06.アレクシアとの邂逅
作者は人間が好きで人間が大嫌いっていう面倒臭い奴です(苦笑)
無条件で人間が好きという方はこのお話と次のお話は注意してください。
◇<ユイ>
その日の私たちは昼食を終えてユグドラシルダンジョンから出てアイリスをのんびり散策していた。
ここに来たばかりの頃は右も左も分からなかったけど、リーシャとの常識擦り合わせの甲斐もあり二ヶ月半も経てばさすがに地理もそれなりに分かるようになった。
まずユグドラシルダンジョンへの出入り口である大岩はこの大陸・セレイア大陸の中心にある迷いの森と呼ばれる広大な森のほぼ真ん中にある。
迷いの森の由来は方向感覚が分からなくなることから。
似たような景色のところばかりなのでしっかり目印をつけてないと確実に迷う。
つけていても一定時間したら森に何かの力が働き消えてしまうというのだからそういう名前がつくのも無理はないことだろう。
それに迷いの森には凶暴な魔獣が住み着いている。
もし何も考えず入ってこようものならあっという間に…。
そして大岩の北側、少し先にはリーシャが暮らしていたハイエルフの郷がある。それよりもっと北側に進むと魔族たちが住む国が。魔族を亜人という種族に分類するなら亜人たちが治めている国はここだけ。他の東・西・南はすべて人間が治める国だ。
東に王制の国。西に皇帝制の帝国、南に宗教国家。
それぞれ人間至上主義の国で亜人たちは奴隷として扱われ酷い差別を受けているらしい。
『特にエルフ族はその美貌から見世物にされたりすることが多々あるようです』
シルアの言葉にリーシャの顔が歪む。
ハイエルフも数名行方不明になっていると聞いている。
彼ら・彼女らが今頃はそういう扱いを受けているのだろうと想像してしまったからだろう。
行方不明者がいることが分かっているのなら救いにいけばいいのに。
とも思う人がいるかもしれないがそれは無理な話だ。
人間は寿命が短い代わりに数が多い。
それに対してハイエルフは世界中探しても二百にも満たないとかなんとか? エルフ族全部でも三千から四千らしい。
エルフ族は人間よりも魔法や弓の腕など優れた種族だけれど、数で攻められると勝ち目はない。
それに人間の私は知っている。人間はその気になれば非情で残酷なことが平気でできてしまう。そういう種族なのだ。エルフたちが思いもよらない手段を人間は用いることができるのだ。
だからエルフたちは静観の状態になっているらしい。
過去の苦い過ちを繰り返さないために…。
「助けてあげられたらいいんだけど、ね」
なんて言いつつもその時の私は口だけで実際に行動するつもりはハッキリ言ってなかった。
しかしこの後の亜人の子供たちとの出会いが私を変えるのだった。
<アレクシア>
わたしは生まれながらの奴隷。
毎日ギリギリのところで生きながらわたしのご主人様である人間に奉仕してきた。
だけど数日前、わたしのご主人様は突然胸を押さえて苦しみだしたかと思うとわたしの目の前で亡くなられた。
その時の苦悶の表情。今思い出しても恐怖で体がガタガタ震えてしまう。
「これは…。貴女がやったのですか?」
「違う。違います」
ご主人様が死した後、部屋に入ってきたご主人様の弟様にわたしはご主人様殺しの罪を着せられてしまった。
何度も違うと言ったのに聞き入れられることはなかった。
奴隷が主人を殺すなど重罪だ。
わたしは生まれ育った町で死刑判決を受けて迷いの森に捨てられることになった。
手足を縛られ身動きができない状態で馬車に揺られ、到着後はまるでゴミのように森へ捨てられた。
わたしは遠ざかっていく馬車を泣きながら見つめ続けた。
わたしが何をしたというのだろう。
どうしてこんな目に遭わないといけないのだろう。
わたしはいけないことと分かりつつもこの世界を作られた女神イリス様のことを憎んだ。
それがダメだったんだと思う。
わたしはいつしか魔獣の群れに取り囲まれていた。
◇<ユイ>
最初に異常を察知したのはシルアだった。
ここは危険な森だ。
それまでも油断なく周囲を警戒しながら歩いていた彼女がより一層鋭い目つきとなったのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
『マスター、この先で恐らくはエルフと思われる者が魔獣に襲われています。放置していれば後数分で彼女は死ぬでしょう。ワタシたちには関係ないとも言えますが。いかがいたしますか?』
いかがも何もそんなのは決まってる。
リーシャを見ると弓を手に持ち私の言葉を待っている。
「助けるに決まってる!」
『はい』
私の言葉に何処か嬉しそうにシルアが微笑んだような気がしたのは気のせいだったのだったのかな?
