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閑話 『召集と恐怖と混乱の夏』

20201103公開



 第2章の書き溜めに入る前に、何となく書きたくなったので肩慣らしで閑話を書いちゃいました。

 こんな調子では、第2章の公開は何時になるんでしょうねえ(^^;)




 その夜、質素ながら手の込んだお母様手作りの夕食が終わった後で、わたしはお父様から大事な話が有ると言われた。

 弟と妹がお母様に連れられてお風呂に行って、2人きりになった後で、強張った顔をしたお父様が右足をかばいながら立ち上がって用意していた書箱しょそうを手元に置き、その中から立派な装飾が入った封書を恭しく取り出した。

 封書には皇室の家紋が入っていた。

 えーと、確かこういう時は片膝を着いて頭を下げる、だっけ?

 わたしが片膝を着いて頭を下げた途端にお父様が重々しく話し出した。



「アイナ、我が家にいくさに参陣するべし、という召集令状が届いた。お前に家督を譲るので、務めを果たして来るように」


 確かに言葉が聞こえたけど、意味が頭に入って来ない。

 思わず、お父様の顔を見上げた。

 感情を押し殺した表情だった。

 でも、目だけは揺れていた。


「本当であれば儂が参陣すべきなのだが、知っての通り右膝を壊しており、いくさ場に出れば却って我がバリエリーン5等士家の名を汚してしまうだろう。お前を参陣させなければ我が家は取り潰しとなるだろう。いくら学校の成績も上位なくらいに賢く、長女という立場からしっかり者に育った自慢の娘とはいえ、幼いお前を参陣させるしかない不甲斐ない父を許してくれ」


 お父様の声は最後の方は震えていた。

 お父様の右膝が不自由になったのはここ数年の事で、家督を譲られるまで後数年しかないと言われていた。それまでに礼儀作法を習い終える予定だったのは事実だし、急いで攻撃圏外魔術『エクスアロ』を覚えさせられたのもそのせいだ。

 だから、わたしも相応の覚悟をしていたけど、まさかいきなり家督を譲られて、いくさに行く事になるなんて、考えた事も無かった。



「すまん・・・」


 初めて、わたしはお父様が涙を流す姿を見た。


 ・・・・・・・こうして、わたしの家督相続と参陣が決まった。



 バリエリーン家に伝わる鎖帷子チェーンメイルは成人男性用の物だったので、仕方なく初等学校の教練授業で使っている私物を使う事にした。でも本物の剣や槍などは初等学校では使わないので、家に在る大人用を持って行くしかなかった。

 着替えや身の回りの物を加えて、なんとか箱1つ分にまとめて、召集令状で指定された集結場所の皇都第2練兵場に向かったのは翌々日の事だった。

 決して裕福ではない我が家だけど、この日は獣車1台を貸し切って、家族全員で向かった。

 弟と妹は馬車の中で、ずっと無言で私に抱き付いて離れなかった。

 きっと口を開いたら、泣き出してしまうから無言で抱き付いて来たんだと思う。

 でも、獣車を降りて、1人で練兵場の門を潜るわたしの耳には、2人の泣き声が聞こえて来た。

 泣き声で途切れ途切れだけど、行っちゃいやだとか行かないでとかお姉ちゃんだとかの声が聞こえる中、わたしは案内係りの男の人の後を付いて、広場に向かった。

 その人は私の荷物を持ってくれたばかりか、何度も後ろを振り返って、わたしがちゃんと付いて来ているかを確かめていた。わたしはうつむかない様にその人の背中だけを見る様にして歩いた。うつむいてしまったらきっと涙が出そうになるから。

 指定された集合場所に荷物を置いて、門に帰って行く前に見えた目には心配そうな色が浮かんでいた。

 本当にやさしい人なんだと思う。

 お礼を言うと、「いえ、これも仕事ですので」と言われたけど、他の人の荷物をわざわざ運んでいる姿は他には見なかったので、きっと特別な事をしてくれたんだろう。

 わたしは去って行く後ろ姿に深く頭を下げた。

 ここで上官になる伍長を待っていればいいのだろうか?

