2話:酒で忘れよう
「やってしまった…。頭に血が上ってやってしまった…。馬鹿じゃん私……なんて事をしてしまったのよ…」
すっきりした気分で酒場に入り、ほっと一息ついた頃にやってくる後悔と言う文字。
店の中は賑わっており、粗野な男性が高笑いしながら酒を飲んでいるが、私はそんな気分ではない。端の席で頭を抱えながらちびちびと出された酒を飲む。
「これはあれだ、あれ…。悪い魔法にかかっていたに違いない…。ええそうよ、一時何かの魔法にかかっていたということで」
恥ずかしい過去はお酒で流してしまえー!グイッと飲んで忘れてしまおう!
「アデル?」
そんな私に声をかけて来たのは、何と二か月前に我が屋敷に来た騎士団の団長様!
「ジル様!?」
「…奇遇だな…。この街でそなたに会うとは思わなかったぞ」
私もびっくりした。こんな場所で会うとは思わず、しばし絶句してしまった。
「ここ、座って良いか?俺も酒を飲もうと思って来たんだが」
「ああ…ええ、どうぞ!」
ジル様は非番なのか、ラフな格好をしていた。腰には剣があったけれども、甲冑もマントもない。騎士だなんて言われなければ分からない、ただの一般人という風体で。
しかし男前なのは相変わらずだ。そしてこの酒場が似合いすぎている…。いくつか注文をする姿も場馴れしており、自分が異質な存在だということが嫌でも思い知らされた。
「時にアデル。そなたがここにいると言う事は、何かあったのか?それとも観光か?」
「あー…観光、の方ですね。ちょっと外を見てみようかなって気まぐれを起こしまして」
「…そうか。それにしても二か月ぶりだな。元気にしていたか?」
「ええ、私はまあ…。ジル様の方こそ、どうですか?あれから戦争とかは起こらなかったですか」
「ああ、その事か。運良くあれから戦は起こらなかったな。講和条約が上手くいったようだし。知らなかったか?」
「……」
「すまん、愚問だったな。アデルは世の中の情勢に興味はなかったのだったな」
くつくつと笑いながら話すジル様の色気にドキっとしますわー。お酒が入っていることもあるのだろうけれど、男性的な美しさって、こういう人のことを言うのだろう。
思わずほうっと息を吐いていい気分になっていたが、ジル様からは予想もしていなかった言葉が投げられた。
「そうそう、アデル。そなた、夕刻に起こったとある事件を知っているか?」
「…………、ん……………?」
「俺達騎士団は、この都市には訓練で訪れている。たまたま俺は今日非番で、たまたま大通りを歩いていたら…たまたま煙突掃除屋の少年が火で包まれるという事故に遭遇した」
「…………へ……へえ……?」
「俺も魔法がそこそこ使えるのでな。これは助けなくてはと思っていたら…。何とまあ、奇妙な格好をした女が登場して、魔法を使って少年を助けた」
「…………ふうん……?」
「その女、色々と凄かった。勿論魔法もそうだが、奇抜な格好でな。そして民衆に向かって放った台詞は、まるで領主や国の重鎮たちを敵に回してもおかしくはないものだった」
「……………」
「顔はよく見えなかった。いや、見えなかったと言うよりかは……何かの魔法のせいだろうな。その場にいた街の者達は、女の顔をよく覚えていなかった。ものすごい醜い顔だったと言う者もいれば、美人だったという者もいた」
「………そうですか…。奇妙ですねえ……はは……」
「恐らく顔には幻影魔法の類がかかっているとは思うが」
「………左様ですか…」
「女は魔法を使って姿を消した。だからその場にいた者達は女の行方を一切知らない」
「………ですよねー……」
「だが俺は魔法が使える。女の使った魔法を辿り、その女の行方を知るなんて事は造作ない。相手の魔法を探るということは、基本中の基本だからな」
「………………」
「さて、その女が使った魔法の気配を追って来たらこの酒場についた。そしてその酒場にいたのは…偶然だろうか、二か月前にバルシロヴァ山地で出会ったアデルがいるではないか」
「………………」
「で?アデル。何だ、さっきのアレは。正義の味方とか言っていたが」
「あああああああもう!最初から分かっているならば遠まわしに追いつめる事はしないでくださいよ!」
この人!全部分かっていて私に声をかけてきたんかーい!
