2話:事故が起こったならば手助けを
グレーとミュウに折角だからお土産でも…と思った私は市場を廻る。しかしあまりピンとくるものがない。
「ん~…別に無理に買わなくてもいいかな。それより本日は初めて外に出た記念すべき日だし、色々なところを見て回ろう!」
そう決めた私は、城塞都市を歩いてみることにした。
歩いてみて分かったが、下町には比較的平民やら貧しい人達が棲んでいるようだ。道もレンガで舗装されたものではなく、土がむき出しになっており、雨が降ればきっとグチャグチャになることだろう。
家は石でできたものだろう。割と高い建物は太陽の光を遮り、全体的に薄暗い。入口付近の市場とは雰囲気が大違いだ。
城塞都市をもっと奥まで歩いて行くと、今度は比較的綺麗な家々が目につく。どうやらこっちはそれなりに裕福な人たちの集まりだろう。家も一軒一軒きちんと建てられており、そこを歩く人達の服装も小奇麗だ。
「もっと奥まで行けば、ようするにお貴族様ってやつがいるのかな」
ふと視線を上に移すと、屋根の上で人が数名いることに気がついた。それも一つの場所だけではなく、いくつもの屋根に人がいる。あんな高いところで一体何をしているのだろうか。
「ああ、あれかい?煙突の掃除をしているんだよ」
「はあ…煙突ですか」
「姉ちゃん、どこから来たんだよ?煙突掃除を知らないってか?」
どうやら屋根に上がっている人達は、家に付いている煙突を掃除していたらしい。これまた大変な仕事だ…と目を丸くさせてしまった。しかし街の人たちからすれば、それを知らなかった私の方が驚きだとか。
「姉ちゃんの家には煙突はねえのかい?あったら定期的に掃除しねえと、使い物にならねぇだろうが」
「あー…。私の家には煙突はないですね」
「ない?じゃあ火を使う時はどうやってんだよ」
「魔法に決まっているじゃないですか」
「姉ちゃん魔法使いなのか!?まじか!?ってことは帝都の魔法省の人かい!?すげえな!」
「冗談ですよ。真に受けないで下さい。木と木を擦り合わせて火を起こしているんですよ」
「嘘だろおお!?なんでそんな原始的なんだよ!」
「冗談ですよ。真に受けないで下さい」
おっちゃんをからかいながら私はその煙突掃除を見ていた。
二人一組でやるのが一般的なのかしら?大人と、子供という組み合わせで行われるらしい。
「あれ…。あの子はさっきの子だ」
その煙突掃除をしている人達の組み合わせの中に、私に話しかけて来た子がいるのを発見した。
顔を煤だらけにして、懸命に煙突掃除をしている。相方の男は、先程あの子を呼んでいた男だ。
「…精が出ますなあ…。頑張れ、少年」
さてさて、もうすぐ日も沈むし、どこかで夕食でも食べて帰ろうと。心配するかもしれないから、グレーとミュウに魔法で連絡を取ると、どこかに良い店はないか探そうとしていた、その矢先だった。
「ああああ!」
叫び声と、その場にいた人たちがザワっとした事で私の足は止まった。一体何が起こったのかと思い振りかえると…。
「!?あれは!?」
何と、煙突掃除をしていたあの少年が屋根の上で火に飲まれているではないか!一体何がどうなっているのか分からず、その場にいた人に聞いた。
「あれはどうしたんですか!?なぜあの子が火に…!」
しかし大人は慌てることなく、冷静に答えた。
「何って…煙突掃除をしていたらミスしたんだろう…。可哀想に。誤って火と接触したんだろうよ」
「!?誤って接触って…!」
「家の人が、掃除中って知らずに火を使っちまったのかねえ…。可哀想に、あれじゃ死んでしまうよ」
「はあ…!?死ぬって…!子供があんなになっているのに…!」
「あんた外から来た人かい?言っておくけれど、あんなの珍しくないよ。よくある事故さ」
文化の違いに絶句した。子供が火に包まれているのがよくある事って…!