 今まで、先生と生徒という関係は経験したけど、上官と部下という経験はした事が無い。

 上手くやれるだろうか?

 周りを見渡すと大人の人の姿が多い。当然よね。これからいくさに行くのに、子供なんか呼ばないと思う。

 とは言え、落ち着いて見たら、ちょっと歳上の子供の姿もあちらこちらに居るのが分かった。

 そして、こちらに背中を向けて大人の男の人と親し気に話している子供の後ろ姿を見た時に思わず言葉が出た。



「エル君? え、エル君が伍長なの?」



 エルリング・ヴィストランド、9歳。同い年でありながら4等士家の当主であり、皇国中に『神童』として知られている存在だ。

 余りにも有名なので、彼が姿を現す催しなどは大盛況となる。

 昔は近寄りがたい雰囲気だった頃も有ったけど、同い年とは思えないくらいに大人で、しかも意外と気さくな男の子だ。

 その証拠に、彼の事を貴族階級の当主として付き合う子は居ない。

 当主になった当時に、彼自身がそんな堅苦しい事をしなくてもいいと言ったからだ。だから、わたしたち女の子は3年前から呼び始めたエル君と呼んでいる。

 

 一言二言、話していた男の人に断ってからこちらを向いた顔は、学校で見かける時よりは真面目な表情だったが、すぐに学校で見る穏やかな表情に変わった。

 やはり、エル君は大人だ。

 思わず安心して緊張が解けて行く気がする。


  

「なんで、アイナが居るの?」



 一瞬、学校でのやり取りの雰囲気になった。

 なんでだろ? きっとエル君が自然な感じだから?



「お父さまが身体を壊しているので、急遽家督を継いだの…」



 わたしの返事に、エル君の横でわたしを見ていた男の人が溜息をついた。



「おいおい、マジかよ? こんな子供ガキが伍長様かよ!」



 いきなり後ろから男の人の声がした。思わずエル君の方に逃げたけど、仕方ないよね?


「小官は第7-L-L-L班を任された班長のエルリング・ヴィストランド/WSR伍長だが、貴官は?」


 さっきまでの雰囲気は消えて、エル君が大人顔負けの声で言葉を返した。

 さすがエル君だとしか言えない。わたしにはあんなに堂々と上から目線で言い返すことは無理だ。


「マジ? マジで“あの”『神童』? 失礼しました! 自分は第7-L-L-L班への配属を命令されたエッベ・ロディーン/RDIN5等士です! エルリング・ヴィストランド伍長様の班に配属されて光栄であります!」

「RDIN5等士が誰を指して『神童』と言ったかは分からないが、奇遇にも自分はそう呼ばれる事が有る。そんな事よりも大事な事は皇国に仇為す敵を排除する事だ。共に武名に恥じない様に軍務に励む事を期待する」

「ハッ! 我が家名の誇りを以って全力を尽くします!」

「頼もしい答えを聞けて満足だ」




 わたしは呆然と2人のやり取りを見ているしか出来なかった。

 


 学校に行って、勉強をして、帰ったら弟と妹の面倒を見て、お母様の手伝いをちょっとだけして夕食を家族で食べて、学校での出来事を家族に話して、身支度をして寝る生活がどんなに幸せだったのかに気付いた。



 これから帰るまで、幸せなことを1つも出来ない生活が始まるんだ・・・



 いえ、第一、帰れるの?


 

 暑いのに、寒くて震えそうだった・・・・・・・





お読み頂き、誠に有難うございました。


 第1章公開後に評価とブックマークをして頂いた方が居られたので、第2章に取り掛かる気力が湧きました。

 ええ、この後書きには深い意味は有りませんよ(^^;)



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