろうか? 正直に言って欲しい」
ガスが真剣な表情で訊いて来た。
まあ、これだけ注目を浴びてしまったから、もし使い物にならなかったらという責任感みたいなものを感じているんだろう。
真面目なガスらしい心配だ。
「僕から見ても大丈夫だと思うよ。少なくとも、ガスが優秀なのは確実だし、3つ目の小隊立ち上げだから、慣れてもらう為の方法や訓練も慣れたものだしね」
「エルに太鼓判を押して貰えれば大丈夫だね。良かった」
「とはいえ、変わった訓練も多いから、最初は面食らうかも・・・ 頑張ってね、ガス、アイナ」
「ああ、頑張るよ」
「うん」
時間いっぱいまで話は尽きなかった。
どうでも良いが、トムスが淹れてくれた果葉茶が知らない間に例の美味い茶葉に変わっていた。
こうやって、取り込まれて行くんだな。
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