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第2章 第16話 「政の戦場」

20210419公開




【‐皇国歴313年「祝月しゅくづき」3日朝‐】 



 はぁぁぁぁ・・・

 行きたく無いんだけど、『バックレ』られないよねぇ・・・



「ご当主様、差し出がましいのですが、恐れながら申し上げます。9歳の子供がしてはいけない顔をしておられます」


 そう言って、僕に声を掛けて来たのは筆頭従兵のトムスだ。

 同い年の彼との付き合いは長い。なんせ、僕は当然覚えていないけど、僕が生れた日にはもう引き会わされていた。先代の筆頭従兵、すなわちトムスの父親が生れて一月ひとつきの赤ん坊だったトムスを抱っこして『お前が仕えるお方だぞ。大きくなったらしっかりとお坊ちゃまに仕えるんだぞ』と初顔合わせイベントを強行したらしい。

 


「そうは言うがなぁ。よし、決めた。もう自棄やけだ。もう俺は自重じちょうはしない」


 トムスは、そう言った俺の顔をオヤッとした表情で見た。

 それまでは『ぼく』と言っていたのが、『おれ』に変わっていたからだ。

 増長しない様に意識してずっと『僕』を使っていたが、ここまで振り回されたら自棄を起こしても構わないと思う。

 

 

「考えてもみろ。2年もせずに4等士家から1等士家だぞ? どう考えてやっかみを受ける。嫉妬した連中に包囲されて殲滅する未来図しか浮かばん」

「さすがに堂々とは喧嘩を売って来ないでしょう。どちらかと言えば後ろから撃たれるくらいかと」

「ああ、そっちも有るな・・・ 他人事の様な顔をしているが、トムスも無関係では無いぞ」

「と言いますと?」

「明日、式典から帰って来る時には『トムス・A・WSR』から『トムス・A・WS』になっているんだぞ。堂々のお偉い2文字の筆頭従兵様だ。ちょっと前までは従兵3家の筆頭だったのが、帰って来た時には従兵30家の筆頭だぞ? 断言しても良いが、俺並みにやっかみを受けるぞ」


 考えてなかった、とトムスの顔に書かれている。


 まあ、普通なら、こんな強引とも取れる陞爵しょうしゃくは有り得ないだろう。

 しがない4等士家の初等学校に通う様な年齢の小倅こせがれが、明日皇城で正式の謁見と宣誓を済ませれば、1等士家の御当主様だ。

 戦争、それも負け戦が原因だ。

 昨日、第2太后たいこう陛下から「バルテルストレーム」奪還作戦の概略を聞かされたが、ひどいもんだ。

 「バルテルストレーム」奪還作戦は戦場での勝利を得たが、戦術的にも、いや戦略的にも敗北を喫していた。

 参加した士家隊と補隊に数ヵ月では埋められない傷跡を受けてしまったんだ。

 もっとも、そんな苦境に追い込んでくれたラーレ家の当主ホルガ―・ラーレ様、御歳おんとし52歳の派閥の損害はお察しだ。

 しかも、「バルテルストレーム」自体は奪還に成功して、「大海獣油」の精油工場も無事に解放出来たので、誰も非難出来ない状況だ。

 ラーレ家の当主ホルガ―・ラーレ様、御歳おんとし52歳の派閥だけが益を得て、それ以外の者に皺寄せが来る状況だ。

 このままだと春の反攻作戦どころか、残っている北土領の防戦も怪しくなって来ていた。下手すれば皇国本領も怪しい。


 そこで『白羽の矢が立った』、いや、生贄に選ばれた、だな。

 負け戦に傾きかけている戦争を何とかする役割を俺に担わせる為の茶番だ。

 『神童』

 『いくさの天才』

 『英雄』

 『第3皇女の婚約者』

 『新世代の精鋭部隊隊長』 などなど・・・


 俺を持ち上げる事で、不安に駆られる皇民の人心を落ち着かせる一助にするのだろう。

 ついでに、ラーレ家に対する対抗馬としての役割という豪華な景品まで付いて来るのだから、本当にたまらない。




 皇城には俺とトムスだけが向かった。

 第101補隊所属試制第1増強小隊は、昨日、戦場から駐屯地に帰還したばかりだ。

 装備品の点検と修理、消耗した備品の確認と補充、戦闘詳報やその他の報告書の作成など、やる事が山積みだ。

 書類仕事は全てエミリア・ペーデル曹長に丸投げして来たが、書類を作るにも手足になる者が必要なのでトムス以外の従兵を使う様に命令しておいた。

 まだ発表前と言う事で、婚約の為の顔合わせは小規模なものだった。

 出席者は皇主陛下、正妃せいきの第1きさき様と第2きさき様、それとヒルデ第3皇女殿下だけだった。

 いやあ、第1妃様が凄かったとしか言えん。ずっと俺を睨んで来て、視線がうっとおしかった。

 第2妃様はおっとりとした女性で、歓迎ムードだったな。第1皇子派との協調路線が成立しているから味方と言うのも有るのだろう。

 皇主陛下は、相変わらず俺がお気に入りなのか、笑顔が多かったな。

 もしかすれば、亡くなられた第3妃様が残されたヒルデ第3皇女殿下の行く末を心配していたのかもしれない。その心配が和らいだ故の笑顔という気がするけど、気が早いと思う。俺が戦死する可能性は十分に有ると思うからな。

 ヒルデ第3皇女殿下? 笑顔だったな。少なくとも影の無い笑顔だった。

 場所と参加人員を変えて行われた陞爵しょうしゃくの打ち合わせの方が大変だった。

 前代未聞の出来事だけに、過去の事例を参考に出来ないのだから仕方が無いと言えば仕方が無いんだが。

 いや、参加者の方が問題か? 御側家5家の当主が参加しているものだから、まとまるものもまとまらない。紛糾と言って良いんじゃないか?

 第2皇子派のラーレ家とオーアルマン家が少しでも陞爵しょうしゃくに伴う果実を削ろうとするのだからな。

 例えば、『建国に貢献した1等士家と同じ権利を与えるのはどうかと思う。よって従兵の数を25人に、俸禄もそれに見合うものにするべきだ。でなければ、由緒正しき1等士家の反発が起こる』なんて演説をぶつ訳だ。

 それに対して第1皇子派のリングバリ家とフランソン家が『功績を上げて、陛下の意を受けて陞爵しょうしゃくするのだから、旧来の1等士家と同じ権利にすべきだ』と反論して、平行線だったり。

 かなりの部分を、皇主陛下が最終の裁定をする事でやっとこ終わったという感じだった。

 


 本当に疲れた・・・

 現実リアルの戦場よりも、まつりごとの戦場の方が精神が削れるなんて体験を、9歳の子供が経験すべきでは無いと思う。




お読み頂き、有難うございます。


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