私たちはシルアの案内の元、彼女が異常を感じたという場所へ走り出した。
<アレクシア>
「グルルルルッ」
「あ…。ああっ………」
わたしはただただ恐怖に震えていた。
目の前には紅の双眸、額にひし形の紅の宝玉、全身を漆黒の毛に覆われたワーウルフと呼ばれる魔獣が数頭。お腹が空いているのだろう。わたしのことを涎を垂らしながらじっと見つめている。
「わ、わたしなんて食べても美味しくないよ」
なんて言ったところでこの魔獣たちに通じる筈がない。
ワーウルフたちがじりじりと距離を詰めてくる。
後少ししたら飛びかかってくるのだろう。
その時がわたしの命の終わり。
死に抗うすべはわたしにはない。
「来ないで!!」
わたしが叫ぶのとワーウルフがついにわたしに飛びかかってくるのは同時だった。
鋭い牙。あんな牙で噛まれたらわたしなんて一瞬で穴だらけになるだろう。
死を強く意識した瞬間、景色の流れがゆっくりになる。
これまでのろくでもない人生が頭の中に今よりもまだ幼かった頃から順々に蘇る。
(もっと生きたかった…)
そう思ったのとわたしではない女性の声がわたしの耳に届いたのは同時だった。
「良かった。間に合ったみたいだね。…っと風の散弾銃」
女性の右手から放たれたのは高圧縮された風の塊?
ワーウルフたちの体に命中して彼らは吹き飛ばされていき森の樹に衝突して力なくずるずると落ちてくる。
それから一切動かないところを見るとあまりの衝撃で全身の骨が折れるなどして死んでしまったのだろう。
その光景に呆然とするわたし。
ワーウルフは残り一頭。
仲間の死に怯みはしたものの、それでも逃げることなくわたしに飛びかかってくる。
「ひっ!」
「ふーん。逃げないのは大した根性だとは思うけど」
女性が魔法を放ったのはわたしから多少なりとも距離があった場所だった筈だ。
それがいつの間にすぐ傍に移動して来たのだろう?
女性はワーウルフの顎を下から蹴り上げ、その体を宙に回せる。
距離を詰め、ワーウルフを素手で殴りつけるとワーウルフは枯葉のように吹き飛んでいった。
"ベキッ"
「やばっ。やりすぎた」
ワーウルフが衝突した樹が折れている。
かなり太い幹だったのに。
一体どれほどの力で殴ったんだろう。
というか、本当に人間なのかな?
見た目は人間だけど、もしかして魔族?
魔獣と魔族の違いは三つ。
一つは動物型か人型かの違い。
例外はあるけれど、魔獣は動物型が多く、魔族は人型が多い。
一つは話が通じるか否かの違い。
魔獣は本能だけで生きている。理性なんてものはない。
それに対して魔族は見た目が多少邪悪なだけで中身は人と変わらない。
最後に額に宝玉があるかないか。
あると魔獣。ないと魔族という分類になる。
例えばオークなんかは人型だけど額に宝玉があるためにあれは魔獣扱い。
逆に一部のスライムはスライムでありながら額に宝玉がないので魔族扱いされている。
目の前の人は宝玉がないから多分魔族?
「大丈夫だった?」
「は、はひ。大丈夫…でしゅ」
「その割にまだ震えてるけど…。はっ! もしかして私のこと怖い? 大丈夫だよ。私、何処にでもいる極々普通の一般的な女の子だよ」
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
わたしの心からの声が森に響き渡った。