1話:私の名前は
「とこでその…。あなたは貴族令嬢か?」
命名はしてくれず、話を先に進める騎士団長殿。ま、名前なんてどうでも良かったから構わないけれども。
「貴族令嬢…?いえ、ただの平民ですよ」
「ただの平民…?しかし平民というからにはこの屋敷は貴族並みの大きさと豪華さだ」
団長殿はじろりと私を鋭い目で睨み上げる。そんな事言われても…。
もしかして私は何か疑われているのかな?心当たりがありすぎて困るけれど。まあしかし変に誤魔化すよりかは多少本当の事を言っておいた方が良いと判断した。
「えっとジル…ヴェレスター?団長殿」
「…ジルヴェスターだ」
「……」
長い名前は覚えられない。大変失礼だと分かっていても間違ってしまった。
「ジル様、とお呼びしても良いでしょうか?」
「っ!?」
そう聞けば、団長殿が目を丸くして驚いた。隣の副団長殿も驚いている。なぜそんなに驚くのか不思議でならず、首を傾げた。
「性格上、長いお名前を覚えるのが苦手でして…。失礼かもしれませんが、そう呼ばせて頂きたいのですけれど」
「あ…ああ…そういうことか…」
「そちらの副団長様は…ええと…アンドーナッツ…みたいな…」
「アンドレアスです。お嬢様」
にっこり笑われて訂正を食らう。うう…申し訳ない。
「副団長様も、アン様とお呼びしても良いですか?」
「………アン……ですか…。ええと…その…まるで女性のような呼び方ですね…」
「副団長様はお美しいので問題ないと思います!自信をお持ちになって」
「……」
さてさて。話を戻して。ジル様とアン様、ならば間違えはしない!
「先程の質問の答えですが、私はただの平民ですよ。ただちょっと魔法が使えるので」
「…っ!やはりか…」
やはりと呟いたジル様に、ふうと息を吐いたアン様。どうやらある程度予想はしていたようだ。
「この屋敷全体に防御魔法がかかっているな?私もアンドレアスも魔法が使えるのですぐに分かった」
「ああ、そうなのですね」
「となると…。そなたは魔法を使って商売をしているということか?それで巨大な富を得て、このような豪邸に住んでいると?」
「あー……まあそういうことになりますかね…」
全部魔法だけれどね。そこまで言うつもりはなかったので、ジル様の言うことを肯定としておく。
「ですから、私は貴族ではないですよ。言ってしまえば成金です、成金!」
「……成金……」
やや納得はいかないという表情をする二人だけれど、この話はこれで終了!と言わんばかりに終わらせる。これ以上あれこれ聞かれるのは嫌だしね。
とその時だ。
屋敷の外が騒がしくなった。
「…ん?何だろう」
その場にいた五人、視線を外に向けると。山を越えてこちら側に来る兵達が見えた。
「っ!?敵か!?」
どうみても敵襲だった。結構な数の兵が山を一気に越えて走って来る。焦るジル様とアン様を尻目に、グレーとミュウに確認する。
「敵は全部薙ぎ払ってくれたんじゃなかったの?」
「いえ、払いましたよ。しかしお嬢様、あの敵は騎士団が戦っていた相手でも、まして私が処分した相手でもありませんね」
「…ん?つまり?」
「あの敵は別の国の者達ということですね」
しれっとグレーが言うと、
「サライア国の裏切りかっ!!」
ジル様が机をダン!と叩いて叫んだ。
「サライア国?」
「我が帝国と同盟関係にあった国ですが…。あの様子だと、同盟を破棄して攻め込む道を選んだのでしょう。何とも卑怯ですね」
つまり、漁夫の利を狙ったってことかな?帝国VS隣の国(名前は知らない)の戦が始まったと同時に、自分達も参加してしまえと。そんなズルいことするのは最悪だな。
「こうしてはおられない!アンドレアス!今すぐに騎士団をまとめろ!」
「御意!」
椅子から立ち上がり部屋から出ようとする二人に私は声をかけた。
「お待ち下さい、ジル様、アン様。そんなズルい連中に、騎士団の皆さまが本気を出すまでもありませんよ」
「……は?」
「何を言っているのですか!敵が攻めて来ているんですよ!?今すぐに戦闘態勢を整えて」
「まあまあ。騎士団の皆さまに休めと言って、強制的に休ませたのは私ですし。私達でなんとかしますよ」
私はグレーとミュウに手を挙げると、二人は頭を下げる。
「あのズルい連中を薙ぎ払って来てね。煩いのは嫌だから、できるだけ静かによろしく」
「御意」
「行って参ります、お嬢様」
