3話:ちょっと世間話を
三話目です。
ある日のことだ。
週二~三回のペースで街に出向くようになっていた私は、そこでアン様と再会をした。ジル様と既に会っていたから私にとっては何ら変なことではなかったけれど、アン様は目を丸くさせて驚いた。
「街中でお嬢様に会うとは思わなかったですよ」
それは、私は引き籠りだって意味ですよね。まあ否定はしませんけれど。
「アン様は、今日は非番なのですか?」
「いえ、非番というわけではないのですよ」
「でも甲冑とかは身につけていませんね」
「……まあ…色々ありまして」
アン様が言葉を濁すから、それ以上は聞かなかった。何やら事情がありそうだったし。
折角二ヶ月半ぶりに会ったのですからお茶でもしませんかと誘ったら、快く承諾してくれたので、常連になりつつあるお気に入りのカフェに入った。
「実は先日、ジル様にもお会いしたんですよ。ジル様もアン様もお元気そうで何よりです」
「おや…団長にも会ったのですね。そんな事聞かなかったですよ」
「そうなのですか?まあジル様はあまりおしゃべりではなさそうですしね。騎士の皆さんはお忙しいのですか?」
「いえ…そこまでは…。訓練をしたり、魔物討伐に出向いたりくらいで……」
「そう言えば…。ジル様は、この街には訓練のために来ているとか言っていました。だとしたら皆さまは、いつも違うところで働いているのですか?」
「……訓練でこの街に来ている、と。そう団長が言ったのですか?」
「え?はい。そう言いましたが」
アン様はしばし口を閉ざし、何かを考え込んだ。何か変な事を言ったのかなと首を傾げると、アン様は声を静かな声で口を開く。
「実は…諸事情がありまして。団長が訓練と言ったならば、そういう事にしておいて頂いてもいいのですけれど…でも……」
「………は、はあ………?」
よく分からないといった顔をしても、アン様はそれ以上何も言わない。目の前に出された紅茶を優雅に飲んで、外をちらりと見つめた。
「お嬢様から見て、この街はどうですか?」
「え、街ですか…?どう、と言われても…。大きいなあと…ただそれだけの感想を持ちましたが」
「他の街と比べてどうですか?何か思うところはありませんか?」
「ええ?何ですか急に…。他の街と比べてと言われましても、私は他を全く知りませんし」
アン様はこれまた目を丸くさせた。
「偉大なる魔法使いのお嬢様でしたら、他の街をご存じかと思いましたが」
「……あー……。いやあ…引き籠り歴20年ですし…。全然知らないです」
正直にそう答えれば、アン様は声をあげて笑った。店の店員の女の子がアン様を見て頬を赤らめているよ。この人絶対に女の子に人気あるわな。恋人とかいるのだろうか。
今更ながらに、まじまじとアン様を見る。
ジル様の黒髪と違って、アン様は薄い金髪で青い目、つまり女の子受けが良さそうな容姿だ。これで騎士団の副団長と言うんだから分からないよなあー…。王子様って言われた方が合いそうだ。あ、いけない。イケメンに免疫なかったからドキドキしてきた。
「では、世間に疎いお嬢様にちょっとだけこの街について教えてあげましょう」
「え?あ……ハイ…」
別にいいですという雰囲気ではなかったような気がしたので、ここは従っておく。
「約150年前、当時のテオード国の王が他国との戦争に勝ち、そして数々の国を併合させて領地を拡大してきました。その結果、我が国は大陸一の帝国となったのです」
「はあ…」
「実はこの巨大な城塞都市は、25年前まではサリ王国と言う小さな国だったのです。テオード帝国とサリ王国の間で戦争が勃発して我が国が勝利したから、今はこの城塞都市は帝国の一部となったのです」
「あら…それは知らなかったです。どおりで、城壁がしっかりしていると思いました。元々国だったと言われれば納得です」
「さて…本題はここからです。25年前にここはテオード帝国の一部となりました。領主もテオード帝国の貴族です。しかしここで事件がありました」
