第1章 第1話 「不安の源」
20201006公開 2/2
【‐皇国歴309年「食月」24日朝‐】
目が覚めてから3日後、僕は久しぶりに登校した。僕は初等学校の2年生だから当然と言えば当然だ。
体調の回復具合を観る為に2日間は休んだけど、その間、弟のハルがべったりとくっついて来て驚いた。
以前はそんなにお兄ちゃん子じゃなかったけど、やはり7日間も生死を彷徨う姿を見たからかもしれない。
まあ、元々兄弟仲は悪くはなかったけど、これからはもっと構ってあげよう。
なんと言っても3つ目の夢の主が幼い双子の父親だった影響で、子供に対する見方が変わってしまったからね。
登校のお供は、僕の代の従兵になる予定の同い年のトムス・A・WSRだ。彼は僕よりも身体が大きい。力も強い。僕の身体が小さい事も有って圏内魔術を使わないと単純な力では適わない。
ちなみに魔術は発動する場所で2つに分けられている。
自分の体内と手の長さよりも少し長いくらいまでを有効範囲とする『圏内魔術』と、それよりも外で発動する『圏外魔術』だ。
圏内魔術の方が種類が多くて、便利なモノが多い。
まあ、今は結局は同じモノという感覚がしている。
それはともかく、僕の不注意で木から落ちて生死をさまよった事で彼には大きな迷惑を掛けた。
意識を取り戻した後、迷惑を掛けた事を謝ったら驚いていたが、それはその場に居た全員も同じだった。
小さいながらも従兵として教育を受けている彼は、事故を防げなかった事を逆に謝って来た。
以前は気付けなかったけど、今なら分かる。トムスは良い奴だ。これからは迷惑を掛けない様にしてあげようと思う。
僕が住んでいる神聖アースガーズ皇国は、北ミズガーズ大陸西部では割と進んだ国だ。
なんせ、5歳からの5年間、将家や士家などの貴族だけでなく、庶民も無料で学校に通えるのだから。
他の2国では学校は貴族だけのものらしい。
この世界は3つめの夢で知った言葉で言えば、『日本人』が大好きな『剣と魔法の世界』だ。
えーと、あと、『中世ヨーロッパ並みの文化』だったっけ?
神聖アースガーズ皇国は300年以上昔から存在する大国だ。
どこかから(天上の国から、と言われているけどね)移住して来た人々、アース族が魔法、いや、魔術の方が実態に近いかな、その力を揮って建国した国だ。
この平原に元々住んでいた、魔術を使えない人たち、コモン族も抵抗したけど、結局は征服された。
征服者と被征服者がそのまま貴族と庶民になった訳だ。
そして、僕の家、ヴィストランド家は正貴族の士家階級に属している。正貴族と言っても下から2つ目の4等士家だ。皇国に何かあって皇主様の名の下で召集が掛けられた際に、当主と従兵3名だけが参上すれば良い様な吹けば飛ぶような家格だ。
僕ん家の屋敷と従兵の3家族が住んでいる2階建ての長屋と合わせても、3等士家の屋敷よりも狭いくらいだ。
ちなみに神聖アーズガーズ皇国における家格と兵役義務はこんな感じだ。
5等士家 :当主のみ
4等士家 :当主と従兵3名
3等士家 :当主と従兵10名
2等士家 :当主と従兵20名
1等士家 :当主と従兵30名
3等将家 :当主と従士3名と従兵100
2等将家 :当主と従士10名と従兵300名
1等将家 :当主と従士100名と従兵3000名
将家と士家の違いは、準貴族階級の従士を従えている事と皇主様から領地が貸与されているかどうかだ。
従士は貴族階級最下層の準貴族階級だ。そうは言っても、僕ん家よりは生活は遥かに楽だろう。従兵を養う必要が無いからね。
まあ、その辺の矛盾は、お父さんから聞かされた我が家の成り立ち絡みの話から推測すると、皇国が拡大した時に新たに占領した土地の有力者を取り込む必要が有った事、始祖たちの出世競争が有った事、更には当主の分家筋が従士に拝命されたりして混沌としているからみたいだ。
だから、魔術があまり使えない従士も居るので、それはそれでドロドロしたものが有るみたいだけど。
当然ヴィストランド家は領地無し。辛うじて従兵3家族を養えるくらいの給料というか俸禄を貰う家格だ。
戦争が起こって活躍しない限り、これからも家格は変わらない(中には例外も存在するけど、獲得出来た役職によって余禄が増減する方が現実的な話だ)。
だけど最近はきな臭い話が出ている。
神聖アースガーズ皇国の北の国境地帯でこれまでに無く小競り合いが頻発しているらしい。
でも、皇国の北側は将家の領地が並んでいるので僕らには詳しい事は分からない。
3つ目の夢の『日本』の様に『インターネット』や『新聞』、『テレビ』が無いから噂話程度しか聞こえてこないせいで、僕の周りは危機感なんて少しも湧かない様だ。
まあ、しょせん6歳の子供に出来る事なんか限られているから、これまでよりももっと噂話に関心を持つ程度しか出来そうにないけどね。
みんなには言っていないけど、僕としては生々しい戦いの夢を見たせいで、みんなと違って焦りと言うか、不安みたいなものを持っている。
2つ目の夢に出て来た『Marines』と言う軍隊と皇国の士兵階級をどうしても比べてしまうからだ。
魔術の才能に自信が有った僕が何人居ても、夢の主1人に勝てそうに無い事もそうだし、国単位の戦争にはもっと勝てそうに無い事も不安だ。
なんせ皇国には『常備軍』と言える組織が無い。皇主様からの召集命令がそのまま隊の編成と結び付いている。僕ん家の様な4等士家は4人の5等士家を束ねる班長をするんだけど、小隊を組む相方の班長しか決まっていない。
皇国が平和だったから、今まではそれで良かったんだ。
でも、夢で見た世界では国ごとに何万人もの『常備軍』が居て、常に即時対応に備えていた。
はっきりと言って、急襲を受ければ、皇国は50人にも満たない『Marines』の『小隊』1つに負けてもおかしくない。
その事が、僕の不安の源だった。
お読み頂き、誠に有難うございます。
作中では書き様が無いので敢えて作者注を書きます。
主人公が不安に駆られる心境になった理由だけ補足します。
黒船来航で揺れる幕末の江戸に住む下級武士の子供がアメリカ海兵隊の戦闘を体験した様なものです。
そりゃあ、不安にもなりますよねえ(^^;)
第1章は16話まで続きますが、そこまでは毎日更新の予定です(「予定は未定」とも言いますけどね^^;)
それではまた明日(^^)/