第2章 第1話 「内裏」
20210213公開
【‐皇国歴312年「流月」15日朝‐】
僕は久しぶりに或る場所を訪れていた。
今は、石柱が規則正しく並んだ廊下を、案内役の衛士の後ろについて歩いている。
独特の模様が特徴の石材を敷き詰めた廊下に、革で出来た靴底がたてる足音が響いている、
皇族の住居に繋がる廊下の先には堅固な防壁と衛士たちが守る強固な門がある。門の横には詰め所が有り、少なくとも班単位の衛士が3交代で常に詰めている。
そうそう、衛士は衛家と言う、3等士家相当の貴族階級になる。
でも3等士家よりも家格は上と見做されるし、俸禄は3等士家と変わらない。従兵を養わない分、3等士家よりも裕福なんだ。理由は買収されない様に、という事だと思う。
だから、僕よりも上の家格の貴族階級になるのだけど、今の僕は客人として招かれているので彼らよりも上の貴族として遇されている。
「エルリング・ヴィストランド様ですね。ここからは別の者が案内致します。では、こちらに入内の署名と身体検査をお願い致します」
皇族の私的空間に当たる内裏に入るには、武器の類を全て預けなければいけない。
まあ、当然と言えば当然だろう。
内裏の中には一部の貴族や招かれた者、内裏を運営する者を除いて衛士でさえ入れないのだ。万が一のことを考えれば納得の処置だ。
だからと言って、内裏の中が安全かと言えば微妙なところだろう。
武器では無く毒物を持ち込めば害することは可能だから。
どうでも良いけど、病死と言われている皇族の中には毒殺もきっとあるんじゃないかな。知らないけど。
門を潜ると、案内役の女官が待っていた。
いつもの女性だ。僕の場合はいつも同じ女官だけど、名前は知らない。なんせ、会話を交わしてはいけない決まりだからだ。多分、防犯上の理由だけど、息が詰まるのも事実だ。
「エルリング・ヴィストランド様、御案内致します」
返事は声を出さずに頷くだけだ。
目の前には庭園が広がっていた。
幾何学的な庭園で、目分量で1辺2町(約300㍍)の正方形の庭を各辺の中央を幅4百爪(約6㍍)の道で区切る事で4等分にして、それぞれの区域を違った花々を植えて飾っている。
中央部分には円形の噴水が在って、いつも高さ3百爪(約4.5㍍)の水が噴き出ている。
何気に、ここを訪れる人間に、皇族の権力を見せ付ける為の仕掛けだろう。
僕も初めて訪れた時には、『さすが皇族が住む場所だなぁ』と思ったものだ。
庭園を歩いて抜けると、いよいよ皇族の方々が住む屋敷群が建つ住居区画に到着する。
屋敷群という表現をするのは、中央に一際大きな屋敷が建っていて、その左右と奥に大きな何棟もの屋敷が建っているからだ。
僕が訪れる屋敷は左側に建っている。
現在、その屋敷に住んでいるのは数年前に亡くなられた第3妃のお子様の第3皇子と第3皇女のお2人だ。
いや、世話をする女官5人も居るか。
初めて訪れた時に、女官に連れられて中央と右側の屋敷に挨拶に伺ったが、女官の数に格差が現れていて宮中政治の露骨さに呆れたものだった。中央に聳える屋敷には第1妃が住んでいて、女官が15人も仕えている。15人という数字は皇典によって決められている。右側に建つ屋敷に住む第2妃には同じく10人の女官が仕えている。
第1から第3妃までは正妃と呼ばれ、4人目以降の妃は全て「控妃」と呼ばれる。控妃との間に出来た子供には基本的に皇位継承権は与えられない。例外は正妃の3人が子宝に恵まれなかった場合のみで、その時は皇位継承権が発生するみたい。
なんと言うか、皇族も大変だ。
屋敷に到着すると、女官4人が屋敷の前に並んで待っていた。
