09.天罰
<オルステン王国のとある騎士>
それが起こったのは突然だった。
いつものように奴隷共を地下牢から引きずり出し、仲間と楽しく雑談していると何処からか亜麻色の髪のハイエルフの女性とメイド服姿の女性が信じられない速度で俺たちに接近してきたのだ。
あまりのことにすぐには行動できなかった。
仲間たちもそうだったらしい。
そのせいで女性二人に翻弄され、気が付けばその場に立っている騎士は俺たちは俺を含めた数名だけとなっていた。
これでも厳しい訓練を積んだ正規の騎士がだぜ?
女二人にいいように手玉に取られてあっという間に地面と仲良し。
その光景に呆然としていた俺は幸いにも自分がそうなる前に我に返ることができた。
いや、今思えば全然幸いなどではなかったのかもしれない。
何しろ本当の悪夢は俺が我に返ってからだったんだから。
「貴様ら、ここまで我らをコケにしてタダで済むと思うなよ」
腰に下げた鞘から剣を抜いて女二人の方へそれを向ける。
だが俺のことなんて眼中にないのか、女二人はこちらを見ようともしない。
こいつら…。
苛立ちが限界に達する。
剣を手に女二人に斬りかかろうと走り出したと同時に王国に広がる夜の闇。
「きましたね」
『はい、ここからはマスターの見せ場です』
何が起こったのか分からなかった。
夜は数時間前に明けた筈なのにまた夜。
思わず空を見上げると月を背にして何かが浮かんでいるのが見て取れた。
「なんだあれは?」
俺たち騎士だけじゃない。
王国の民、奴隷たちからもざわざわとした声が聞こえてくる。
その浮遊した何かは少しずつこちらに近づいてきた。
◇<ユイ>
私はシルアの立てた作戦通りに空を飛んでいた。
しかし本当にこれが必要なの? どうにも分からない。
当初はただ奴隷とされている亜人たちを人知れず救い出すという作戦だったのに土壇場になってシルアがこの演出の要求をしてきたのだ。
漆黒のドレスに漆黒の翼。
今の私の恰好はまるで堕天使だ。
「っていうかなんか恥ずかしい」
見られてる。私、大勢の人に見られてるよ。
厨二って思われてないかな?
あんまり見ないで欲しいなぁ…。
心の中は羞恥心でいっぱい。
でも私は私の仕事をやり遂げるためにシルアを信じて空を飛ぶ。
やがて辿り着くは恐らく強制労働場? そこが一望できる王様が住む城の頂上。
つまりここから奴隷にした亜人たちの苦しむさまを見学していたというわけだ。
趣味悪。王国民もそんな王様によく着いて行こうって思うね。私だったら絶対国外逃亡するわ。
反吐が出る。こんな国滅べばいいんだ。
私は風魔法と光魔法を発動させて広範囲の王国民に私の声と映像が届くように設定する。
言うなれば映画のスクリーンみたいなのが国のあちこちに出てきて私の姿を映し出し、私が喋り出したら声も聞こえるようになるって仕組みだ。
「あ~あ~、ただいまマイクのテスト中。王国民の皆様、私の姿が見えてるかなー? 声が聞こえてるかなー? 見聞きできてたら返事をしてね」
ざわざわと大きな声があちこちから聞こえてくる。
私はそれをOKの合図と取り演説を始める――――。
「私の名前はユイ・ナナセ。女神イリス様からこの世界に遣わされた御使いです。イリス様は悲しんでおられます。人間も亜人たちも我が子。なのに人間たちが亜人たちを虐げるなんて。
いつかは人間自らが過ちに気が付くだろうとこれまで静観してきましたが、あなた方は一向に気が付かない。
これ以上は待つのも無駄でしょう。ですので女神イリスの名に置いてイリス様の御使いである私がイリス様に代わって亜人の皆さんには救いを。人間たちには罰を執行することになりました。
愚かな人間たち。悔い改めなさい」
予め決めておいたセリフを言い終えた私は空に向かって右手を突き出す。
魔力放出。夜空に浮かぶ巨大な魔方陣。
「発動」
その日、オルステン王国から亜人たちの姿が一人残らず消えた。
労働力やストレスの捌け口。それらすべてを失った王国民は慌てふためく。
しかし彼らの絶望はこれからだった。
この世界・アイリスは魔法がすべて。
地球にとって石油と同じようにアイリスは魔法が欠かせない。
この世界に住むものならば誰でも魔法が使える。
それはアイリスの空気に含まれる魔素という成分を呼吸と共に取り込み、心臓で魔力というエネルギーに変換することができる仕組みが生まれた時から体内にできあがっているから。
魔力があってこそ魔法は発動する。
ではその魔素を魔力に変換する器官が壊れてしまったら?
ユイはその器官を魔法により壊した。
正確には数年は使えないように封印した。
完全に壊さなかったのはユイという少女の甘さ故だ。
だがそれでも絶望を与えるには充分だろう。
何しろ電気製品ならぬ魔力製品、魔道具等が全部使えないのだから。
王国だけ原始時代に逆戻りだ。
彼らの受難は今始まった。