第1章 第10話 「謀(はかりごと)」
20201015公開
【‐皇国歴312年「食月」15日早朝‐】
『第二次北土戦役派遣部隊』、士家隊8隊、補隊30隊がダールマン家領の領都ダールストレームの城壁の外で整列を終えた。
率いるのは、皇族の輔弼を代々受け持っている御側家の1つ、ラーレ家の当主ホルガ―・ラーレ様、御歳52歳だ。
僕を嫌っている筆頭でもある。
自らの派閥を大きくする為には多少強引な手腕を発揮すると言われているが、その噂は真実だったようだ。
第7隊の平均年齢が低い理由は僕に有った。
従兵の3人がチャイン帝国の情報を集めているうちに、他の隊の隊長が『目障りな虫を排除する編成と配置』を指す言葉を発言していたという話を拾って来ていた。本当に下らないな。
体内の魔素量は年齢に比例して増えていく。言い換えると、若い方が魔素量が少ないという事だ。魔素は魔術発動には必須な要素だけに、若いと言うだけで戦力としては下になる(まあ、中には僕の様な突然変異も居るけど)。
だから若い当主が多い隊というのは、それだけで戦力低下を招く。配置も弄って、弱そうで狙い目だとチャイン帝国に思わせて集中攻撃を受けさせれば、合法的に僕を排除出来るという計画だそうだ。本当に下らない。
そういう意図を反映した編成を決める事が出来るのはラーレ卿もしくは取り巻きの上級士家だけだ。
戦場にまで下らない企みを持ち込むなど、祖国の劣化は致命的なところまで来ているのかもしれない。
大河セーベル川に架かっていた橋は、チャイン帝国の侵攻を遅らせる為に全て落とされていた。
戦場予定のダールマン家領北部に行くには舟でセーベル川を渡らなければならない。
先陣の隊は下手をすれば全滅も覚悟しなければならないくらい危険な役割だ。
当然の様に先鋒は第7隊だった。
「フリーデル卿、協力をお願いして良いですか?」
視線は向こう岸に向けながら、僕は横を行くゲイルさんに声を掛けた。
ゲイルさんも視線を前方に向けながら答えた。
「生き残れるならなんでも協力するぞ」
「話が早くて助かります。いざ戦闘になった場合、僕は自分自身の攻撃に専念したいので、僕の班の指揮をお願いしたいんです。それと『エクスアロ』用の鏃を融通してもらうかもしれません」
ゲイルさんの答えは応だった。
状況的に自重している余裕は無い。
背嚢に放り込んでいる、我が家の自費で用意した『エクスランチャー』と『エクスカービン』用の鏃は百発単位で持って来た。具体的には100発と400発だ。
通常なら過剰なまでの火力を発揮出来る。
でも、きっとそれでも足りないと思う。
何故なら、チャイン帝国が騎兵中心だという事が今朝の作戦下達の段階でやっと伝えられたからだ。機動力のある敵を相手にする場合、どうしても鏃の消耗は増える。
それにしても我が家の従兵3人が昨夜のうちに探り出した情報よりも司令部から伝えられた内容の密度の方が薄いのだから、呆れを通り越して苦笑をするしかなかった。
集結地には馬防柵やそれを組む資材は見当たらなかった。どうやって騎兵突撃を食い止めるのだ?
『タコつぼ』や『塹壕』を掘って陣地を構築するにも、みんな『シャベル』を持っていない。まあ、我が家の4人の背嚢には折り畳み式の『シャベル』が入っているけど、焼け石に水だ。
降りて来た全体の作戦も軍事作戦と呼ぶのがおこがましい内容だった。
渡河後、第一目標地点まで進軍。タダ村という農村を占領しているチャイン帝国の部隊が出て来たら、ただ隊列を組んで迎撃をする命令だ。道の上か刈り入れが終わった畑で何の備えも無く、だ。
蹂躙される未来しか思い浮かばない。
会敵が無ければ、そのまま第二目標地点に進軍。最終的にタダ村の奪還に移行する作戦だった。
タダ村の奪還が成ったとして、その後にどのような手立てをするのかの指示は無い。
行き当たりばったりとしか言いようが無い。
渡河して進軍するのは士家隊5個と補隊は半分の15個だ。
士家隊のうち3個は本陣として渡河せずに南岸に布陣する。その周りを15個の補隊が取り囲むように布陣する。
将家部隊の敗北の原因が、火力の不足と、本隊を敵の別動隊に奇襲された為と分析したので、それに備える、と説明が有った。
その上で渡河した部隊が敵を迎撃して、状況に応じて本隊が加勢するので奮戦を期待する、と止めを指した。
渡河する士家隊の隊長の内の3人が質問という名の異議を唱えたみたいだけど、戦意が不足しているのではないか? と冷たくあしらわれたらしい。
第7隊隊長のラッセ・ヨンセン/JN1等士(13歳)がその辺りの事を、渡河前の待機時間を利用して班長以上の者を集めた話し合いで補足してくれた。
JN家自体は中立派で、渡河する他の4隊の隊長は全てラーレ家の敵対派閥に属しているらしい。
もう言わなくても分かるだろうけど、渡河しない3隊の隊長はラーレ家派閥だ。
JN1等士は、戦争と政争を混同している、生きて帰れたら奇跡だな、と思わず呟いた後で、自分が失言した事に気付いたのだろう。慌てて質問は無いかと部下たちを見渡した。
救いを求める様に最後に僕をまっすぐに見たので、僕は呆れ過ぎて却って冷静になった上で発言した。
『勝つ為に、まあ結果として生き残れるかもしれませんが、僕の班を最前線に配置して下さい。なんとかしてみます。その他にも………』
相手の戦力も分からないのに、自重出来る筈が無かった。
第一に生き残る為、第二に勝つ為、僕は可能な限りの手を打つことにした。
お読み頂き、誠に有難うございます。