恥ずかしさ全開で机に額を乗せて凹む。知り合いにあんな姿を見られる事は一番恥ずかしい…。
ジル様はくつくつと喉で笑うと、満足そうにお酒を一杯ぐいっと飲んだ。
「いや、別に非難しているわけではないぞ。結果的にあの少年は助かったんだしな」
「………はい」
「あのような奇妙な格好をしていたのも理解している。お前の持つ力は、確かに巨大だ。だから身元がバレないようにした結果だろう?」
「……仰る通りです……」
すべてお見通しってわけですね。ええ、もうこれは仕方ない。
溜息をつきながら、私はジル様の顔を正面から見つめる。
「あの時は怒りで我を見失ったんですよ。あんな小さい子が火で死ぬ事はよくある事だって言い放つ大人達に…というかその風潮に対して」
「………そうか。それであの宣言か?」
「宣言?」
「全てを理解したわけではないが…。今の世の中は間違っていて、私が倒してやるとか、豪語していたではないか。要約するとそういうことだろう?」
「ああ……言ってしまいましたね…そんな事」
「本気ではないと?」
「いや…まあ思う事はありますけれど…。実際にやるつもりはないですよ。ただカッとなっただけって言うか」
「………」
ジル様はじいっと私を見つめる。な…何?正面からじいっと見つめられると困るんだけれど。
しばし後、ジル様は柔らかく笑った。
「ならばいい。あの発言は、この帝国に対しての宣戦布告ととらえる輩がいてもおかしくはなかったものだしな」
物騒な事を言われて思わず眉をしかめた。私そういうつもりで言ったんじゃないんだけれど。
「アデルにその気がなくても、周りがどうとるかは分からん。思った事を全て口走ると、とんでもない結果になることもあるのだ。気をつけろよ」
「はあ…口は災いのもとってことですね。用心します」
しばらく互いに無言になり、ぽりぽりとおつまみを口に放り込む。ところで、とジル様は静かに口を開いた。
「ところでだ。何だ、あの格好は…。いくら何でもあのように足を晒すなど」
「っ!やややや……やっぱり私の足、太いですかあああ!?」
「………は?」
「昔から足が、というか太ももが太いのが悩みなんです!分かってますよ!ミニスカートはける足じゃないだろうって言いたいんですよね!?」
「………いや…俺の言いたい事はそうではなくて。足が太かろうと細かろうと、女があのように短いスカートで足を出すのは良くないと言っているのだ」
「!!す…すみません!私の中で、正義の魔法少女と言うと、どうしてもミニスカートかタイトスーツしかイメージなくって…!でも身体にぴったりと張り付くスーツは着れる自信がなくて!」
「ちょっと待て…。何を言っているのか分からん!」
「ああ、はい!すみません!どちらにしろ、正義の魔法少女でミニスカートはやめておきます!」
「その前に、お前またその…正義の魔法少女とやらをやるつもりなのか!?」
「っ!!そ…そうですよね!私の年齢からいって、‘少女’って名乗るのはおこがましいですよね!?こちらの方々からしたら、二十歳なんてもうおばさんですよね!?」
「いや…俺も年齢に関しては偉そうな事は言えないが…って!話がずれている」
なぜか焦るジル様に、私はついつい涙目になる。やっぱりあのコスプレと言わんばかりの衣装姿を見られたのは恥ずかしすぎる!
「いいかアデル。よく聞け。男の前で足を晒すのは、寝屋に男を誘うという意味になるのだぞ」
まさかの事を言われてびっくり。こっちの人たちは足を出さないけれど…出したら男をベッドに誘う行為だとは知らなかった。
「それにだ。あの虹色の髪もやめておけ。虹色に光る竜がいるが…そいつは凶悪で凶暴、出会ったら死ぬしかないとまで言われている生き物なのだ。そいつを連想させる」
それも知らなかった。と言うか、竜という存在がいることも知りませんでしたわ。
「何か…全ておいて私の変身は駄目だったのですね…」
「……変身だけではないぞ。魔法の使い方をそもそも間違っている。水を使って少年を助け出すだけならば、別に遠くからでも出来ただろうが。わざわざその場にいなくても」
「…………」
「お前は…魔法の力は巨大みたいだが、人前で使う事には慣れてなさそうだな」
はあと溜息をついたジル様に、私はぐうの音も出ない。
「お前が良かったら、一度騎士団の魔法演習に来てみるか?」
「………え?」
「お前の事は騎士団の者達も覚えているだろうし…。俺が口添えすれば、おそらく問題はないと思うが」
思わぬ提案に目を丸くした。それは有り難いのだが…。
「でも…私はあまり目立ちたくはないし」
「見学だけしたらどうだ?演習参加をしたら、注目されてしまうかもしれないしな」
「見学だけって可能なのですか?」
「騎士団連中の身内はよく見学に来ているぞ。非公開練習は駄目だが…それ以外ならば問題ない」
見て覚えろってことですね。確かに、それは何かの役に立つかもしれない。
「あの…ありがとうございます!もしその機会があるならば、是非見学したいです!」
ジル様はそうかとだけ言った。最初は無口でとっつきにくい人なのかなとも思ったけれど、予想以上に親切な方だな。
「ところでジル様」
「何だ」
「ジル様は、足の太い子と細い子、どちらがお好みですか」
ついついからかいたくなってそんな言葉を投げかければ、むせかえるジル様がいて、悪いと思いながらも声をあげて笑ってしまった。
第二話終了です。