僕の家の何倍も広い屋敷だけあって、玄関も立派だ。
ただ、なんと言うか、皇族が住んでいる割には侘しい雰囲気が漂っている。
理由は分っている。
第3皇子と第3皇女には後ろ盾がほとんど無いからだ。
亡くなられた第3妃は、宮中での影響力が低い御柱家のリドマン家出身だった。内裏のしきたりを記した皇典により妃を出したが、高いと言えない家格故に第3妃という位置に収まった。
一方、宮中で最大の勢力を誇る第1妃は、野望に満ちた経緯を辿って正妃の頂点に収まった。
生れは御側家の1つ、ラーレ家だ。そう、僕を毛嫌いしているホルガ―・ラーレ様、御歳52歳が当主をしているラーレ家だ。
そのラーレ家から御柱家でも1番格が高いプリングル家に養子に入った後で、皇主様に嫁いだ。
300年以上に亘って存在する神聖アースガーズ皇国の宮中史で前例が有ったが故の強引な手法と言える。なんせ、その前例というのが、皇典により妃を出すべきなのに娘が居なかった格の低い御柱家の救済処置だったからだ(2代続けて妃を出せなければ家が取り潰されるという決まりが有る)。
強引な手段で第1妃に収まったものの、いざ後継ぎを授かるという段階で誤算が生じた。
なかなか子宝に恵まれなかったんだ。
5年後に嫁いた第2妃が翌年に懐妊し、何事も無く嫡子を出産した後で、2年遅れて第1妃が第2皇子を出産した事で、宮中に政治的な嵐が吹き荒れた。
更に第1皇子が病弱だった事で話がややこしくなってしまった。
男系長子が皇位継承をするしきたりなのだけど、継承権の変動が前例で有ったからだ。その前例は正に健康問題が理由だった。
御側家5家は3つの勢力に分かれた。
しきたり通りに第1皇子を推す2家と、前例を盾に第2皇子を推す2家。そして中立を表明した1家だ。
そう、第3皇子を推す御側家は存在しない。
半ば見捨てられた形だったのだけど、最近はそよ風程度だけど風向きが変わった。
僕という、宮中政治での異物が第3皇子の近くに居る様になったからだ。
我ながら『どうしてこうなった?』と思うけど、踝まで宮中政治という泥沼に嵌った僕には、自力での脱出は不可能だった。
「エルリング・ヴィストランド様、お待ちしておりました」
ここでも会話は出来ない。相変わらず頷くだけで挨拶をする。
「ヒルデ様、ニールス様、並びに第2太后陛下がお待ちです。御案内致します」
一番年かさの女官がそう言って、先頭をきって玄関に向かう。僕はその後に続いて、僕の後ろに残る女官が続く。
さらりと言われたけど、前の皇主様の第2妃だった第2太后陛下が待っているというのは、予想外だった。
序列からは除外されているけど、今の宮中では実質上の頂上と言って良い立場の御方だ。
なんせ、現皇主様の実の母親で、その才能で前の皇主様を陰で支えた事は有名だ。
そんな御方がどうして居るの?
益々、泥沼に深く嵌る図しか見えないんだけど?
「ヴィストランド家当主様がお越しです」
「どうぞ入って貰って下さい」
そう言って、案内された部屋は我がヴィストランド家の客間の3倍は広い部屋だった。まあ、しがない4等士家と皇族の住居を比べるのは空しいだけだけどね。
この屋敷の客間は、日当たりの良い部屋なので、壁の上の方にある明り取り用の窓も開けると結構明るい。
その明るい部屋には男の子と女の子、そして上品に御年を重ねた女性が居た。
お読み頂き、誠に有難うございます。
書き溜めてから投稿すると書いてから早3ヵ月・・・
その間に書けたのが今話だけという体たらく・・・
次話は季節が変わるまでに書けたら良いなぁ・・・ と呟いておきます・・・ ort