第四十六話
五十三階層___水の都。そう評するのが妥当だろう。
その階層のほぼ全域が海で占めており、唯一と言ってもいい通路はすれ違う事すら困難なほどに狭かった。水中には大きな城のような建物に、無邪気に笑いながら泳ぐ人魚達。
そこは、何かに比喩するのがおこがましいほどに美しかった。
「綺麗…」
自然とそんな感想が口から洩れる。
リアと狐は、一人がギリギリ通れるほどの通路を進んだ。進んだと言ってもほとんど進めていない。
階層へ下りて二メートルも進まないうちに次の階層への階段が姿を現したのだ。
「この階層はセーフティーポイントなんか?」
狐は誰に問うでもなくそんな疑問を口にした。
セーフティポイント。そう思ってしまうほどに、その階層には何もなかった。広い階層にあるのは海とたった二メートル弱の通路だけ。かと言って、幅の狭すぎる通路は休むのにはむかないだろう。
唯一のモンスターと思われる人魚は、襲ってくる気配すらない。それどころか、ほとんどの人魚のレベルが10以下だった。
何より問題なのが、五十四階層への階段が水の中にある事だろう。
下に降りる方法がない。
「どうする?」
「どうするかにゃあ…」
頭を悩ませても方法など思い浮かぶわけがなく、ただ時間だけが過ぎていく。
階層内では風も吹かないため波がない。波がないということは音がないということ。ぴちゃん。という水が滴る音以外は_
『キャハハ』
『誰カ来タヨ?』
『陸ノ生キ物ヲ見ルノハ始メテダ』
『救世主カナ?』
『キャハハハハ』
音の聞き取れない。頭に響いてくるような会話がリア達の鼓膜を叩く。周囲を見渡せば、いつの間にか人魚達に囲まれていた。
慌てて身構える狐を、リアは手を上げ視線でやめさせた。
人魚達に敵意はない。あるのはリア達への好奇心。
「だれ?」
リアは恐る恐る人魚達へ尋ねた。
『フフ。私タチノ事ハ知ッテイルデショ?』
『同胞ダカラ助ケニ来テクレタノ?』
『下ヘ来テ。巫女様ガ待ッテル』
リア達は顔を見合わせた。
「行くのか?」
「…行けたらにゃ、、」
下へ行こうにも行く手段がない。
来いと言われても行けないのだ。どうすることもできない。
『道ハ作ルヨ』
『階段ヲ降リテ』
『通路ヲ進ンデ、オ城マデ来テ。』
人魚達はそれだけ伝えてトプンと海へ潜って行った。
気がつけば水に浸かっていた階段は、トンネルのように空いていた。
「なんか水族館によくある水中回路みたいやな。」
「……。」
狐が面白そうに笑って共感を求めたが、リアは共感することも否定することも出来なかった。
返事をしないリアが心配になったのか、狐は体をかがめて覗き込む。
「リア?」
リアは生まれてからずっと入院していた。
あの世界では水族館どころか、海や魚すら見たことがなかった。点滴を常に打っており、食べ物ですら、初めて口にしたのはこちらへ来てからだ。魚は三十階層の湖で初めて見たが、水族館というものはどうしても分からないのだ。
「…水族館って場所、行った事がないのにゃ」
寂しそうに言ったリアを見て何かを察したのか、狐は笑ってリアの頭に手を乗せる。
「じゃ、ここが初めて来る水族館やな。」
その言葉にハッとリアは顔を上げ、たちまち笑顔になった。
水族館というには、ダンジョンという物騒な場所で魚も少ないので心もとないが、遠くで人魚が泳いでいるのが見えてとても神秘的な空間だった。
[初めて]の水族館。それが本物かなどリアには関係がなかった。「水族館のような場所」というだけで、リアにとってはかけがえのない[初めて]なのだから。
「そうにゃ。初めて見るけどすっごく綺麗にゃ。」
リアは見上げて微笑んだ。
読んでくださりありがとうございます。
なんかグダグダしててなかなか先に進まないのすごく申し訳ない…