グレーとミュイはヒュっと姿を消して部屋からいなくなる。ミュウもグレー程ではないが戦闘ができるので、この場はお任せ。私が出て行ったら逆に大変な事になるので、ここは従者の活躍の場にしようではないか。
「そなた…!今の執事とメイドは…!」
「あの二人は私の魔法で創りだしたのですよ。大丈夫です、すぐに追っ払ってくれるでしょうから」
「魔法で創りだしただと…!?人間ではないと…!?た、確かにメイドの方は猫耳だったが…ただの飾りかと!」
「あ、そこ突っ込むのですね。猫耳可愛いですよね。とそれはいいとして、グレーもミュウもかなり強いから大丈夫です」
「……そなたは…。一体何者だ……!」
「ですから、魔法が使える平民ですってば。名前募集中の平民です」
それから一時間後くらいかな。グレーとミュウの静かなる活躍によって、ズルい国の連中諸君はお帰り頂いた。
***
「そなた、私が思う以上に相当な力を持った魔法使いだな」
次の日、帝都にご帰宅される騎士団の皆さまを見送りの最中にジル様がコッソリと私に話しかけた。
背が高いジル様を見上げて、私はにっこり笑っておく。変に否定して突っ込まれるのも嫌だったから素直に頷いた。
「私の力は巨大なのです。自慢でもなんでもなく、事実として述べますが、もの凄く巨大ですのよ」
「……そこまで巨大だとは…。はあ」
ジル様は困り顔で青空を見上げ、そして再び私に視線を落とす。
「そこまで大きな力を持っているならば、きっと帝国の財産となるだろう。どうだ?帝都に来る気はないか?」
言うと思った。能力が高いと罪ですよね。スカウトされると思っていたのよ。でも私はそれを丁重にお断り。
「生憎、今のところ働くつもりはないです。精神が崩壊するまでクタクタに働かせられて死ぬなんてことは絶対に避けたいと思っておりますので!私はこの山奥でひっそりと暮らして行きたいと思っています!」
「………そうか。それは残念だ」
案外あっさり引き下がったジル様に、私は拍子抜けした。もう少し粘られるかと思った。
「戦はまだ続くのですか?」
山を越えてくる敵は今のところいなさそうだが。けれども帝国は色々と問題がありそうだし。
「さてどうだろうな。東の方がきな臭いと報告も受けているし…。私達も、また再び戦場に行くことになるだろう」
「…そうですか。どうか、お体にお気をつけ下さいね」
ぺこりと頭を下げた私を、ジル様はじっと見つめる。ん?一体何だろうか…。
「そなた、年はいくつだ?」
「え?あ…年ですか?確か二十歳だったと思います」
「……定かではないのか?」
「…………はい、間違いないと思います」
「くくく…どれだけ自分に興味がないんだ」
あらま。ジル様ってば笑った顔は案外可愛いのね。いつもはびしっと眉にシワをよせて怖い顔をされているけれども。
「アデル、と言うのはどうだ?」
「……ん?何がです?」
「だからそなたの名前だ。長い名前は嫌なのだろう?だからアデル、だ。何百年も前に実在した、偉大なる魔女の名前だ」
おお!まさかの命名!ジル様が考えて下さるとは意外でぽかんと口を開けてしまったが、それでも名前が付けられるのは嬉しかった。
「ありがとうございます!では今後、アデルと名乗らせて頂きます!」
勢いよく頭を下げれば、ジル様は笑いながら私の頭をガシガシ撫でた。子供か小動物にやるような感じで困ったけれど、不思議と嫌ではない。
「では世話になったな、アデル。そなたの事は皇帝にきちんとお伝えする」
「っ!いえ!伝えなくていいです!伝えると面倒な事になりそうなので!お願い致します!」
くくくと肩を震わせて笑うジル様は、颯爽とマントを翻して馬に乗り去って行く。少し向こうではアン様もいて、私に頭を下げてくれた。
「ではさらばだ、アデル。また来させてもらう」
「……え!?また来るって…」
「それまで達者でな」
「ええ?ちょっとジル様…!」
カッポカッポと音を立てて騎士団達は去って行く。勿論ジル様もアン様も。
「また来るって…。ええー…もしかしてまたここで戦でもあるのー?どうしよう、もっと静かな場所に移動するべきか…」
煩いのは嫌だし、国のお偉いさんから目を付けられるのも勘弁だ。真面目にお引っ越ししようか悩んでいたら
「お嬢様、ジルヴェスター殿はそういう意味で仰ったのではないと思いますよ」
グレーにそう言われ、ミュウもうんうんと頷く。
厄介な人に興味を持たれたと気付いたが、別に嫌な気分ではなかった。
さてさて、次に会うのはいつになるやら。のんびりこの深い森で待つことに致しましょう。
ここで一話終了!ですね。