「……もしかして王国絡みのことですか?滅んだ王国を復活させようとか、今の領主を転覆させようと企む輩がいるとか?」
私の予想は当たらずしも遠からずだったのか、アン様はこっくりと頷いた。
「二ヶ月半前に、お嬢様の屋敷のそばで戦闘がありましたよね。本来ならば、あのバルシロヴァ山地での戦は、ここの領主であるカッサンドロがやらなくてはならないのです」
「カッサ…?それがこの街の領主の名前ですか」
「そうです。カッサンドロ・アレリードです。彼が自領の騎士達を率いて、あの敵を食い止めなくてはならなかったのです。しかし帝都から我らが出てくるしかなかった…。この意味、分かります?」
よく分からない。はい、正直なところ、よく分かりません。
「この場所は、今は帝国の領土だけれど、元々は敵の王国だったということは分かりました」
「はい」
「そしてこの地を治めているのは……カ…かっさらう?とかいう名前の人だというのも分かりました」
「全然分かっていませんね。カッサンドロ・アレリードです」
「………はい、その人です、その人。その人がここの今の領主だっていうことも分かりました」
ちょっと呆れた顔止めて下さいよ、アン様!
「領主だから、二か月前の戦も本当はこの人がやるべきことだったんですよね。この城に近い山での出来事ですし。でもそれをしなかったってことで間違いないですか?」
「その通りです。カッサンドロは職務を放棄したのです。だから我らが帝都から出てこざるを得なかった」
「なんでその領主は戦に出て来なかったんですか?」
「…答えは簡単です。そのカッサンドロは、裏切り者だったからです。帝国を裏切って、他国と通じていたのですよ。だから二か月前に、バルシロヴァ山地に敵が攻めて来たのです」
「……」
「どうやら他国の兵をこの街に招き入れて、帝国に対して戦を仕掛けようとしていたと…。ざっくり言えばそういう事です」
「ざっくりですか」
「ざっくりです。もっと細かい事はありますが…、あまり教えられない事もありますので」
聞いたところで忘れそうだし、そこまで興味ないからそれは別にいいんだけれども。
「でもなんでその領主は帝国を裏切ったんです?帝国側の人間でしょう?」
「それが、どうも実母がサリ王国の人だったそうで。カッサンドロは養子で、幼い頃はサリ王国にいたと。その事実が公に出たのは、カッサンドロの裏切りが分かった時です」
「……それって、単純に事前の調査ミスじゃないですか…」
「そうとも言えますが…。まあカッサンドロが巧妙にその事実を隠していたそうなので、役人を責め立てるのは酷ですよ…」
甘いですねえ…。書類仕事はきちんと丁寧にやらなければいけませんよ。
「そんな状況ですから、我々が出て来たのですよ。二か月前のバルシロヴァ山地での戦いは、確かに他国の侵攻を止めることでしたが、もう一つ別の任務があったのです。裏切り者のカッサンドロと、彼に味方をしていた者たちを捕まえるという任務がね…」
何やら私が予想していなかった以上に複雑な事情がおありだったようだ。
「つまりまとめると、‘俺達はまだ仕事中だ、イエーイ!’な状態ってことですね」
「………何ですか、そのまとめ方」
「え、ですから。アン様もジル様もまだ仕事継続ってことですよね。お疲れ様です!」
「………真面目に話した自分が馬鹿みたいじゃないですか…」
「え、何でですか!」
「…お嬢様といると、自分がひどく真面目すぎのように思えてきて馬鹿みたいです。これでも詳細を省いてかなりざっくり話しているのに…。もっと簡単に説明すれば良かったと後悔しておりますよ…。貴重な時間を返してほしいくらいです」
「………スミマセン」
苦笑しながら困った顔をするアン様。ああ、ほらほら…そんな顔をすると店の女の子がまた顔を赤くしているよ。
裏切り者の始末と敵国の侵入を防ぐ。二つの仕事を言いつけられて、未だに継続中とは可哀想だ。