1話:戦はひたすら傍観
「突然失礼する!」
勢いよく開けられた扉には、甲冑をがっしり着こんだ騎士が一人立っていた。
「はい…何でしょうか」
渋々ながら部屋から出て玄関に向かうと、騎士が物珍しそうに部屋の中に視線を動かしている事に気付いた。ああ、私好みの部屋にしているから、こっちの人から見たら本当に珍しいのだろう。
「自分、第三騎士団の者です。この家の方々に警告しに参りました!恐らく今夜か明日にはこの場は戦場になるでしょう!ここは危険ですから、即刻立ち去って下さい」
「……ええ~……?何それ……戦場になるって…」
げんなりすると、背後でミュウとグレーが少し笑った。
「ですから、言った通りになりましたでしょう、お嬢様」
「どうするんです?ミュウはお嬢様に従いますにゃん」
「ええー…。メンドクサイ…」
思わずそう呟けば、騎士の方はキッと睨んで声を張り上げる。
「命の危機なのですよ!そのような事を言わず、即刻立ち去るべきだ!」
「あー…うん。はいはい、ご忠告どうもです」
「……あなたは!立ち去る気がありませんね」
「…バレました?」
「ふざけているのですか!?いざ戦になったならば、誰も守ってくれませんよ!?我々は確かにこの国の為に戦い、帝国民を守るのが義務ですが」
「分かりました、分かりました!ご忠告感謝致します!お勤め御苦労さまでございます!」
面倒くさくなった私はとっとと騎士を追い返した。さてさて、とグレーとミュウを見つめる。
「将棋の続きやろうか」
「……という事は、やはり立ち去るつもりはないのですね」
「ないよ。だってこの家、防御魔法がかかっているんだよ。戦争になったって怖くない」
「そう仰ると思っておりました。ミュウは夕食の支度をしなさい。お嬢様、将棋の勝負の再開と参りましょう」
「望むところ!」
なんてのんびりしていたら、あの騎士が忠告した通り、夕刻ころに戦争が始まったようだ。私達は夕食を食べながら、窓からその様子を眺めていた。
敢えて言っておこう。私は最初から傍観するつもりだった。手を出すつもりはなかった。防御魔法がかかっているこの家はなんの被害もなかった。当然だけれど。
大変だったのは騎士たちだ。恐らくこの山を越えられたら本当に困るのだろう。そういえば、山の下はすぐに町だったっけ。そこら辺もよく分からないけれど…。だからこそ、必死に敵を喰い止めようとしているのだろう。
「山の中で戦うなんて難儀だねえ…。騎士団って平地で活躍するものだと思っていたけれど」
「……お嬢様。戦う者が場所を選んでいたら駄目ですにゃん?敵が来たら、いつでもどこでも戦わないと」
「ああ、確かにそうね。そりゃそうだわ」
全くこっちの事情が分からない。(分かろうともしてこなかったけれど)
さてさて、そんな感じで一晩を過ごしたらやっと終わったらしい。朝日が昇り、昼ごろになると敵は去って行き、目の前には戦争で疲れ切った騎士達が休んでいる。
「流石に気の毒だわ…。あの馬鹿社長にいいようにこき使われていたかつての自分を思い出すわ」
だからだ。何となく、お仕事頑張りましたね!という感じで差し入れやら治療のお手伝いをしようと思った。その位ならばしてあげてもいい。私だって悪魔ではないのでね。
沢山の食糧を持ち、グレーとミュウを伴って騎士団に出向く。結構な人数がいるようだけれど、食事足りるかな。まあ足りなくなったら魔法で出せばいいから問題はないが。
「あの、すみません」
服装と馬に付けられた装飾からして、一番偉そうな人(恐らく団長さん)に声をかけると、ゆっくりとこちらを振り向いた男性は目を丸くさせた。
「……どうしてこのような所に女性が…!?」
「あ、私あの向こうの屋敷の者でして」
ここからだと少し遠い自分の屋敷を指さした。すると男性は更に驚く。
「逃げなかったと言うのか!?昨日、ここら辺に住んでいる者達は避難するようにと各自知らせが行ったと思うが…」
「あ、はい、いらっしゃいましたよ。ありがとうございました。でも私はずっといましたよ」
「…無謀な!」
「大丈夫です、何ともありませんから私」
呆気にとられる男性と、同じくぽかんとしている背後の騎士達の前に、グレーとミュウを出させた。
「こちら、良かったらどうぞ。パンとお茶と、簡単なサラダですが」
「っ!!それは…良いのか?」
「はい、お仕事お疲れさまでした!ごゆっくりお休みください」
何か言いたげな騎士団のその人を見上げて、改めて感心した。
この男性、えらくイケてる。
背は高く、騎士団と呼ぶにふさわしい体つき。顔は整っているが、優男という部類ではなく、野性味あふれる男らしい顔つき。少しだけ長くなっている黒髪は風にさらりと靡いて綺麗だ。女にすこぶるモテそうだなこのお方。
そしてその男性の両脇にいた男性達も…おお、見た目悪くないぞ!この騎士団の男性達、見れば見るほど男らしくて素敵だ!
もうね、前世の自分と関わった男と言えば、ハゲで太っていて見た目も性格も最悪な社長だったからね。こういう麗しい男性を見ると自然と胸が高鳴る。だからこそサービスをしたくなったのだ。
「帝国を守って下さった皆様に、感謝の意を込めまして。我が屋敷にどうぞですわ!是非汗を流してごゆっくりされて下さい」
グレーとミュウの視線がこちらにツイッと寄こされるが無視です、無視!
「いや…そういう訳にはいかない。敵はまだ来るかもしれない。あと数日は様子見だ」
「ああきっともう来ないですから、問題ございませんよ」
「………なぜそう思う?敵はまだ反対側の山に隠れているだろう。きっと明日かあさってには」
「ですから来ませんって。ねえ?そうでしょう、グレー?」
執事のグレーにちらりと視線を向ければ、若干呆れたようにグレーは頷く。
(とっとと敵を倒して来なさいよ)
(はいはい、承知致しました、お嬢様)
戦場に出れば敵う者はいない。グレーはそんな執事なのだから!
「ですから、どうぞ我が家を休息場にご利用下さい、騎士様方!」
「…しかし…」
「駄目ですよ、休む時に盛大に休まないと!上から言われているからって休まずに働いていると、身体も精神もフラフラして事故に遭ってしまいますから!働く時は働く!休む時は休む!メリハリをつけましょう!」
「……あ……ああ……」
「もしかして上司はとんでもない人ですか!?ハゲていて太っていて性格も悪いですか!?そんなのがいたら、私がぶっつぶして差し上げます。ご遠慮なく申し付けて下さい!」