「煙突掃除には事故はつきものなのさ。足を踏み外して落下してしまうとか、ああやって火が服について焼死体になっちまうとか。可哀想だけれど仕方ないさ」
冷たく言い放った街の大人に呆気にとられ、そして怒りが沸いて来る。
何それ!どんな仕事だよ!どんなブラック職場だよ!
私のかつての職場もブラックだったけれど、だからってこれは酷過ぎるだろう。しかも相手は子供だ。第一自分の家の煙突くらい、自分で掃除しやがれ!って大声で言いたい!
「ああああああ!熱い!熱いよおおお!」
泣き叫ぶ少年に、それを見つめる街の連中。私は誰もいない場所を探し、そしてその場に身を隠す。
怒りにまかせて魔法を使うことにした。しかし魔法を使う時に顔がバレるのだけは避けたい。
「変身!!」
呪文がダサい…とか心の底で思ったけれど(そもそも‘変身’は呪文でもなんでもないけれど)、今はどうでもいい。ともかく身元バレしなければ、服装とか顔を隠すものとか変えることが出来れば、何でも良かったのだ。
魔法で見た目や服装を変えた私だったが、思わず自分の格好に凹んだ。
(自分の中で魔法使いの女のイメージっていったら…こういうのしかなかった…)
服装は私のイメージを具現化したものだ。だから仕方ないだろう。ミニスカートなのも、やたらとピンクとか赤とか色が明るいのも、ヒラヒラした装飾が多いのも…。髪の毛が異様に長くて、虹色というあり得ない色に輝いているのも!
(二十歳で魔法少女って…考えてみればアウトだよね。まあもういいや!少年が助かればっ!)
開き直った私は、これまた魔法で屋根まで飛んでいく。そして水の魔法を出して少年にぶっかけた。
「!?な…何だあんたは!?」
少年と一緒に仕事をしていた男は目を丸くして叫ぶ。しかし私は無視して少年に水をかけて助けた。
どうやら間に合ったようだ。ぐったりして意識を失っている少年は、しかし火傷をしており、体中が酷いことになっている。どうやら治療魔法も必要なようだ。
「治療!」
これまた呪文でもなんでもないけれど…と、ともかく魔法を出す為の言葉を唱えると、光に包まれた少年はみるみるその傷が癒されていった。
「これは…!ガイの火傷が治っていく…!あ、あんたは一体…!」
オロオロする男と、下で聞いている大勢の人たちに向かって、私は声高らかに言い放った。
「私は!ブラック企業と鬼畜な社長を決して許さない!正義の味方の魔法少女である!」
「………は、はあ…」
「私は今!魔法でこの少年を癒した!」
「は…!それは……!ありがとうございます!」
「いいですか!よく聞きなさい!労働は人間にとって必要不可欠なものです!しかし命を落としてまですることではありませんっ!」
「……しかし……これをしないと給料が…」
「そうですね!制度そのものが悪いのですね!あなた達に言っても仕方ありません!この制度を作った馬鹿な連中は、この私がぶっとばしてしんぜましょう!」
「!?」
「いいですか皆さん!仕事は大切です!しかし命はもっと大切です!しかも今事故に遭ったのは子供です!」
「……子供は労働力ですぜい、魔法使い様…。所詮使い捨てで…」
「…この世界のその概念に爆弾を落としてやりたいくらいですね…!」
分かっている。文化の違いだ。落ち着け自分。ここは私のいた世界と違って、考え方は一昔前だ!だから私の考え方を押し付けるのは間違っているのだが…。
「私は!この世に遣わされた偉大なる魔法少女です!働く者の味方です!理不尽な企業と社長は敵です!その敵がハゲでデブならば尚更です!私が倒してみせましょう!」
よし!言いたい事は言った!少年も治癒魔法で助かった!(まだ気絶していたけれど)
「いずれまた会う事もあるでしょう!ではさらばです!」
その場から消え去る魔法を使って、私は群衆の前から姿を消す。
まるで夢を見ていたかのような顔をした人々だけが、その場に残されたのだった。