3話:依頼と言う名の脅迫
「今のお話からだと、その裏切り者のカッチャウなんとかって人は捕まっていないのですよね」
「………名前が全然違います」
「名前なんてどうでもいいです。どうせ会ったことないですし、忘れますから」
「………」
紅茶を飲み、クッキーをほおばる。アン様はクッキーに手を付けないから、あまりモサモサしたものが好きではないのかもしれないね。
「ええまあ…そうです。カッサンドロとその仲間の数名はまだ捕まっていないのです。ただこの城塞都市の中にいることは確実だと思います」
「それ、本当ですか?」
「ええ。カッサンドロは自分の裏切りが露見するとは予想していなかったはずです。我らがこの都市に到着した時には、屋敷にいたという報告もありましたし」
「でも逃げたんだったら既に城壁の外かもしれませんよ?」
「それはないと思います。城壁の入口は怪しい者は通さないようになっておりますし」
ええー…?そうなの?その割には私、あっさりとこの街に入れたんだけれど。警備なんてなかったに等しいけれど…?
なんて思ったけれど、改めて考え直した。アン様は私と会った時も何やらコソコソしていたし、もしかしてあまり街の人に知られないように水面下で動いているってことなのかしら?
「しかし…」
ぽつりとアン様が呟く。ちらりと私を見て、またすぐ外を見る。
「団長と会ったと言いましたね。それはいつの事ですか?」
「え?ジル様と会ったの?ええっと…。一週間程前ですよ」
「…その時、団長はこの話をしなかったんですね。意外です」
「はあ…まあ…」
別の話題が中心でしたのでね。そう、私の恥ずかしい、正義の魔法少女のアレについてのね…。
「でも、僕があなた…お嬢様に会えたのは幸運でした。ね?隠れて暮らす、‘偉大な魔法使い’さん?」
「………」
嫌な予感がした。ニヤリと笑ったアン様は、いつもの柔和な雰囲気が消えて、ドス黒いオーラを纏った。
(あ…。この人、もしかしてかなり腹黒い?)
と思った時は遅かった。
「ここでお会いしたのも浅からぬ縁ということで、一つお願いがあります。カッサンドロの居場所を突き止めて下さいませんか?」
「ええ!?」
何で私がっ!それに、どうして私がそんな事をできると思っているのよ、この人!?
「冗談はよして下さい!私は占い師ではないんですよ!?会った事のない人を探せるわけないじゃないですか!」
「それはやった事ないだけで、お嬢様ならできるでしょう?そんな予感がします」
「どんな予感ですか!アン様は私を一体何だと思っていますか!?」
「‘世間から隠れたい、偉大な魔法使い’さんだと」
「………」
やっぱりこの人、黒いよ。笑顔がとても怖い。ジル様と並ぶと、ジル様の方が背丈も貫禄もあるから怖そうに見えるけれど、割とアン様の方が怖いのかしら。いや、曲者の部類かもしれない。
「お嬢様、僕のことを‘腹黒い’とか思っています?」
「そうですわね、思いましたよ。そんな責任重大な事をするのは嫌ですよ!」
「ああそう言えば…。団長とお嬢様が会ったという一週間前の事ですが、ご存じですか?この街に、すごい短い丈の服装で足を晒し、虹色に輝く髪の女性が現れたそうです。何でも自称‘正義の魔法少女’だそうですよ」
「………………………」
「すっごい噂になっているんですよ。とんでもない魔法力と、娼館の女性も驚くような奇抜な格好ということで。正体は誰かって、街の人たちは興味津々です。これ、居場所を突き止められたら……‘正義の魔法少女’はとっても困りますよね?」
「………………………」
ね?とにっこり笑って首を傾げるアン様のその仕草は、きっと女の子を惚れさせるには効果的なのでしょうね。
「これって脅迫ですよね……アン様…」
「僕、とっても見たかったですよ!生足を晒したという、その正義の魔法少女って人を!このままでは、街の人たちと一緒に魔法少女の屋敷に押しかけてしまうかもしれませんね!」
「…………分かった…分かりました…。協力させて頂きます…。カサブランカさんの居場所を突き止め、帝国と騎士団の皆さまの為に力を尽くさせて頂きます……」
「いやだなあ、カッサンドロですって。どこまで耳が悪いんですか、魔法少女殿!ああっと、今は違いましたね!今は引き籠り歴20年の、世間知らずのお嬢様ですね」
「………アン様って、結構性格悪いですよね!?その顔で、沢山の女の子を騙して来ましたよね!?」
「嫌ですねえ、人聞きの悪い。僕は生粋のフェミニストです」
「嘘ですよね!?それ、絶対嘘ですよね!」
さっきついついこのイケメンにドキドキしたけれど、そんな自分を殴りたい!ドキドキした過去を消したい!最悪よこのお方はっ!!
脅迫された結果、私は仕方なくこの街の領主であり、帝国の裏切り者を探す事を強いられた。
さてさて、どんな魔法で探せば良いのだろうか。占いの類的な魔法は今まで使った事がないし、その知識もあまりないから止めておこう。
だとしたら風の魔法を使ってみるかな?街中に吹く風達に尋ね聞いてみるか、それともグレーやミュウのように、魔法で創りだした僕達に地道に探させるか。
「一つ言っておきますと、僕も含めて騎士団の中には魔法が使える者が何人かおります。しかしカッサンドロ本人も魔法が使えるので、追跡魔法は全て還されてしまうのです」
「んー?よく分からないけれど…つまり、ありきたりな魔法の捜索では見つけられないということですね」
アン様はこっくりと頷く。
うーむ…ではどうしようか。
前世の記憶を辿り、こういう時何か良い方法がないかなあと考えること数分。
「ああ…。あの方法でやってみましょうか。アン様、その裏切り者の領主の持ち物を、何でも良いから見せてくれませんか?」
「…カッサンドロの持ち物ですか?何に使うのですか」
「上手くできるか分からないので、取り敢えず見せてもらうだけでも」
「……承知致しました。城に行かないとないので…これから行きましょう」
「えっ…城!?」
予想もしていなかった言葉にこれまた驚いたが、何を今更と言わんばかりの呆れたアン様のお顔がそこにあった。
「この街の領主と言いましたでしょう?領主は普通、城にいますから当然です」
「………デスヨネー」
一般の平民が城になんてあがったら、それだけで注目されそうで嫌だ。何て厄日なのだろうか。